第25話 レヴィアの魔法。


「お疲れ様ですフェイトさん」


「全然疲れてなんかないわよ」


 一回戦第二試合。

 無傷で戦いに勝利したフェイトは汗をかいた様子もなく、悠々と観客席に戻ってきた。


「宣言通りに一発で終わらせたな」


 彼女の対戦相手は最高学年の生徒で二年連続で出場している猛者と評判の男だった。

 戦闘開始と同時に自らの体を魔法で鋼鉄へと変化させ、相手を殴り倒すという戦法だったが……。


「相手の人、真っ黒になっちゃってましたね」


「鋼鉄化よりフェイトの火力の方が高かったからな」


 結果は完敗。

 決闘の場であるステージ全部を覆い尽くすような爆炎によって丸焦げにされたのだ。

 悲しいかな。いくら物理的な防御力を上げても炎による熱は防げない。


「アスくんとの特訓の成果ですね!」


「ふん。殆ど私の実力で一割くらいはアンタのおかげかもね」


 顔を背けて素直じゃない発言をするフェイト。

 この一週間という期間では彼女の弱みを克服するより長所を伸ばす方がいいと判断した。

 魔力量はズバ抜けていたし、上級魔法を多重展開する技量はある。

 なので一撃にどれだけの火力を出せるか制御ギリギリまで魔力を込めた結果がさっきの大爆発だ。


「観客席に被害が出ないように魔法障壁を張ってくれていて良かったな」


 おかげで地の利を活かした戦術が取れる。

 ステージから降りれば負け。

 ならばステージ全てを飽和攻撃し倒す。

 それがフェイトの選んだゴリ押し……王道の一手。


「まぁ、試合毎に会場の修繕をさせられる職員には申し訳ないがな」


 せっせと土魔法で穴を埋めて石畳を運んで敷き詰める職員と戦挙管理委員会の面々。

 この祭りが二日間しかないのは参加者のスタミナより彼らの体力を優先してのことかもしれない。


「次はいよいよ生徒会長の番ですね」


「あの男、どんな戦い方をするのかしらね?」


 試合再開を待たされること十数分。

 会場の修復が終わり、第三試合が始まる。




 ♦︎




「あーもう! 何にもわからなかったじゃない!」


 白熱した第四試合が終わり、少し長めの休憩を挟んだ。

 昼食を済ませてレヴィアの試合を待っている間、隣に座るフェイトは不機嫌そうだった。


「何を喚いてる」


「あねイブキって男の試合よ! 信じられないわ魔法を使ってないなんて!」


 彼女が腹を立てているのは数秒であっけなく終わった第三試合。

 生徒会長イブキによる瞬殺で幕を下ろした。


「武器は見えただろ」


「鞘に入った剣をね! 抜きもしなかったわ」


 試合と呼ぶにはあまりに余裕のある決着。

 敵対した上級生には同情したくなる。

 俺の〈色欲の魔眼〉でもイブキの魔法は確認できなかったのだ。

 代わりにわかったことはあの男の身体能力と剣術が学生のレベルを大きく上回っているということだ。

 奴の実力を把握しておきたかった俺達にとっては底知れない強さがあることだけが突きつけられた。


「まだ手の内を隠しているわよねアレ」


「だろうな。くくっ、楽しみが増えたぞ」


 俺がイブキと当たるのは決勝戦なのでまだ様子を見る機会はあるが、同じグループのフェイトはひとつ早い準決勝で戦う羽目になる。


『一回戦第五試合は二人目の一年生! 対するは火力自慢の火蜥蜴男サラマンダー!』


 さて、イブキとの戦い方を模索するのもいいが、今はレヴィアの応援に集中しよう。

 少し緊張気味にステージ上に立つレヴィアの前に現れたのは爬虫類を思わせる鱗に覆われた魔族だった。

 火蜥蜴サラマンダーとはまた懐かしいな。

 千年前にとある魔王の配下にいた火蜥蜴サラマンダーの部隊には手を焼かされたものだ。

 彼らはその名前の通り、火の魔法を得意としていて戦闘時には体を覆う鱗が触れるだけで火傷するような熱の鎧に変わるのだ。


「ねぇ、あの子ってこの前の」


「先輩達が出てるのに自分で立候補するなんてね。金魚の糞なのに実力を勘違いしたんじゃないの?」


「なんだ、白服かよ。勝負あったな」


 周囲の観客席にいた連中からのレヴィアの評判は悪かった。

 新入生の多くはジョバンニが彼女を圧倒的な実力で倒したと思っているものも多い。

 上級生も全くの無名の少女がスターを持って参加したことを非難するような目を向けている。

 どちらにせよ、白服であることから声を出して彼女を応援する者はいないアウェーな環境。


「────っ!!」


「落ち着けフェイト。感情を乱して無駄に魔力を消費するつもりか?」


 友人を蔑むような発言をしていた連中へ魔法をぶち込みそうになったフェイトを触手で拘束する。

 この後に試合もあるので魔力は吸わない分、締め付けはキツくさせてもらう。


「──ぷはっ。アンタ、ムカつかないの?」


 触手をバシバシ叩いてタップしたフェイトを解放すると、彼女は不機嫌そうに周りの連中を睨んだ。


「外野が何を言おうが無駄だ。結果が全てなのはお前もよく知っているだろう」


