第13話 3000倍を味わえ
決闘が行われる場所は昨日レヴィアが負けたのと同じ闘技場だった。
淫魔族のハーフと注目の新入生エースとの決闘ということで野次馬も多かった。
「よく逃げなかったなハーフ野郎」
「そっちこそ、逃げれば恥をかかずに済んだものを」
念入りにご自慢の髪の毛をセットするエルフのジョバンニ・マーケイヌ。
微塵も自分が負けること想像していないのか余裕のある顔をしている。
「しかし本当に決闘の日付をズラさなくて良かったのか? 疲労を負けた言い訳にされては困るぞ」
「オレがあんな落ちこぼれに本気を出したと思ってんのか? 魔力も体力も余裕だっつーの。今のオレは超完璧なコンディションだぜ」
くるくると剣を振り回してギャラリーへとアピールするジョバンニ。
よかった。これで俺が勝ってもこいつは文句を言えないな。
「準備はいいようですね。両者、決闘誓約にサインをしなさい」
立会人の教師が差し出した羊皮紙に血判とともに魔力を流し込む。
「こんな落ちこぼれに勝つだけで簡単に大魔王様へ近づく道ができるなんてオレは運がいいぜ」
「そうか。──ところで、一つ聞きたいことがある」
「あぁん?」
「俺とレヴィアを落ちこぼれだと言ったが、落ちこぼれに負けたお前は何と呼べばいいんだ?」
「テメェ、ブッ殺す」
純粋な質問をしただけなのにジョバンニは鼻息を荒くして俺を睨み出した。
やれやれ、最近の若者はキレやすくて困る。
「それでは両者、決闘の名乗りを」
教師を挟んで向い合う。
奴は昨日と変わらずに魔剣を装備し、俺は手に何も持っていない。
どんな武器よりも鍛え続けた己の肉体こそが最優の得物になる。
「エルフ族、侯爵家次期当主ジョバンニ・マーケイヌ」
「淫魔族のハーフ、アスモデウス・ラスト」
奴の戦闘スタイルは昨日見た。
レヴィアとの戦いを分析するに速攻がこの男の得意な戦法だ。
「決闘開始!」
「死ねや雑魚!」
合図と共に大地を蹴って突撃してくるジョバンニ。
しかし、俺はそれは読んでいた。
「挑発に乗ってくれて感謝する」
「腹を貫かれたのに何を……っ!?」
真っ直ぐに突き出された剣は棒立ちしていた俺の脇腹を深く抉った。
傷口から血が噴き出し、苦悶に満ちた顔をする俺。
──ジョバンニにはそう見えていただろう。
「敵のことを知らずに飛び込むのは愚の骨頂だと知らなかったのか?」
〈色欲の魔眼〉を発動。
ジョバンニに催眠をかけることで俺の幻を見せて誘導することができた。
発動条件として数秒間、敵と視線を合わせなくてはならない縛りがあるがまんまと予想通りに俺を見てくれていた。
続いて〈
「なんだこれ! くそっ、魔力が抜けていく……」
対フェイト用に使っていたコンボにまんまと嵌り無惨にも半分近い魔力を奪われるジョバンニ。
しかし、いつまでも無抵抗なわけでもなく、奴を拘束していた触手が突然弾け飛んで千切れた。
「魔剣か」
「オレの旋風剣は触れた敵を風で吹き飛ばす。直接触れれば大怪我するぜ」
昨日、レヴィアを追い詰めた厄介な能力か。
確かに並の相手では魔剣が生み出す風に耐えきれずに吹き飛ばされるかもしれん。
「だったらその風を上回る力で対抗してやろう」
色欲魔法〈
俺の触手は本数を自由に変えれる。
増殖させた触手、その一つ一つを筋肉繊維のように束ねていく。
すると俺の右腕は人一人分のサイズにまで膨れ上がった。
「お前、パンチの打ち方を知っているか?」
「ぶべっ!?」
肥大化した拳によるパンチが魔剣ごとジョバンニを吹き飛ばし、地面を転がらせる。
「どうしたこの程度か?」
「くそがよぉ! それだけデカくなっちまえば動きはノロマに決まっていやがる」
足元をふらつかせながら立ち上がったジョバンニは再度剣を握って斬りかかって来た。
次は風魔法で自分の速度を向上させたようで、素早く俺の死角となる右側に回り込んで腕を狙う。
