第12話 負けた意味とエロ本


「あら、もう起きたの?」


 目を覚ますとわたしの顔を覗き込む赤い髪の女の子がいた。

 彼女はわたしが起きたことを確認すると安堵したような顔をする。


「……フェイトさん?」


 ぼんやりとした意識で彼女の名前を呼ぶ。

 クラスメイトでエリートの赤服の中でも特別な大魔王さまの血族という凄い経歴をもっている人。

 そんな人がどうしてわたしのことを心配してくれているんだろう。

 そもそもここはどこ? わたしは確か……。


「あっ、わたし負けちゃったんですね」


 薬品の匂いがするここが医務室だと気づき、自分がどうしてベッドに寝かされていたのかを思い出した。


「切り傷はあちこちにあるけど内臓や骨は無事みたいよ。あのクズ男、本当に痛めつけるのだけが目的だったみたいね」


 フェイトさんが口悪く言っているのはわたしが決闘をしたジョバンニのことだろう。

 彼は今日、初めてわたしの前に現れて自分が婚約者であることを伝えてきた。

 そんなこと初耳で、彼のことなんて知らないのに見せつけられた誓約書にはしっかり実家のサインあった。


『テメェはマーケイヌ家に売り払われたんだよ』


 あぁ、嫌でたまらなかったあの場所から逃げ出したのに呪いのように一族はわたしを追い詰めてくる。

 物理的に離れていても世間からすればわたしはまだあの家の子なのだと思い知らされる。


『話は聞いてたが、実物を見ると……へへっ』


 向けられた視線はわたしを人ではなく物だと言う一族の人と同じだった。

 あの家ではそれは禁忌タブーだったけれど、売り飛ばされた今は違う。

 強引に腕を掴まれて、わたしは怖くなった。

 同じ男性でもアスモデウスさんの優しく温かい手とは違う生温い欲望に塗れた手。

 それの手が嫌で振り払い、自分の身を守るために婚約破棄を条件に決闘を挑んだ。


「わたし、変われたと思ったんです……」


 実家にいた頃のわたしはおおよそ人ではなく、ただ生きているだけの家畜に等しい物だった。

 偶然のチャンスが訪れて、中央都に来ることができて入学試験を受け、憧れていた学園生活を楽しめているわたしは変われたんだと思えるようになった。

 一番大きな変化はアスモデウスさんとの出会い。

 わたしが一番嫌いな部分を、諦めていた欠陥を治してくれた。


「魔法が使えるようになれば、何だってできるんだって……」


 この数日が人生のピークだった。

 こんな日々が続けばいいなと。


「でも、何もできなかった……!!」


 完膚なきまでに負けた。

 わたしの魔法なんて本物の貴族には通用しなかった。

 魔法が使えない時に身につけた技も全てかき消された。


「わたしは弱い!」


 思い上がっていたんだ。

 魔法が使えるようになってやっと最低ラインに立てたのに、ずっと先にいる人に勝とうと思ってしまった自分が恨めしくて、悔しくて涙が止まらない。


「そうね。アンタは弱いわ」


 俯いたまま嗚咽が止まらないわたしにぶつけられた言葉は無情だった。


「でも、最後まで諦めなかった。違うかしら?」


「フェイトさん……」


 顔を上げると深紅の瞳がわたしを見つめていた。

 微笑を浮かべて彼女はわたしの涙を拭う。


「私が見たのは最後の方だけだったけど、かなり長い時間粘っていたって聞いたわよ」


「だけど……」


「勝敗は大事よ。それが決闘ならなおさらね。負ければ相手が望むものを奪われちゃうんだから」


 フェイトさんの言葉は正論だった。

 魔族において強さは正しさだから。


「でもね、最初から全部諦めて挑む戦いと絶対に勝つって決めてする戦いの価値は違うわ」


 強く彼女は言い切った。

 凛々しくて威厳に満ち溢れている彼女の姿が夕焼けに照らされて眩しく見える。


「今回、アンタは後者を選んだ。その価値はアンタにとって大きな経験になるんだから次に活かしなさいよ。命があれば何度だってリトライできるんだから」


 強くてカッコいいなと思った。

 次を頑張ろうなんてわたしには思いつきもしなかった考えだ。

 でも、無理だ。


「次なんて……」


「次なんてすぐに来るわよ。どうもアンタはアイツに気に入られているみたいだし、私に勝てたアイツならジョバンニなんて軽く倒せるでしょ。……いや、私は負けたなんてこれっぽっちも思ってないんだけど」


 自分で言っておきながら納得いかなかったのだろう。

 フェイトさんは言い訳をしながらぶつぶつと独り言を続けているけれど、彼女が口にしたアイツってまさか……。


「フェイトさん、わたしが眠っている間に何があったんですか!?」


「私とアンタを賭けてアスモデウスがジョバンニと決闘するのよ明日」




 ◆




「エルフが対戦相手とは好都合だったな。早速買い物したエロ本が役に立ちそうだ」


 決闘の約束を交わした俺は一人、自室で読書タイムを満喫していた。


「褐色のダークエルフもいいが、やはり肌の白い普通のエルフは清純感があっていいな」


 机の上に並べたエロ本には【エルフ大特集号! ポロリだらけの密着取材!?】と書いてある。

 昔のエロ本は官能小説だったり画家の描いた春画だったりしたのだが、写真という優れものが出回っている現代は生のエロさが格別だ。


「ほほぅ。このシチュエーションは中々に刺激的だな。森の中という開放感がエルフの魅力を更に引き出している」


 エルフが水浴びをしている場面にうっかり出くわしてしまったら写真や、木の枝に服が引っかかって破れている写真など恥ずかしがっている被写体の表情が素晴らしい。


「カメラマンの腕がいいな。写真から得られる情報が多くて助かる」


 実家にいる頃は母さんの目があって読めなかったエロ本をこうも堂々と鑑賞できるなんて学園生活は最高だな。

 別に母さんも俺が性に興味津々でも怒りはしないが、家族からの生温かい目線というのはエロ本を楽しむのに邪魔になってしまう。

 何か悪いことをしているような罪悪感を感じてしまうのは何故なのだろうか。


「所詮は俺も人の子か。……エルフの平均身長と体重……踊り子巨乳エルフだとっ!?」


 文明が進化した喜びを噛み締めながら俺はエロ本と共に夜更けを過ごすのだった。




 そして翌日、昨晩はエロ本研究のせいで寝不足なことをフェイトに伝えると教室の中で〈超獄炎大火球メガフレイム〉を使おうとしてきたので〈触手腕テンタクルアーム〉で黙らせておいた。


「アンタってヤツは!!」


「何を怒っている。別に何の本を読もうが俺の勝手ではないか」


「この変態のことをフォローしてやった私がバカだった……」


「フォロー? 昨日レヴィアに何か話したのか?」


「アンタだったらジョバンニに勝てるって言ったのよ」


 唇を尖らせながらフェイトは呟くように言った。

 それを聞いて俺はニヤリと笑う。


「そこまで俺を高く買ってくれていたとはな。いいことを聞いたぞ」


「調子に乗るんじゃないわよ! あんな男にアンタが負けたら私の株が下がるからフォローしてやっただけなんだからね!」


 触手に捕まったままツンデレな台詞を言うフェイト。

 その絵面に注意をするクラスメイトはもうこの教室にいないようだ。


「だから負けるんじゃないわよ。あの子の友達だって言うのなら絶対に勝ちなさい」


「任せろ。女を賭けた戦いなら俺は最強だ」

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