第20話 ぐへへなバニー、全裸、ポロリあり。


「くっ、離しなさいよね!」


 森の最奥。

 周囲の木に大量の蜘蛛の糸が張り巡らされている場所に辿り着いた。

 どうやらここはヘルスパイダーの巣のようだ。


「フェイトさん!」


 その巣の上に糸で手足を縛られて拘束されているフェイトがいた。


 キチキチキチキチキチ──。


 巨大な蜘蛛がいた。

 人と同じくらいの大きさの蜘蛛というのはそれだけで迫力がある。

 赤い八つの瞳に八本の足。

 鋭く尖った顎は獲物の骨までも砕きそうなほどだ。


「ふっ。こんなものを日頃から討伐しているとは用務員も大変だな」


「いいや。ワシはこんなの知らんぞ!? この前見た時は犬くらいじゃったのに……」


 隣に立つゲンが目の前の巨大な蜘蛛を見て驚いていた。

 犬と同じサイズだっただと?


「これは不味い。いくらなんでもデカ過ぎる! あの嬢ちゃんを回収してさっさと逃げるぞい」


 焦った顔で腰に装備していた手斧を構えるゲン。

 レヴィアも俺の背中から降りて氷の剣を握った。


 ──ザザッ。


 武器を構えて敵対姿勢を取ったのが不味かったのだろう。

 ヘルスパイダーは警戒から戦闘態勢へと意識を切り替えて素早く動き出した。


「なんちゅう速さじゃ! これじゃ狙いが定まらん」


 張り巡らされた巣の上を高速移動し、こちらを撹乱してくるヘルスパイダー。

 なるほど。確かにこれは何の準備もなく簡単に倒せるクラスのモンスターではない。

 これだけの巨体で素早く、人を簡単に引き摺り込むくらいのパワーもある。


「ちと動くのをやめんか。〈投石礫ストーンエッジ〉」


 ゲンが魔法を使うと周囲の石ころが矢のような速さでヘルスパイダーへと飛んでいく。

 牽制用の技で動きを止めて距離を詰め、斧で頭をかち割るつもりだろう。

 だが、


「なっ! まるで効いておらんのか!?」


 ヘルスパイダーは止まらなかった。

 そんな攻撃など避ける意味もないと正面から全て受けきった。

 事実、奴の体には傷一つついていない。

 しかし、体に物を投げつけられたのは不快だったようで威嚇するように顎をカチカチと鳴らしている。


「だったらわたしの魔法で凍らせます」


 攻撃を当てて倒すのではなく、動きを封じてフェイトを救出するためにレヴィアが動いた。

 彼女は新しい覚えた周囲を凍らせる魔法を使おうと手を突き出してヘルスパイダーを照準に捉えようとする。


 ──ギィ!


 直後、ヘルスパイダーがレヴィアから大きく距離を取った。

 自分に不利な魔法を使ってくると本能的に察知したのか攻撃の範囲内から外れた。


「これじゃ当たりません」


「嬢ちゃん気をつけろ!」


「えっ、きゃあああ──!?」


 レヴィアがどうしたものかとヘルスパイダーから視線を外したと同時にゲンが大きな声を出した。

 こちらの攻撃が届かない=敵の攻撃も届かないと油断したからだろう。

 ヘルスパイダーは口から素早く糸を放出し、レヴィアはその糸に絡め取られてしまった。


「モンスターなのになんて賢さじゃ!」


「あれだけ大きくなれば脳も大きくなる。そうでなくても蜘蛛は糸を操る狩人だ。奴にとって俺達は獲物なのだろう」


 ヘルスパイダーはレヴィアを捕まえた糸を引き寄せてフェイトの隣へと放り投げた。

 こうして標本の蝶のようにウサギが二匹も飾られている。


 ──ギィ! ギィ!


