第19話 二兎とも追いかけたい。バニーガールって素敵やん?


 バニーガールという服装がある。

 ウサギの耳の形をしたヘアバンドに肩を丸出しにしたレオタード。お尻を強調しながらもふりふりとした可愛さを演出する尻尾。足はタイツで覆われていて網目の隙間から見える肌が眩しい。

 本来はカジノやバーといった場所でしか堪能することのできない服で、間違っても放課後の教育機関で目にすることはない。


「なんなのよこの格好!」


 最初に聞こえたのは怒声だった。

 赤いツインテールの髪に黒くピンと立ったウサギ耳をつけているのはバニーフェイト。

 オーソドックスな黒バニーの彼女は怒りで顔を真っ赤にして地団駄を踏む気性の荒いウサギだ。


「ううっ……。色々とサイズが合ってないような気がします……」


 次に弱々しい声で現れたのは白い耳が半ばで折れている銀髪のバニーレヴィア。

 油断すればポロリしそうな胸元を押さえながら白いバニー服と対照的に羞恥で顔を赤くし、プルプルと震えている気性が大人しくウサギだ。


「手伝うと言ったのはそっちじゃろ」


「なんでこんなコスプレをする必要があるのかって私は聞いてんのよ!」


 頭から炎を噴き出してゲンを睨みつけるフェイト。

 しかし、ゲンは真面目な顔をして言った。


「ワシらが狙っているモンスターは弱い生き物を好んで襲う習性がある。特にか弱くて肉のやわらかいウサギは狙われてやすいんじゃ。だからこそ敵を誘き寄せるためにウサギのコスプレをする必要がある! モンスターを舐めると怪我するぞい!」


 力強く拳を握って力説するゲン。

 その迫力に気圧されたのか、納得いかない顔をしながらも引き下がるフェイト。

 レヴィアは感心したように首をうんうんと縦に振ってメモをとり始めた。


「それで、本音は?」


「カジノで見た若いねーちゃんのバニーが素敵でのぉ〜」


 こっそり耳打ちをするとゲンは顔をだらしなく緩ませていた。

 全く、教師でありながら生徒に変なコスプレをさせるとはな。


「嫌いかの?」


「大変よろしい」


 俺はゲンとさっきの交渉成立よりも固く握手を交わした。

 この好色爺は信用できるな。

 父さんもそうだが、やはり男の団結を深めるのはロマンとエロスだ。


「それでモンスターがいるのは本当なのか?」


「それは本当じゃ。ウサギを好んで襲うのもな」


 作業小屋を離れてモンスターが棲みついたという演習場へ向かう。

 移動途中で他の生徒にバニー姿を見られないようフェイト達はこそこそと移動した。


「いい尻じゃな」


「同意する」


 彼女達の後をついていくと絶景が目の前にあった。

 レヴィアはゲンが想定していなかったサイズの胸と尻で動く度にピチピチの服が悲鳴を上げる。

 一方でフェイトはスラリとしたスタイルのいい体つきなのでバニーを上手く着こなしていたし、屈んだりするとかなり危ういところまで見えそうになる。

 そんな美少女二人が小さな尻尾を振りながら歩いているとなれば男は全員モンスターになっしまう。

 二兎とも俺のものなので手を出すやつがいたら容赦なく叩き潰すがな。


「さて、ワシらもそろそろ被るかの」


 演習場の入り口に着くとゲンがずっと持っていた布袋を漁り出した。

 彼が中から取り出したのはウサギ耳のつけられたヘルメットで、それも二つあった。


「俺も被るのか?」


「効果は保証する。前回はまんまとこれに誘き寄せられたからの」


 差し出されたヘルメットを渋々受け取り頭に被る。


「ぷっ。お似合いねアンタ……あははは!」


 自分でもこれはどうか? と思っていたが、どうやら滑稽に見えるらしくフェイトが俺を指差して笑い出した。


「さて、そろそろ気を引き締めようかの。ワシとこの坊主でモンスターを相手にするからお嬢ちゃん達は囮として先行してくれんか?」


「私だって戦えるわよ。モンスターくらい一撃で葬ってみせるわ」


 腕に自信はあるの、とフェイトが言ったので俺は彼女に忠告しておく。


「ここは森林がテーマの演習場だから火は厳禁だぞ」


「…………ふん」


 一気に自分が役立たずになってしまったことに気づいてそっぽを向くフェイト。

 確かに彼女の魔法ならモンスターなんて塵も残さず焼き尽くせるだろうが、そのために手入れされた施設を破壊するのは違う。

 今回は大人しく囮役に専念してもらおう。


「では中に入るかの」


 演習場の中は日がまだ高いのに薄暗かった。

 日頃の手入れがしてあるというのは事実で、森だというのにキチンと道があって雑草も低く切り揃えられている。


「ここはどういう授業で使うんだ?」


「主に隠密系の魔法や行軍の予行練習に使うかの。決闘でも植物を操ったりする者が指定したりとかもあるぞい。ただこの森の一番の特徴は学園の敷地内で唯一の薬草の群生地になっておることじゃ」