「腕を斬り落としてやる!!」
「あぁ。好きにしろ」
風魔法による切れ味強化で触手化した腕の肘から先が斬り落とされる。
「どうせすぐに生える」
僅か一瞬。
それだけで切断面から新しい触手が誕生した。
魔力が残ってさえいればいくらでも生やすことができるのだ。
「だがしかし、俺の腕を斬り落とした代償は払ってもらうぞ」
急に生えた触手に気を取られ、反応が遅れるジョバンニへ俺は鋭く伸びた爪を突き刺す。
「へっ。こんな細い爪じゃ傷すらつくかよ」
「目的は爪による攻撃ではない。そろそろ効いてくる方が本命だ」
俺の爪は特徴的な形をしている。
爪の中には細い管が通っていて、突き刺した相手に体内で生成した分泌液を流し込むことが可能だ。
「な、何をしやがった!」
「媚薬を盛ってやったのだ」
色欲魔法〈
淫魔族は見た目で相手を魅了するが、それだけでは落とせない場合がある。
その時は相手をその気にさせるためにフェロモンを体から放出させて臭いでも釣る。
このフェロモンには催淫効果があり、媚薬として用いられる。
「媚薬だぁ? そんもんをオレに使ってなんになるってんだ」
「今回調合したのは感覚を超敏感にする媚薬だ」
本来は夜の行為を盛り上げて楽しませるために希釈して使用するのだが、ジョバンニに打ち込んだのは薄めたもののおよそ3000倍の原液で、今のコイツにはそよ風すら暴風に等しい。
「なっ、……ひぎぃ!! 皮膚が熱ちぃ! なんなんだこれは!!」
変化はすぐに訪れた。
快晴だったせいか日差しが当たる場所を押さえて暴れるジョバンニ。
「耳が! うるせぇんだよ黙れ!!」
観客の声援は耳元で爆発音のように鳴り響き、奴の精神を掻き乱す。
「あああああああああああ──っ!!」
感覚が研ぎ澄まされるようになったと言えば聞こえはいいが、行き過ぎた超人じみたそれらは苦痛でしかない。
「なんだ急に?」
「剣を捨てて苦しみ出したぞ」
「さっき切りかかった時に何かされたとか?」
悲鳴を上げながらのたうち回りだしたのを見て野次馬達も異変に気づいた。
しかし、媚薬については注射された本人しかわかっておらず、ただ困惑していた。
「さて、そのまま苦しみ続けるのも辛いだろう。そろそろ楽にしてやる」
俺はジョバンニが手放して地面に転がっていた魔剣を拾い上げた。
「あらゆる感覚が敏感になっているということは当然痛覚も例外ではない」
「あ、あぁっ! やめろやめろやめろ! そんなので斬られたら死んじまう!!」
剣を向けるとジョバンニが腰を抜かした姿で怯えだした。
泣きじゃくりながら鼻水を垂らす様子はとても昨日と同じエルフには見えない。
「レヴィアを痛めつけた罰だ。命で償え」
命乞いをするジョバンニへと俺は容赦なく剣を振り下ろす。
「ぎやぁああああああああ────っ!!」
この上ない悲鳴を上げて、ジョバンニは意識を失った。
顔にたった薄皮一枚の切り傷を与えられただけで失禁までするとは大袈裟なやつだ。
「お前を斬り殺すのは簡単だが、それでは何も変わらないからな。それに決闘のルールで相手を殺すのは禁じられているぞ」
白目を剥いて口から泡を吹き出している敗北者に背を向けて俺は教師にウインクで合図する。
「しょ、勝者、アスモデウス・ラスト!!」
名前を呼ばれ、勝利宣言を受けた俺は悠々と決闘のリングを降りて彼女達の元へ向かうのだった。
ついでに魔剣は金になりそうなので戦利品としていただくことにする。
しかし、エルフのエロ本を読んでいて読んでいて正解だった。
あれがなければ魔眼のタイミングを誤ったり、うっかり媚薬の調合を間違えて殺していたかもしれないからな。
やはり相手を知ることは大事なことだと俺は思うのだった。
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