第23話 学園最強の男現る。
開かれた扉の先には広い空間があった。
まるでホテルのラウンジのようなゆったりとくつろげるスペースで、学園の権力者達が集まる部屋と聞いて執務室のようなものを想像していただけに驚いた。
「やぁ、ようこそー」
そんな部屋の中心にある広いソファーに足を組んで座る間の抜けた声の男。
金髪褐色で目が空いているのか閉じているのかわかりづらい糸目のこの男が生徒会長なのか?
「いま、こいつが生徒会長? 強そうに見えないなーって思ったー?」
「あぁ。学園のトップを名乗るには覇気がないな」
「これでも一応、生徒会長だよー。イブキ・アラガミっていうんだ」
こちらの思考を読んだのか、それとも同じやりとりを何度もやってきたのか、イブキと名乗った男は気を損ねることなく微笑んだ。
「さぁさぁ、いつまでも立ってないで座りなよー。アディ、お茶淹れてくれなーい?」
「わたくしは貴方の小間使いではありません。ご自分でなさったらどうです?」
「ありゃりゃ。仕方ないなー」
学園のトップでありながら副会長に命令を拒まれて、生徒会室の一角にあるキッチンへ向かうイブキ。
少し待つと人数分の器と飲み物が入った湯呑みと急須を持って来た。
「このカップ、持ち手が無いわね」
「湯呑みは初めてかなお姫さま? コップと同じように使ってくれていいよー。飲み物はボクが好きな緑茶だから苦いかもねー」
湯呑みに注がれた薄緑色のお茶にフェイトは警戒し、レヴィアも興味深く観察している。
「ふむ。いい茶葉だな」
「地元の名産品なんだよー。田舎で農作物くらいしか自慢できるものがなくてねー」
俺は躊躇なく口をつけ、美味しかったので素直な感想を言うと、イブキが嬉しそうに解説を始めた。
全くもって威厳や強者特有のオーラも見えないが、本当に戦挙を勝ち抜いて生徒会長に上り詰めたのか?
「コホン。イブキ会長、彼らをここに呼びつけた目的をお忘れですの?」
「ご、ごめんよアディ。じゃあ、さっそく聞きたいことがあるだ」
フェイトと出会ってから不機嫌そうだったアディリシアに睨まれ、冷や汗を流しながら真剣な表情へ切り替えるイブキ。
「昨日、君たちが遭遇したヘルスパイダーについて話してもらいたいなー」
「いいだろう。俺の活躍を聞かせてやる」
俺はゲンと共に向かった森の奥にある演習場での出来事を話す。
服が溶かされたり、ゲンの趣味が変態だったことは伏せてやったがそれ以外は概ね事実を話した。
イブキとアディリシアは話に相槌をうちながらいつの間にか取り出していた書類を見る。
「……というわけだ」
「うん。ゲン先生から報告があった通りだねー。確かにこれならスターを授与されてもおかしくないね」
「三つは流石に多過ぎじゃありませんの?」
どうやらゲンが話した内容と偽りがないかのチェックをしたかったようだ。
もしや不正にスターを獲得したとでも思われていたのか?
疑いが晴れたのなら指摘するのは止めておくとしよう。
「しかし、生徒会長直々に聴取とは好待遇だな」
「いやぁ〜、それがこの時期になると生徒会の活動が麻痺してね。ボクとアディくらいしか動けないんだよー」
「生徒会の地位を保持するために鍛練に集中しますの。わたくしもそうしたかったのですが、このボンクラを一人にすると学園の秩序が崩壊するのは目に見えていますの」
「ボンクラて……ボクは会長なんだけどなー」
あははは、と乾いた笑いをするイブキ。
むしろ今が一番忙しい時期だというのにそれでいいのか生徒会。
「戦挙管理委員会と教職員の頑張りでこの時期を乗り越えればよろしいので、あと少しの辛抱ですわ」
キチンと空いた穴を埋める仕組みはあるのか。
まぁ、そうでなくては生徒同士の決闘すらままならないからな。
「よし、ボクからの用件はこれで終わりだから教室に帰っていいよー」
生徒会長にまで上り詰めた男に会うと聞いて身構えていたが、あっさりと話は終わって少し拍子抜けだったな。
「そうだ。戦挙の立候補はもうすませたー?」
「これから行くつもりだが……」
「昼休み前が立候補の締切なんだけど間に合うのかな?」
いたずらっぽく笑いながらイブキがとんでもないことを口にした。
「なっ!?」
「その様子だと知らなかったっぽいね。二、三年生は授業中に詳しい説明があるけど、新入生は普通スターを獲得できないから省かれているんだよねー」
そんなの初耳だぞ。
掲示板の貼り紙にはスターを持っていることと戦挙管理委員会に書類を提出することしか書いて無かった。
今話をされていなかったら俺は参加できなかったぞ。
「委員会も授業中だろうからボクらが受付て渡しておくよー。あぁ、ちゃんと責任持って出すから変な心配はしないでねー」
「わたくしも手伝いますわ。公爵家の名にかけて会長の不備を見張りますので」
そう言って渡された立候補用の紙にペンでサインをする。
