第27話 準決勝へ進むのは……
「まさか三人揃って二回戦突破するとはね」
生徒会戦挙の一日目が終わり、俺達は各人の健闘を讃えるのと明日の作戦会議のためゲンの作業小屋に集まっていた。
小屋の持ち主はステージの修復作業があるから不在だが、好きに使ってくれて構わないと許可はもらっている。
「フェイトの試合ほど盛り上がらなかったがな」
今日一日で歓声が最も大きかったのは副会長のアディリシアとフェイトの試合だ。
赤服の生徒同士、しかも互いが貴族のトップクラスとなれば当然かもしれない。
「またあの会長手を抜いてたしね」
「二回戦も鞘に入ったままでしたよ」
イブキという男の底はまだ見えないままだった。
一回戦と変わらずに魔法を使わずに己の肉体と剣術だけで相手を圧倒して倒した。
「相手の戦法も悪くなかったのだがな」
イブキの対戦相手だったサイクロプス族の男は開始と同時にステージの地面をかち割り、質量で押し潰そうと瓦礫を投げつけたのだ。
「一刀両断だったわね」
「わたしも剣を使いますけど、あの会長さんはなんていうか達人の領域だと思います」
鞘に収まったままの剣で瓦礫を切り捨て、サイクロプス族の弱点である単眼を狙わずに強化された肉体を正面から斬り捨て勝利。
あの鞘に何か秘密があるのか? と疑問に思うが、俺の魔眼を持ってしても何も見えなかった。
ただの丈夫な鞘という情報くらいしかない。
「それはそうとレヴィアも二回戦勝てて良かったわね」
「相性が良かっただけですよ」
レヴィアが戦ったのは人型で魚の特徴をもった魚人族だった。
ノコギリのような鼻をしていて、全身に水魔法を纏うことで陸上でも水中と同じ動きを可能にしていたのだが……。
「氷魔法使いに水をぶつけるのはなぁ……」
「攻撃全部潰してたわよね。最後は近接戦闘に持ち込まれたけど」
「その近接もレヴィアは強いからな。魚の解体ショーを見ているような気分だったぞ」
「そんな酷いことしてませんよ!」
俺の感想に抗議して頬を膨らませるレヴィア。
いや、しかし、急所狙いを躊躇わずに的確に斬っていたのは料理みたいだった。
最後は相手が泣きながら降参していたからな。
「酷いと言ったらアンタが一番よ」
「俺が何かしたか?」
「何かしかやってないのよアンタは! 対戦相手の先輩が明日から不登校になったら間違いなくアンタのせいよ」
俺が戦ったのはドワーフの少女だった。
髭の生えたゲンとは違い、体毛の処理はしっかりしているよう……というよりは発育が遅い先輩だったな。
くりくりした目に涙を浮かべながら俺を睨んでいた。
「真剣勝負だぞ。手は抜かん」
「一回戦は抜いたでしょうが! そもそもアンタの本気は最低なのよ!」
やれやれ、フェイトは何もわかっていないな。
生徒会戦挙は二日間の日程で行われ、一日に二回試合がある。
そのため後が控えている一試合目はいかに体力と魔力を消耗せずにやり過ごすかが重要なのだ。
「何よその顔。アンタの触手なら魔力を奪えるから温存とか関係ないはずよね」
「……ふっ」
「何よその『よく見抜いたな』みたいな顔は! やっぱり相手が女子だからいやらしいことをしたんじゃない!」
いや、本当に違うのだが、何を言い訳しても今のフェイトには通じないだろうな。
俺は相手が男だろうが女だろうが正式な戦いの場であれば真剣に戦う。
ただし、相手が女の方がやる気が出てつい本気を出してしまうだけなんだ。悪意はない。
「でも、アスくんの使った魔法は間違った選択だとは思いませんよ」
「そうだそうだ! 相手は全身を鎧で覆っていたんだぞ。俺は正しかった」
対戦相手のドワーフ先輩は全身を特殊な鎧で覆っていた。
鎧が鋼鉄製なのは勿論、各部に魔法が付与されていて魔力を流すだけで簡単に魔法が使えるというものだった。
「新しい魔法が早速役に立ったんだぞ」
「よりによってアンタが一番覚えちゃいけない類いの魔法よ」
失敬な。
俺が使ったのはつい先日戦ったヘルスパイダーの毒を解析して編み出した人体に悪影響のない服だけを完璧に溶かすエッチな液体だ。
この液体をかけるとあら不思議。ドワーフ先輩の鎧は溶けて崩れ落ちた。
「三年間の学園生活で作り上げた最高傑作だって言ってましたね」
「卒業後は魔王軍に鎧の技術を売りつけるんだって自慢げに語っていたわよね」
何故だろうか、フェイトとレヴィアの言葉に心が痛む……ことはないな。
あの程度の攻撃に耐え切れずに崩壊してしまうようでは魔王軍に正式採用されないだろう。
俺が魔眼を使って分析したところ、いくつか無駄な要素もあったし、これを機に新型の製作に励んでもらうとしよう。
「まぁ、負けても命があれば何度でもリトライできますよね? フェイトさん」
「そうね。ドワーフの先輩も最後に悔しそうだったし、どっかでリベンジしてくるでしょ。あーあ、厄介な敵を作っちゃったわね」
「それは望むところだ。いくらでも返り討ちにしてやろう」
「……先輩の心が途中で折れないことを祈るわ」