 薬草。

 主に回復ポーションの原材料となる素材だが、群生地は限られた場所にしかなく、それで儲けて魔王軍入りした貴族もいると授業で聞いたな。


「学園の保健室のポーションはここのものを使っとる。外で仕入れるより安いし、魔法薬学の授業を選んだ生徒の経験値にもなるからじゃ」


 決闘が増えれば怪我人も増えるので早いところ何とかしておきたかったとゲンは語った。

 注意しながら森の奥へと進むと、ある場所から足元が悪くなったり草木が伸び放題になっていた。


「この辺りからか」


 モンスターが生息していると思わしき場所に生えた木に傷痕があった。

 鋭い爪によって切り裂いたような傷痕は縄張りに侵入する者への警告にも見える。


「かなり大きそうですね」


「前に見た時より爪痕が大きくなっとるわい。奴めまた成長しおったな」


 傷ついた木を調べながらゲンがざっくりとした敵の体長を予測する。


「こりゃあ、本格的にキチンとした戦力を集めた方が良さそうじゃな。お前さんら、引き返すなら今のうちじゃがどうする?」


「こんな格好までさせられたんだから逃げるなんてごめんよ!」


 すぐに返事をしたのはフェイトだった。

 俺らを心配するゲンに対して臆することなく彼女は足を踏み出す。


「私は逃げたり諦めたりするのが嫌いなの。やるって決めたならそれを貫くわ」


「なんつー勝ち気な娘じゃ。この年頃ってのは怖いもの知らずなのか?」


「良いことを教えよう。フェイトはその中でも飛び抜けて負けず嫌いで意地っ張りだ」


 なにせ、俺に決闘で負けてからも事あるごとに噛みついてきてその度に触手に捕まりあられもない姿を晒し続けてなお立ち向かってくるからな。

 俺が話したことにレヴィアが微笑みながら頷いた。

 彼女もフェイトの近くにいてその諦めの悪さを理解している。


「アンタわかってるじゃない」


「俺とお前の仲だろう。スリーサイズから身長体重までバッチリ把握済みだ」


「…………」


「フェイトさん! 燃えちゃいますから落ち着いてください!」


 親指を突き立てた俺を焼き尽くそうとするフェイトをレヴィアが羽交い締めして取り押さえる。

 ゲンは俺を見て、お前さんらいつもこんな感じなのか? と呆れたような顔をした。


「もういいわよ! さっさとモンスターを倒して帰るわよ。いつまでもこんな格好していられるもんですか」


 鼻をフンと鳴らしながらご立腹なフェイトは森の中へズカズカと侵入した。

 後に続くようにレヴィアも足を踏み出していく。


「おいフェイト。今の言葉はミステリー小説に出てくるお約束みたいだったぞ」


 フラグを建てると言うのだろうか。

 縁起の悪そうなことを口にした彼女にあまり離されないよう男二人も進もうとした時だった。


「──っ!?」


 森の奥。

 暗がりの中から何かが飛来する。

 素早く一瞬で現れたソレにフェイトは反応出来なかった。


「ちょっ!?」


 腕に白いものが付着した直後に、黒バニーの姿が宙に浮いた。


「フェイトさん!」


 レヴィアが手を伸ばすよりも先にフェイトの体は森の奥へと引きづり込まれた。


「ゲン。今のは糸だな」


「そうじゃ。ワシらが探しとるのはヘルスパイダーという蜘蛛のモンスターじゃ。地獄からやってきた死者という異名を持つ厄介な奴じゃ」


 俺の聞いたことないモンスターだった。

 田舎には現れていない種類の獲物だが、どんな相手であれ怯えることはない。

 敵が地獄から来たのなら俺は冥界から蘇った魔王なのだから負けるものか。


「さっさと追うぞ」


 俺達はフェイトが攫われた方向に向かって走り出した。

 ヘルスパイダーが棲みついてから手入れが不十分になったせいで少し歩き辛い。


「フェイトさん大丈夫なんでしょうか?」


「ヘルスパイダーは慎重な性格での。敵意を持った相手が縄張りからいなくならないと食事をしない。あの娘はすぐに食われるということはないはずじゃ」


 捕食中は無防備になってしまうからだろう。

 教師らしくモンスターの生態を解説するゲンの話を聞きながら進むと木々に白い糸がついているのを見つけた。


「その糸に触るんじゃないぞい。ここら辺のは罠用にわざと撒かれた糸じゃ」


「あの、もうちょっと早く警告を……」


 隣を見ると白バニーが糸をガッツリ踏んでいた。


「足が動きません〜」


 粘着性が高いのかレヴィアの履いていた靴はピクリとも動かせなかった。


「このように迂闊に触れた獲物を動けなくして後で回収しにくるからの。注意するように」


「なるほど。タメになった」


 申し訳なさで泣きそうな顔をするレヴィアを俺は慎重に救出する。

 幸いにも糸に触れていたのは靴だったので脱げばいい。


「俺の背中に捕まっていろ」


「ごめんなさい……」


 しょんぼりしながら謝るレヴィアは靴を脱ぎ捨て、俺の首へと手を回しておぶさった。

 彼女が落ちないようにしっかり足を掴んで俺はゲンと一緒に森の奥を目指す。


 ヘルスパイダーの厄介な罠だったが、意外とこの状況は悪くない。

 俺はレヴィアを背負っているわけだが、比べるまでもなく普段の制服よりもバニースーツは薄着だ。

 よって背中に押しつけられているたわわな胸の感触がいつもよりダイレクトに俺に伝わる。

 更に手に触れている足はタイツの質感ともっちりとしたレヴィアの肉感の両方を味わえる仕様になっており、バニーガール最高な状況だ。


「うおっ。急にスピードアップするとは驚いたぞい。罠もスイスイ避けとるし、やるなお前さん」


「ふははは。今の俺は風になるぞ! もっとしっかり体を押しつけていないと落ちるぞレヴィア」


「ぎゅ〜」


 待っていろフェイト。

 お前の居場所は色欲に魔眼で把握したが、ちょっとだけ遠回りして駆けつけるからな!


 俺はこの幸せな状態に感謝をしながら、やっぱりレヴィアって淫魔族よりエッチなフェロモンを出しているんじゃないかと改めて思うのだった。


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