偽装がされないように血判を押し付けるとインクが一瞬だけ光り、魔法的な証明が完成する。
「確かに受け取ったよー」
「やけに親切だな。黙っていればライバルの数が減ったのに」
何か目的があって教えてくれたのか、それともただの親切心からなのか。
俺の問いにイブキは僅かに目を見開いて穏やかな声で言った。
「いやー、折角の学園をあげたお祭りだから強い奴とは戦いたいし、こんなので狩る獲物が減るのは勿体ないじゃないー?」
その一瞬だけ、牙が剥かれた。
ビリっとした殺気が生徒会室に流れ、鳥肌が立つ。
隣に座るレヴィアが息を呑む音が聞こえ、フェイトはいつでも魔法を放てるように魔力を活性化させる。
「おやぁ? 動じないねー」
「いいや。ちょっとだけ震えてしまったぞ。……お前と戦えることを想像して武者震いをした」
「光栄だねー。かつての魔王と同じ名前のキミにそう言ってもらえるなんて」
意趣返しに俺もイブキへとプレッシャーを放ってみたが、返ってきた反応は普通だった。
魔王と同じ名前と口にしたのは偶然なのか俺が転生したことを知っているのか。
どちらにせよ別に隠しているわけではないので問題ない。
「一週間後の生徒会戦挙を楽しみにしてるよー」
「勝って生徒会長になるのは俺だ。席を温めておけ」
こうして、学園のトップとのファーストコンタクトは終わった。
どうやら愚者のふりをした生粋の戦士らしい。
感じ取った気配から察するに千年前の魔王達の幹部クラス、あるいは準魔王級といったところか。
「レヴィア大丈夫? 顔色悪いわよ」
「大丈夫です。それにしてもこれからあんな人と戦うんですね……」
殺気を浴びせられたせいかレヴィアの白い肌が血の気が引いて更に白くなっている。
「アディリシアを倒したら次はアイツか……まぁ、私ならやれるわよ」
フェイトは俺に近い感想を抱いたようで、口角を吊り上げて目をギラギラさせている。
「レヴィア。怖いなら立候補を取り消してもいいぞ。まだ来年があるだろうしな」
「嫌です。ここで生徒会に入らないとアスくんやフェイトさんから置いていかれそうだから」
「そうか、頑張れよ。直前まで俺がバシバシ鍛えてやるからな」
弱音を吐きながらも立ち上がるレヴィアの心意気に嬉しくなり、彼女の頭を撫でる。
あの広いラウンジを自分の好きに使えるのなら、女の子を沢山侍らせたいな。
その中にフェイトとレヴィアがいてくれれば俺は幸せだ。
「私も頼むわ。アディリシアだけには絶対負けたくないし、アンタの手の内も暴きたいしね」
「やる気があるな。それなら俺もお前の更なるパワーアップのための秘策を用意しよう」
「秘策ってなによ?」
「鍛練中に俺に負けたらゲンの持っている衣装を着て写真撮影をする。それも日替わりでだ」
「……後に引けないようにするってわけね。いいわ、やってやろうじゃない」
よし、言質とった。
こうでもしないとフェイトはコスプレをしてくれないからな。
レヴィアは頼み込めばしてくれそうだが、こいつは騙すか勝負にしないと乗らないのは短い付き合いで理解している。
ふふふ。俺のコレクションを増やすための素材になってもらうぞ。
そして、俺も早く失った力を取り戻さないと負けるかもしれんな。
♦︎
「いきなりこの場で戦うのかと思いましたわ」
挑戦者の三人がいなくなった直後、アディリシアが口を開いた。
彼女自身はあの瞬間に魔法を発動させる手配を済ませていた。
その結果、生徒会室を吹き飛ばすことになったとしても無抵抗であれば巻き込まれて怪我をする恐れがあったから。
「冗談だよー。彼もそれはわかっていたみたいだし」
最初に喧嘩を売ろうとしたイブキは相変わらずののほほんとした様子でアディリシアを嗜める。
「けどまぁ、直接対面してわかったけど彼は間違いなく勝ち上がってくるよ。戦挙管理委員会には今年の会場に張る結界を最高ランクにしてもらうように要請しなきゃねー」
「そこまでする必要がありますの?」
「うん。だって、そうじゃないとボクの手で学園を壊しちゃいそうだからねー」
気軽そうに発言するイブキだったが、それを聞いたアディリシアは冗談じゃないと心の中で悪態をつく。
(これで、魔族の一つの未来が決まりますわね)
大魔王学園とは魔族領の縮図のような場所。
この学園が外の世界に与える影響は計り知れない。
去年もひと嵐あったが、今年は更なる混乱が訪れそうだ。
「しっかし、腰が抜けて立てなくなるとは思っていなかったなー」
アディリシアに聞こえないくらいの声量で呟き、イブキは遅れて垂れてきた汗を拭って苦笑いするのだった。
♦︎
──そして一週間後。
顔をホクホクさせたアスモデウスと、この世の終わりのような顔をしたフェイトと共にレヴィアは生徒会戦挙へ挑む。
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