第26話 二回戦。クイーンの称号はどちらに?


 わたくしは生まれながらの勝者だった。

 家柄も容姿も魔法の才能も全てを持って生まれてきたわたくしはレイヴンクロー公爵家の最高傑作とまで呼ばれ、大切に育てられた。


 同年代の子でわたくしに敵うものはおらず、みんながわたくしの後ろをついてきた。

 貴族の娘としての誇りを持ち、常に誰よりも前に立って魔族の頂点に立つ。

 大魔王様の右腕として歴史に名を残すような女の子になりたいとわたくしは思っていた。


 あの日、事件が起こるまでは。


『んっ。もう大丈夫だから泣かないでよね』


 差し伸べられた手。

 大人達からの称賛の声。


『わたくしを見下すな!』


 払い除けたのは自分が惨めに思えたから。

 子供にしてはよくやったと褒められても、結果はあの子のおかげで助かった。

 だからわたくしは嫌いだ。

 憎いとすら思える。

 もう顔なんて見たくもない。


 あぁ、なんて醜いんでしょう。




 ♦︎




『さぁ! 今日一番の注目カードの時間だぜ!』


 第二回戦第一試合。

 控え室からそれぞれ参加者が現れて顔を合わせる。


『現生徒会の副会長にして公爵家のご令嬢。学園のクイーン、アディリシア・レイヴンクロー!』


 カツカツと足音を立てて舞台に立ったのは紫髪縦ロールに顔の上半分を覆った黒マスクの少女。

 手には一回戦と同じ扇子が握られている。


『対する挑戦者は大魔王様の血を引く期待のルーキープリンセス! 一年生でスターを獲得して挑む姿は昨年のクイーンを思い出すぜ! フェイト・サウザンドウォール!!』


 メラメラと燃える闘志が物理的にも見えそうな赤髪ツインテールのフェイト。

 腕を組み、アディリシアをじっと見ている。


『勝った方が学園最強の女子だろうぜ! それじゃあデュエルスタート!!』


 試合開始の合図と共に動き出す両者。

 僅かだが先に魔法を発動させたのはアディリシアだった。


「〈暴風竜巻テンペストハリケーン〉」


 アディリシアが持っていた扇子を広げて振った瞬間に巨大な竜巻が発生し、風が荒れ狂う。

 飲まれれば無事で済まない自然災害を人的に発生させるとは大したものだ。

 だが、相手は災害に等しい魔王の俺が認めた女。


「〈極獄炎大火球ギガフレイム〉」


 上位魔法を超え、魔法を極めたごく一部の者が扱える特級魔法。

 普段フェイトが得意として使う火球の何倍もの大きさで、まるで太陽の輝きと熱を持っているかのように錯覚する。

 お互いの出せる最高出力の魔法同士が初っ端から衝突した。


『おいおい! なんなんだこれは!?』


 実況が思わず身を乗り出して大声を出すのも無理はない。

 轟音と共にぶつかり合った魔法はお互いを飲み込もうと舞台の中心でせめぎ合っている。

 竜巻と太陽の相撲なんてそう見れるものではないからな。

 とはいえ、その接触は十秒足らずで終了する。

 魔法が形を保てずに爆発したのだ。

 結界内で煙が渦巻き、俺の〈色欲の魔眼〉でも霧散した魔力のしか見えない。


『中の二人はどうなったんだぜ……』


 ごくりと観客達が唾を飲んで煙が晴れるのを待つ。

 ゆっくりと浮かび上がるシルエットが二つある。


『マジかよ。ステージはボロボロなのに二人とも無事だ! 試合続行だぜ!』


 魔法を放った場所から一歩も退かず立っている両者。

 流石にあの威力の魔法を防ぐ障壁までは張れなかったようで顔や制服が汚れて多少の切り傷や火傷はしているが戦闘に問題はない。

 大きく変わったのは残存魔力量くらいか。


「ちっ。仕留め切れませんでしたわ」


「それはこっちのセリフよ」


 舌打ちをし、お互いを睨み合う。

 闘志は充分ようだ。


「今のわたくしなら貴女程度、楽に勝てると思っていましたのにこの短期間で何をしたんですの?」


「アンタには想像もつかない悪夢を見させられたのよ。穴があったら入りたいくらいのね」


「そう。それほど過激な特訓を……」


 アディリシアの質問に口と拳を振るわせながら答えるフェイト。

 確かに俺がやったのは過激な特訓だった。

 触手でありとあらゆる場所を撫で回らされ、負ければコスプレさせて写真撮影。

 写真の数だけ辱められ、終盤はフェイトですら泣きかけていた。

 コスプレ服も最初はバニーやメイドといったノーマルなものだったが最後の一枚はベビードールを着させた。


「私は勝つ。アンタに勝ってアイツをぶっ殺すのよ!」


 おい。お前の言うアイツっていうのはまさか俺じゃないだろうな?


