第21話 バッジをゲットだぜ!


「つ、疲れたわ……」


 ヨロヨロと重い足取りでフェイトが椅子に座り、机に突っ伏した。

 彼女の感想には俺も同意する。


「でも、みんな無事でよかったですね」


 一人ニコニコとしているレヴィアはこの空間の癒しだ。


「これ、無事って言っていいわけ?」


 俺達三人が集まっているのはゲンの作業小屋だ。

 ヘルスパイダーは討伐し終わってからが大変だった。

 フェイトとレヴィアの無事を確かめて寮に戻ろうとした俺達だったが、全員服が破けていた。

 特に俺に関しては生まれたありのままの姿だった。

 流石にこのままうろついて人に見られるのは不味いというわけで、ゲンに服の調達を任せた。


「なんなんのよこの服は」


「あははは……」


 フェイトが着ているのは少し形の古い運動着だった。

 俺が書店で手に入れた本によるとブルマという。

 一方、レヴィアの服は赤いジャージに同じ生地の短パンだ。

 こちらは大変に健全なはずなのにサイズがまるで合っていないせいで不健全な着こなしになっている。

 ジャージのチャックが胸の下までしか閉まらず、溢れそうなおっぱいがけしからん欲を煽る。


「あのドワーフ、こんな服しか持ってないの!?」


「わたしは逆に服が沢山あることの方が驚きですけど……」


 確かにレヴィアの言う通り、自分で着るわけでもない女性用の服を何着も保管しているのは世間的に見てアウトだ。


「二人共、文句ばかり言うな。ゲンがいなかったら半裸で寮に戻らなければならなかったんだぞ。それに比べたら破廉恥でも服を着させてくれただけありがたいと思え」


「くっ。正論を言うのはズルいわね……」


「わたしのはサイズがあってないだけです! フェイトさんならジャージを着れます!」


「それはそれで止めて頂戴。チャックが全部閉まったら敗北から立ち直れなくなるわ」


 レヴィアからの善意を断るフェイトだが、その判断は正しいと思うぞ。

 仮にレヴィアが下ブルマで上に半袖の運動着を着たら今以上に体のラインがハッキリ見えて大変なことになる。

 そもそもブルマの食い込みでお尻が痛くなり、最悪ブルマが引きちぎれる。


「とにかく、今はゲンの帰りを待つぞ」


「そうね。アンタの格好を見たら落ち着いたわ」


「わたしはよくお似合いだと思いますよ?」


 俺は今、見た目がゆるいデフォルメされたアヒルの着ぐるみを着用していた。

 かつて学園の催し物で使われた残り物で、ゲンの持つ洋服コレクションだと俺の体格に合うのはコレしか無かったのだ。




 ♦︎




「待たせたのお前さんら」


 用務員兼教師のゲンが戻ってきたのは日が完全に沈みかけた頃だった。


「かなり遅かったな」


「ヘルスパイダーの大きさが問題だったから報告に時間がかかった。それに普段使っていなかったものを探すのに手間取っておっての」


 そう言いながらゲンが取り出したのは高級感のある小箱だった。


「ほれ、小僧が欲しがってものじゃ」


 開かれた箱の中には白金で作られた星の形をしたバッジだった。


「これがスターじゃ。教師一人に割り振られるスターの数は決まっておるからな。年に一つ貰えるかどうかじゃぞ」


 教師だからといって、いくつも与えられるものではないとゲンは言う。

 それだけ貴重なものを手に入れることが出来たのは素直に嬉しいな。


「礼を言う。これで生徒会戦挙に立候補できる」


 一年生では参加できないとされていたが、俺はチャンスを掴み取れた。

 初めからトップを狙う予定だったがこれで更にやる気も湧いてくる。


「あと、フェイトちゃんとレヴィアちゃんにもスターをあげちゃう〜」


「えぇっ!? わたしも頂いていいんですか?」


「囮役頑張ってくれたからのぉ。ええもん見せてもらったし、スターなんて余っとるからな」


 おいコラ。

 俺の感動を返せロリコンドワーフ。


「イタタタタ! ワシのヒゲが、チャームポイントが抜けちゃう」


「永久脱毛すれば女からモテるかもしれんぞ」