魔王らしく挑戦者を迎え撃とうと悪い笑みを浮かべるとフェイトが遥か遠いところを見た。
せめてドワーフ先輩にはフェイトくらいの不屈の闘志を持って……いや、ちょっとそれは面倒そうだな。
「ところで、明日の試合だけどレヴィアは大丈夫なの? 対戦相手はコイツよ」
「もう! フェイトさんやめてくださいよ。考えないようにしてたのに……」
思い出したかのようにレヴィアに話を振ったフェイト。
銀髪の少女は頭を抱えて俯いてしまった。
「悪かったわね。でも、棄権なんて真似はしないんでしょ?」
「はい。わたしだって強くなったんです。だから明日は今のわたしの集大成をアスくんにぶつけるつもりなんです! 勝てるかって聞かれるとちょっと……」
折角顔を上げてカッコいいことを口にしたのに尻すぼみに自信を無くしていくレヴィア。
モゴモゴと小声で何かを言っているが、ネガティブな考えになっているようだ。
「胸を出せ……じゃなくて胸を張れレヴィア」
サイテーな本音が漏れたのを誤魔化しながら俺は彼女の肩に手を置いた。
「昨日、お前達が俺に何をしたか忘れたのか?」
生徒会戦挙を直前に控え、俺はハンデ付きでフェイトとレヴィアとニ対一で戦った。
「お前達は俺に勝ったんだ。一人だけとはいえ、今のレヴィアが相手なら俺も手こずる。それにお互いの手の内はバレているからな」
条件付きとはいえ、転生してから初めての敗北を味わった。
やっぱり負けると悔しいものだと改めて感じたが、千年前の俺とて無敗だったわけではない。
同格の魔王には苦戦したし、勇者には隙をつかれて殺された。
その経験を思い出して慢心してしまう自分を戒めるきっかけになった。
「明日は全身全霊でお前を打ち負かす。だからお前も全力でぶつかってこい」
「アスくん……」
俺の言葉を聞いてレヴィアが顔を上げてこちらを見てくる。
前髪から覗くアイスブルーの瞳に光が宿った。
「そうですね。初めから諦めてちゃ得られるものはありません。わたし、頑張ります!」
「その意気よレヴィア。変態露出魔淫乱鬼畜野郎なんてボコボコに負かしてやりなさい!」
「ほぉ。決勝で当たった時は覚悟しろよフェイト。まだお前の知らない性癖があることを体に教え込んでやる」
「げっ」
「性癖を教え込む……ちらっ」
好き放題に言ってくれたフェイトを脅すと真っ青な顔をして頬を痙攣させた。
自分の発言を後悔するなら最初から余計なことを言わなければいいのにな。
レヴィアは顔を赤くしているがどういう気持ちなんだそれは。
♦︎
「やっと終わったわい」
歳を取ったドワーフの男が腰をトントンと叩く。
教師であり、用務員でもあるゲンは生徒会戦挙において舞台の修繕係に参加していた。
「今年はどいつもこいつも滅茶苦茶にしてくれるからのぉ。例年より大変じゃわい」
そこそこの強度に仕上げている会場なのに参加者達は軽々しく破壊していく。
それだけ生徒会戦挙に出る生徒の質が高い証明なのだが、それにしても今年は異常だった。
「あとは最終チェックをしてと。そうじゃ、結界の方の確認もせねばのぅ」
この時期の学園は忙しくて年寄りは困るとボヤきながらもゲンは仕事をテキパキこなしていく。
自分の仕事が明日の未来を作る若者の支えになっているのは意外とやりがいがあると彼は思っている。
もうあと何年かしか学園で働けないだろうと実感しているが、最後の時まで頑張ろうと思った。
「ん? お前さんワシに何か用かい?」
そんな時、ゲンに声をかけてきた赤服の学生がいた。
今回の戦挙で盛り上がっていた人物の一人だ。
「おぉ、手伝ってくれるのか。それは助かるのぅ」
見た目は胡散臭いが意外とこういう生徒の方が女子供や老人に優しいんだというのをゲンは経験から知っている。
「明日も頑張るんじゃぞ! ……ん? アスモデウスの坊主について知りたいじゃと?」
仕事を手伝ってもらっていると相手が雑談をしてきた。
ゲンは少し悩んだが、あの規格外の男なら情報を教えるくらい許すだろうと判断して話し始める。
そして今はゲンの作業小屋に集まって作戦会議をしていることも。
「かっかっかっ。変な奴じゃろあの坊主は。じゃが、ワシはああいう奴ほど出世すると信じておる。教師の勘ってやつよ」
笑って雑談をしながらもゲンは自分の仕事を仕上げる。
これで明日も安全に試合ができると思った。
「いやぁ、助かったわい。ところでお前さん。折角綺麗な目をしてるんじゃからもっと目を開いてみんなに見せつけた方がモテるんじゃないかのぅ」
礼を口にし、年寄りからの余計なお節介をすると空気が変わった。
ゲンはその変化に気づくことなく振り下ろされる剣によって意識を刈り取られた。
もう、男の他にこの場には誰にも残っていない。
「少し大人しくしてくれ。明日のために仕込みをする必要があるんだーってね」
翌日、ゲンが目を覚ましたのは生徒会長が決まった直後だった。
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