「わたくしだって、貴女を倒してあのボンクラ男に灸を据えてやらなくてはいけませんの!」


 はっくしょん! と糸目の誰かがくしゃみをする音が聞こえた気がする。


「「だからさっさと倒れろ!!」」


 フェイトが手を突き出し、小さな火球を連続して放った。

 下級の魔法ではあるが、フェイトクラスの炎魔法への適性があれば威力は高い。

 それに対してアディリシアは攻撃を防ぐのではなく、空へと浮かび上がって回避を選んだ。


『副会長が飛んだ! これが魔族領トップクラスの天狗一族の本当の姿だぜ!』


 ほう。あの女は天狗族だったのか。

 魔法を使わずに自在に空を飛べる魔族は少ない。

 その中でも天狗は様々な魔法に精通していて、遥か上空から一方的に魔法を撃って強襲する姿は戦場で恐れられていた。

 普段は縄張りの山から出てこない種族だったのに現代では公爵にまで出世しているのか。


「こんのっ、落ちろ!!」


 漆黒の翼を背に生やし、縦横無尽に空を駆けるアディリシアにフェイトの魔法は当たらない。

 空というフィールドに逃げられたら有利なのは翼のある彼女だ。


「こうなれば一方的ですのであまり使いたく無かったのですが、貴女が悪いんですわよ。いつもわたくしをイラつかせるから」


「はぁ? ムカつくのはアンタの方でしょ。いきなり喧嘩売ってきて、人のやることに口出ししてきて、自分の方が先に学園に入学するからって私の前からいなくなって連絡一つ寄越さないで!」


「だってわたくしは貴女が嫌いですもの。人の言うことを聞かずになんでも成し遂げて、無自覚に他人を見下している。だから学園でわたくしは変わろうとした。貴女に勝って並ぶために!」


 魔法の弾幕を躱しながら互いを罵り合う二人。

 それを見て俺は思うことがあった。


「アスくん。もしかしてフェイトさんとアディリシア先輩って」


「似た者同士で、実は仲良いだろあいつら」


 強気で高飛車で負けず嫌い。

 自分が一番でなくては気が済まず、勝つための努力は厭わない。

 違いがあるとすればフェイトはアディリシアを充分認めているが、アディリシアは自分がフェイトより下だと劣等感を持っているところか。

 どちらにせよ、こうしてお互いの本音をぶつけ合いながら戦えば溝は埋まるだろう。


『なんて激しい戦いだ! やはり有利なのは上を取っているクイーンか!?』


 決着がつくのはそう遠くないだろう。

 あとはタイミングの問題だ。


「そんなに魔力を無駄にして、バテたんじゃありませんこと?」


 フェイトの弾幕が止まる。

 それを好機と捉えたアディリシアが宙に浮いたまま扇子を煽いで風を生み出そうとする。


「これでお仕舞いですわ!」


 上空から吹き荒れる突風は当たれば一回戦の敗者と同じように場外へと吹き飛ばす。

 アディリシアは勝利を確信した。


「そうね。私もこれで終わりにするわ」


 一方のフェイトは開いた拳を天に掲げ、握り潰して振り下ろした。


「〈火炎流星群フレイムメテオシャワー〉」


 追い詰められていたのは天狗の方だった。


「なっ、」


 フェイトが唱えた瞬間、アディリシアは自分に迫る脅威にようやく気付いて魔法を中断するが遅い。

 さっきまでの火球の弾幕で自分を倒すことなんて出来ない。

 それなのに無駄に打ち続けて魔力を消費するなんて愚かな行為だと思ってしまったが、果たして彼女はそこまで考えのない女だったか?