 ゲンの髭をむしり取ってやると痛がって地面をのたうちまわる。

 老人虐待? このくらいでドワーフが死ぬものか。


「何故スターが余っているんだ」


「ワシの授業は人気が無いと言ったじゃろ? スターを与えるような者がしばらく現れずに持て余しておったんじゃ」


 用務員の仕事も生徒で手伝おうとする物好きはいなく、毎年溜め込んでいたらしい。

 髭を抜かれて痛む顔を撫でながらゲンは語る。


「じゃが、今回のは助かったわい。お前さんらが訪ねて来なかったらワシ一人であの蜘蛛と戦うところじゃったわ」


 がははは、と豪快に笑いながら俺の背中をバシバシ叩くゲン。

 笑い話になってよかったな。

 行方不明の用務員が白骨死体で見つかったなんてニュースが出回る可能性もあった。


「しかし、学園全体の結界も見直さんとな。あんなモンスターが侵入したとあってはおちおち夜も眠れんわい」


 年を取ると害虫駆除も大変じゃ、とゲンはぼやく。

 学園の敷地は広いからな。

 この作業小屋に置かれている魔法具やヘルスパイダーと対峙した時の対応から優秀な人材ではありそうだが、手が届いていない。


「他に用務員はいないのか?」


「毎年何人も入ってくるが、すぐ辞めるんじゃよ。生徒だけじゃなく教師からも下に見られるからの。ワシが用務員しておるのも、最初は数が足りないから手伝うだけのつもりがいつの間にか逆転してしまったんじゃ」


 どこかに我慢強くて真面目で器用な人材はおらんもんかの〜と不満を口にしてこの話題は終わりになった。

 学園の裏側も大変なのだな。


「じゃあ、私達はそろそろ寮に戻るわ」


「おう。また遊びに来てくれると年寄り的には嬉しいわい」


「お世話になりました。この服は洗って返しますね」


「ゲフン。お気遣いなくそのまま返却していただけると助かるのじゃが」


「私は燃やすわよ」


 フェイトの容赦ない言葉に膝から崩れ落ちるゲン。

 わかるぞ。洗ってしまっては価値は大きく下がってしまうからな。

 だが、俺は俺以外に彼女達の使用済み衣類を渡すつもりはないので責任を持って回収しておく。


「俺は着ぐるみを返しにくるぞ」


「それ、粗大ゴミに捨ててくれんか? ゴミ捨て場に運ぶの面倒じゃったんよな」


 もう、俺がここを訪れることは二度とないかもしれんな。

 目的を達成し、手を振るゲンと別れてブルマ、ぴちぴちジャージ、アヒルの着ぐるみの奇妙なパーティーで帰り道を歩く。


「ふふん。これで私にも立候補する資格ができたわね」


「フェイトさんは戦挙に出るんですか?」


「当たり前じゃない。こんな楽しそうなイベントに出ないなんて勿体ないわ。どうしても倒したい相手もいるしね」


 チラリと俺を見てくるフェイト。

 ただの模擬戦じゃない公式試合としての決闘はまだやっていないからな。

 最初の決闘は相手の力量を見誤った結果だが、俺の戦いを間近で見てきた今のフェイトならもっといい勝負ができるだろう。


「レヴィアはどうなの? 腕試しにはもってこいの戦いよ」


「わたしは……」


「胸を張れレヴィア。もうジョバンニに負けた時のお前とは違う。修行の成果も出ている」


 レヴィアは物覚えがいい。

 貪欲に技や知識を学んで自分の力へと変えている。

 俺の目に狂いはない。

 最終的に俺には負けるだろうが、いいところまで勝ち上がれると思う。


「アスくんがそこまで言ってくれるならわたしも頑張ります!」


 両手の拳を胸の前で握り、鼻息を荒くするレヴィア。

 あっ、ジャージのチャックが弾け飛んだな。


「ふははは、勝つのは俺だ」


「いいや、私よ!」


「全力を出し切りますよ」


 こうして三人で直前に控えた生徒会戦挙について盛り上がりながら寮へと戻った。

 俺だけ何故か入り口で呼び止められ、着ぐるみを脱いだら全裸だったので警備員を呼ばれてしまったのが今日一番疲れた出来事だった。




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