 餌が大量で喜んでいるのか、ヘルスパイダーは前の足を二本掲げて体を振り始めた。


「全く。二人ともまんまとしてやられたな」


「呆れとる場合じゃないじゃろ。今はあの娘っ子達を助けて応援を呼びに行かんと」


「奴は逃すつもりはないようだぞ」


 ゲンが救出作戦を考えようとしている間、ヘルスパイダーは見当違いの方向へ糸を吐いた。

 そうやっていくつもの木に糸を巻きつけると縦横無尽に走り回る。


「周囲を糸で囲まれたな」


 目の前にはフェイトとレヴィアが囚われている巣。

 そして、この森の最奥を取り囲むように三百六十度に糸が張り巡らされた。

 蜘蛛の糸で作られたリングの中に俺達はいる。


「こうなればやむを得ん。坊主、派手な魔法で周りごと壊せんか?」


「無理だが? 俺は広範囲の破壊技を持っていない。そういうのは全部フェイトが得意だな」


「な、なんじゃと……」


 口を大きく開けて困惑するゲン。

 ずっと余裕ぶって腕を組んでいる俺に何か策があるとでも思っていたのか?


「更に言うと得意な魔法もあの蜘蛛に効果は薄いだろうな」


 いつも使う触手ではヘルスパイダーのスピードを捉えることは難しい。

 うっかり糸に触れようものなら動けなくなるしな。

 対人戦だと有利だが、こういうモンスター相手には何が正解なのか悩ましい。


「お前さんよくそれでスターを獲得しようとしたな」


「欲だけは人一倍あってな」


 呆れたという声を出すゲン。

 迂闊に動けずにどうしたものかと考えていると、ヘルスパイダーがフェイト達の元へ近づいた。


「ちょ、こっちに来るんじゃないわよ!」


 体を動かして抵抗しようとするが、抗うたびに糸が付着して絡みつく。


 ──ドピュッ!


 狩人は餌へと近づくと口から糸とは別の体液をフェイト達へとぶっかけた。


「うえっ!? なんか臭いんだけどこの液体!」


「フェイトさん。毒かもしれないから吸っちゃダメです!」


 薄紫色のドロリとした液体が彼女達の体を這う。

 すると、バニースーツから小さな煙が出てジュウジュウと音がした。


「いかん。あれは餌を捕食するための消化液じゃ!」


「えっ、何これ!? 服が溶けてくんだけど!?」


 ポトリと服だったものが溶け出していく。

 獲物に齧り付く時に肉を傷つけず邪魔な体毛だけを取り除くためのものなのだろう。

 フェイトとレヴィアのバニースーツは所々が消失して肌がこれまで以上に外気に晒される。


「ゲンさん、アスくん、あまりこっちを見ないでください……」


「おっ、おぉ……。こりゃスマンな」


 半分ほどスーツが溶けてあられもない姿になる彼女達。

 下着まで溶けて際どい場所まで見えている。

 ゲンはお願いをされたとの罪悪感からか目を逸らすが鼻の下が伸びていた。


「服が脱がすのもいいが、溶ける服というのもこれは中々にエロいな」


 勿論俺は目線を逸らさずにガン見していた。

 ラッキースケベをじっくり観察せず恥ずかしそうに顔を背けるなどスケベい失礼極まりない。


「アンタそういうところよ!!」


「見ないで……見られちゃうと……でも意外と、」


 顔を真っ赤にしながら大声で叫ぶ黒バニー。

 白バニーを見習えよ。少し笑ってるぞ。


「服だけを溶かすエッチな毒は興味深いが、流石にそろそろ助けるか」


 性欲のある魔族の俺と違って、あの蜘蛛がフェイトとレヴィアに向けるのは食欲だ。

 所詮、彼女達を餌としか見ていない奴にこれ以上好き勝手されるのは許せない。


「おい、デカ蜘蛛。──俺を見ろ」


 色欲魔法〈魅了の魔眼〉。

 これで奴を従わせて自害させればおしまいだ。


 ──ギィ!!!!


「なんだと?」


 俺の目が魔力を宿して光ったはずなのにデススパイダーは襲いかかってきた。


「魔眼が効かない? 俺の魔力を防ぐほどの耐性があるのか?」


 未だ全盛期を取り戻していないとはいえ、元魔王の魔眼だ。たかが蜘蛛如きに……。

 とはいえ、予想外ことが発生して俺の動きが止まる。

 それをデススパイダーは見逃さなかった。


 ──ドピュッ!