 答えは違う。


「いくらアンタでもこれは避けられないわよね?」


 アディリシアよりも遥か上空から同時に降り注ぐ火球の群れ。

 無駄撃ちしたと思わせ、バレないように魔法を維持しながら待機させてきた隠し球。

 それが逃げ場のない面の攻撃となって空を覆い尽くす。

 突風でフェイトを仕留めようと意識を割いていたせいでアディリシアは回避出来ずにまともに攻撃を受け、翼が焼かれる。

 鳥が羽ばたいて飛ぶように、天狗も翼が無ければ飛んでいられない。

 そのままアディリシアは受け身も取れず垂直に落下した。


「勝負ありね」


 審判が急いで駆け寄り、手をクロスさせて掲げた。


『試合終了! 魔法による激戦の末、勝ったのはフェイト・サウザンドウォール!! 新しいクイーンの誕生だ!』


 流石は俺が認めた女だ。これくらいはやってもらわないとな。

 場内で大歓声が上がり、フェイトは満面の笑みで俺とレヴィアの方へVサインをした。



 ♦︎


「おや? 目が覚めたようだねー」


 起床早々にムカつく男の顔が眼前にあった。


「てぃ!」


「ちょ!? いきなりビンタは酷くなーい?」


 ムカつくものは仕方ないでしょう。

 例えわたくしを膝枕して看病していたとしても。


「負けんですねわたくし」


 記憶の最後にあるのは背中の熱さと浮遊感と迫る地面だ。


「いい試合だったよー。見ててハラハラしたし」


「えぇ、そうでしょう。全部を出し切れましたもの」


 自分が放てる最高出力の魔法を使ったし、天狗族としての本領である空中飛行もした。

 あの瞬間に勝利を掴んだと思ったのも油断したわけじゃなく確信したからだった。

 負けた原因があるとすれば、相手の方が一枚上手だったことだ。


「自惚れましたわ。先に学園に入った分、わたくしの方が強くなれるって」


 当然だが、一年あって自分が成長すれば時が止まらない限り相手だって成長する。

 それでもわたくしが学園で積んだ濃い経験は彼女を上回っていると思った。


「向こうはずっと格上と特訓してたからねー」


「一週間で抜かれましたわ」


 結局、またあの時と同じだ。


 まだ幼い頃、同年代の子供達が集まったパーティーで誘拐事件が発生した。

 攫われた子供達の中でわたくしはみんなを元気付け、大人が来る前に脱出をしようと指揮をした。

 結果は失敗。わたくしは誘拐犯に負けて子供の中でいくら強くても大人には勝てないとわからされた。

 そんな大人をあっさりと倒したのが大魔王の末裔である彼女だった。


 怖くて泣くわたくしに優しさで手を伸ばす彼女を見て、眩しいと思った。

 彼女みたいになりたいと憧れを持ったのはその時だ。


 遊びの延長で戦いの真似事をしても全力のわたくしに対して彼女には余裕があった。

 中々差は埋まらなくて大人から褒められている彼女を見て悔しくなった。

 そんな自分が嫌いで仮面をつけるようになった。

 これで一番嫌いで醜い相手を見ずに済むと思ったから。


「でも不思議と今回は悔しいくありませんの。むしろ清々しいくらいですわ」


「向こうも追い詰められていたからねー。多分、君を落とせなかったら負けてたよあの子」


 差が埋まっていたから……なのでしょうね。

 互いに全力を出し合ったわたくしと彼女の差はもうそんなに離れていない。

 空を見上げながら焦った彼女の顔が思い浮かぶ。

 今回は負けたが、次は勝てるかもしれない。

 幼いわたくしが感じた劣等感は薄れて消えた。


「決めましたわ。わたくし、仮面を外します」


 これからは自分に自信を持ちながら正面からライバルとして名乗ることにしましょう。


「その方がいいよー。アディの素顔はかわいいしね。隠してるのは勿体無いと思ってたんだよー」


「か、かわいいとか言うんじゃありませんの! わたくしは淑女として美しくありたいんです!!」


 全く、この男ときたら余計なことばかり。

 こんなのが生徒会長をやっていたからわたくしが苦労する羽目になりましたの。

 でもね、フェイトさん。貴女が次に戦うであろうこの男はわたくし達よりずっと上のレベルにいる規格外の怪物ですわ。

 果たして貴女に勝ち目はあるのかしら?


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