 入学してすぐの俺がそうだったように。

 魔族という種族は良くも悪くも単純だ。

 だからまぁ──。


「もう少しだけ待て」


『デュエルスタート!!』


 試合開始のゴングがなる。

 先に動いたのは火蜥蜴男だった。


「さっきのお姫様の魔法は凄かったが、オレの火炎も中々のもんだ。大火傷したくなかったら降参をおすすめするぜ」


「ご忠告ありがとうございます。でも、わたしは逃げません。戦うって決めたんです!」


 自分の体を火の鎧で覆った男へレヴィアは宣言し、氷魔法で剣を作る。


「そんな氷、オレの炎が溶かしてやるぜ」


「はい。お願いしますからしっかり防いでくださいね先輩。わたしの魔法はまだ未熟なので加減がわからないんです」


 レヴィアの発言に火蜥蜴男は笑う。

 そんな細くて脆そうな剣など警戒するのに値するもんかと。

 ジョバンニに敗北した決闘を見ていた者もまた同じ目に遭わされるぞと彼女を嘲笑う。


「〈氷結庭園アイスガーデン〉」


 レヴィアは静かに魔法を唱えて氷剣を地面へ突き刺した。

 その直後、彼女を中心に地面が次々と凍結し始めてステージ上が氷の大地に変貌する。


「な──」


 世界はたった一つの魔法で塗り替えられた。

 冷気が支配したステージの後には氷の花が咲き乱れるように生え、見る者を魅了する美しい光景が広がっている。

 氷の庭園の中を自由に歩けるのは主人であるレヴィアだけ。

 それ以外は庭を飾るオブジェにされてしまう。

 全身を凍らせ、動かない氷像への変えられた火蜥蜴男のように。


「勝負ありでいいんでしょうか?」


 これ以上は氷漬けになった男を砕くしかないのだが、そんなことをすれば間違いなく死ぬので審判は試合終了のゴングを鳴らした。


『な、なんと! 勝者はレヴィア・スノウフェアリーだ!! かわいい顔してエゲツない魔法を使ってきやがった! 医療班は早く解凍してやってくれ!』


 勝者宣言があってレヴィアは二回戦へと駒を進めた。


「おい、マジかよ」


「炎すら凍らせるってどんだけ冷たいんだよあの魔法は」


「今年の一年はヤバいのかいないのか!?」


 大魔王の末裔である姫の活躍は納得するものも多かった。

 しかし、全くの無名である少女が見せつけた圧倒的な魔法に会場がざわつく。

 やっぱりスターを手に入れるだけはあるんだと。


「ふふっ」


「機嫌が治って何よりだ」


 手のひらを返す観客を見てフェイトがほくそ笑む。

 どうだ私の友人は凄いだろうと顔が語っている。

 事実、レヴィアという少女のポテンシャルはとても高い。

 前の決闘時はまだ彼女の体内を魔力が流れ始めたばかりで変化した自分の戦い方というものを模索していた途中だった。

 これまでのレヴィアは自分の制御できる僅かな魔力を氷の剣に集中させて戦う剣士スタイルだった。

 鍛練を始めたばかりの頃は魔力を節約しながら粘り強く戦うことが癖になっており、その鎖を解き放った結果がアレになる。


「氷魔法で自分の有利なフィールドを作り、同時に相手を氷漬け。仮に相手が動けても足場が悪くその場にいるだけで冷気で消耗させながら剣で戦うって結構容赦ないわよね」


 うむ。それは鍛えた俺も思ってる。

 伸び代があるレヴィアをつい気合い入れて育てたらとんでもない進化をした。

 今ならあのジョバンニなんて楽に倒せるだろ。

 試合を終え、笑顔で近づいてくるレヴィアに手を振りながら俺は準決勝で彼女と戦うことを想像した。

 これは中々に苦労するかもなと考えた。


「次はアスくんですよ。頑張ってください」


「私達が勝ったんだからアンタに負けは許されないわよ」


「あぁ。俺はもう誰にも負けんさ」


 レヴィアと交代し、観客席から控え室へと向かう。

 ハーレムメンバーからの応援を受けた以上、俺もしっかり活躍を見せてやらないとな。




 ♦︎




「やっぱり彼の勝利か」


 生徒会長のイブキはつい先程終わった一回戦の最終試合を思い出す。

 新入生の中で一番話題になっているアスモデウス対怪力自慢なミノタウロス族の上級生との戦い。


「魔法を使わなかったのはボクへの意趣返しなんだろうねー。手の内を見せてくれても良かったのに」


 己の鍛えた体だけでミノタウロスと殴り合い、格闘戦を制したアスモデウス。

 この試合はただのウォーミングアップだと言わんばかりの軽いステップで勝利した。


「彼を相手にするなら流石にこの剣を抜かないといけないなー。でも、その前の準決勝も鞘のままじゃ苦しいんだろうねー」


 困った困ったと口にしながらもイブキの顔は笑っていた。

 続く第二回戦は最初から大盛り上がりの試合になる。


 フェイトサウザンドウォール対アディリシア・レイヴンクロー。

 魔王の末裔と公爵家の最高傑作と言われた少女達の戦いだ。


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