 口から放出される濃い紫色の液体。

 強烈な臭いと共に魔力が混じっているのがわかった。


「いかん! それは捕食じゃなくて戦闘用の毒液じゃ!!」


 自分よりも弱い餌を捕まえるのに強力な毒を使っては餌が食べられなくなる。

 よって普段は糸で獲物を捉え、肉以外を毒で溶かす。

 だがこれは自己防衛のために相手を殺すために用いる武器だ。


「アスくん!」


「アスモデウス!!」


「坊主!」


 三人がそれぞれ俺のことを呼ぶが、避けきれない。

 強力な毒液は体に触れると瞬く間に服を溶かしにかかった。

 ゲンから渡されたヘルメットはグズグズに溶けてなくなり、こぼれ落ちた毒は自滅を腐食させて穴を空ける

 。

 まともに受けてしまえば骨すら溶かすであろう恐ろしい毒だ。


「危ないな。俺でなければ死んでいる」


 だが、俺は死なない。


「普段から体内で様々な成分の媚薬を扱うからな。自然と毒物への抗体も作れる。自分の毒で自滅するのは愚かだろ?」


 生まれてこの方、俺は病になったことはない。

 風邪の病原菌も全てこの体質のおかげで抗体を取得して防いできた。


「たかが毒蜘蛛の攻撃。俺を殺したければ神殺しの毒でも用意するんだな」


「フルチンで偉そうなこと言っとる……大物じゃ」


 しかし、制服を溶かされたのは困ったな。

 中のシャツなら兎も角、ズボンや上着は注文して届くのに何日かかるのやら。

 費用は学校側が持ってくれるのか? それとも自費?


「何にせよ俺の裸を見たならそれ相応の対価を支払ってもらうぞ」


 常にセーブしていた魔力を何割か増しで放出する。

 すると俺の実力を察知したのかヘルスパイダーが後退りした。


「逃すか。今度はお前が狩られる獲物になれ」


 巣に張り巡らせた糸を伝って素早く動くヘルスパイダーを俺は追いかける。

 何もただフェイト達が辱められる姿を見ていたわけじゃない。

 人は絡めとるのに奴事実はスイスイ動ける蜘蛛の糸に何か秘密があると見抜いた俺は〈色欲の魔眼〉で糸を観察していた。


「足先から魔力を放出しながら特定の糸に触れると粘着性が消えるか。中々に興味深い生態だな」


 デススパイダーの目には全裸の魔王が自分と同等かそれ以上の速度で糸を駆ける姿が映っているだろう。

 既にここはお前のホームではない。処刑場だ。


「毒が効かないお前に媚薬は効果がない。触手のスピードでも負けるとなると、拳しかないな」


 魔力を瞳と掌に一点集中させる。

 勝負を決めるのに必要なのはたった一撃だ。


「〈照準スコープ〉」


〈色欲の魔眼〉を併用した武術。


「〈一撃絶頂突きウィークヘブンショット〉」


 ヘルスパイダーの頭部にある魔力の核に向かって貫手を放つ。

 本来は女の性感帯を見抜き、秘孔ツボを押して刺激してやる技だが、力加減を変えれば生物の体を壊することができる。

 ズプっと俺の手がヘルスパイダーに突き刺さり、急所を破壊されたモンスターは瞬く間に生命活動を停止した。


「またつまらん獲物を仕留めたな。だが、狩人としてのお前の技術は学ばせてもらおう」


「なぁ、坊主はふざけとるのか真面目なのかどっちなんじゃ?」


 俺はいたって真面目に戦っただけだ。

 だというのにゲンはまるで変態を見るような目をこちらに向けていた。


「おい、フェイト。レヴィア。無事か?」


「ま、待ちなさいよアンタ! こっち来る前にさっさと服を着なさいよね!」


「馬鹿を言うな。毒液をかけられているのはお前達も同じだ。まずは服より体に異常がないかの確認をするのが先決だろう!」


「いや、そうなんだけどせめてパンツ履いて!」


「アスくんのアスくんが……おっきい……」


 感情がぐちゃぐちゃになった顔でぎゃあぎゃあと喚くフェイト。

 レヴィアは体に異変があったのか呼吸が荒くなっている。

 くっ、やはり服を溶かすだけではない別の成分でも含まれていたのか?


「全裸と半裸の生徒と一緒なんてところを見られたら、ワシはクビになるんじゃね?」








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