第11話 彼女の圧倒的な敗北


 学園の中には生徒同士の決闘で校舎に被害が出ないようにいくつもある演習場を決闘時に利用している。

 その中の一つ、野次馬用の観覧席まで設けられている闘技場には大勢の魔族が集まっていた。


「急げフェイト」


「わかってるわよ」


 集まった群衆を掻き分けて最前列に辿り着くと、ボロボロになった銀髪の少女の姿を舞台の上に見つけた。


「おいおい。偉そうな口を叩いてその程度かよぉ」


 魔法によって作られたであろう氷の剣にもたれかかるように片膝をつき、肩を大きく上下させているレヴィア。

 よく見れば彼女の制服は所々が裂けて赤く染まっていた。


「まだ……戦えます……」


「じゃあさっさと立てよこのアマ!」


 レヴィアと闘技場のステージで向き合っていたのは金髪で耳の長い赤服の男だった。


「げっ。ジョバンニじゃん……」


「あの男を知っているのか?」


 懸命に立ちあがろうとするレヴィアを笑う剣を持った男を見てフェイトが苦い顔をした。


「かなりの有名人よ。新入生の中じゃ一番の実力者だって噂よ」


「お前よりもか?」


「私の方が強いに決まってるわよ。ただ魔法と剣術を組み合わせた近接戦闘力は私より上かもね。剣なしで使用魔法に制限が無かったら負けないわよ」


 ここでも負けず嫌いを発揮し、武器の有無を強調するフェイト。

 あのジョバンニとかいう男の強みは手に持っている剣。もしや魔剣の類いか?


「魔力量の多さとあの長耳とくればエルフか」


「ええ。アイツはエルフのマーケイヌ侯爵家の跡取り息子よ。中央都に住む魔族の中でもかなり高い地位にいるの」


 千年前の時代でもエルフというのは魔族の中でも魔力が多く、平均的な戦士の質が高い種族だった。


「おらおら。さっきまでの威勢はどこにいった。愉快に胸を揺らして誘ってんのか?」


「うぅ……」


 戦闘は一方的だった。

 空を切り裂く魔剣による攻撃をレヴィアは頑張って氷剣で受け止めようとするが、直後に爆発するかのような衝撃波が発生して彼女を吹き飛ばす。

 風魔法を刻まれた魔剣にレヴィアは翻弄されていた。


「へっ。落ちこぼれの精霊族のくせに無駄に抵抗しやがって。調教が必要だな」


「かはっ……」


 調子に乗っている男はあえて剣の切先ではなく持ち手の部分でレヴィアのみぞおちを突き、堪らず彼女は地面に崩れ落ちて意識を失った。


「勝者、ジョバンニ・マーケイヌ!」


 気絶したレヴィアを見てようやく審判が勝利宣言をする。

 ギャラリー達は学年最強に近い男の戦い方に興奮して盛り上がっていたが、俺はそれらを無視して彼女の元へ駆け寄った。


「ひどい傷だ」


 間近でレヴィアを診察し、怪我の状態を確認すると予想以上にボロボロだった。

 全身のいたるところに裂傷があり、白い制服が赤色に染まっている。

 傷はそこまで深くないのだがこの怪我の具合は……。


「おい。人の婚約者に勝手に触ってんじゃねーよ」


「婚約者だと?」


 レヴィアを診察していると剣を肩に担いだままジョバンニとかいう男が近づいてきた。


「そうさ。その女の種族は特別だからな。オレの親父が欲しがって大金を払ったんだ」


「呆れたわね。今時に血統婚なんて」


 血統婚。

 優れた一族同士を掛け合わせれば洗練された遺伝子によってより優れた種族になるという考えだ。


「大魔王の血縁には言われたくねぇな。テメェのところなんて血統婚の一番の──」


 その言葉を言い切る直前に周囲の空気が急激に上昇する。

 フェイトの髪の毛先が感情の暴走によって燃え上がっていた。


「燃やすわよ」


「もう燃えているぞ。近くに燃え移ると被害が出るから落ち着け」


 俺は魔力量だけで相手を圧倒するフェイトの頭を軽く叩いて落ち着かせる。

 不満気な顔をしながらも少し冷静になったのか周囲の熱が引いていく。

 ジョバンニとやらは先程までとは別の汗を流しながら彼女から少し離れた。


「ちっ。とりあえずその女はオレの所有物だから勝手なマネはするな」


「だったら丁重に扱え。女は愛でるもので泣かせるものじゃない」


「はぁ? そいつは金で親から売られた道具なんだよ。ザコで欠陥だらけの男を喜ばせて子供を孕むだけのなぁ!」


 気絶し、制服もあちこち破れた痛ましい姿で横たわるレヴィアにニヤついた下衆な視線を送るジョバンニ。

 やはりこの怪我はただ勝負して出来たものではなく、あえて痛ぶるためにつけたものだったのか。

 魔法が使えるようになったことを喜び、俺に感謝をしていた少女が今、穢されようとしている。


「……そうか。ならこの子はお前なんかには勿体ない女だな」


「あぁん?」


 元々、そのつもりではあった。

 確かにこの男の言う通りにレヴィアの肉体には男として抗い難い魅力がある。

 しかし、俺が彼女を気に入った一番の理由は高みを目指す真っ直ぐな向上心だ。

 この縛られた世界で歪むことなく一族を見返してやろうとする心意気に共感した。


「ジョバンニ・マーケイヌと言ったな。レヴィアを賭けて俺と決闘しろ」


 学園で習った形式通りに俺は制服のネクタイを目の前に立つ男の足元に叩きつけてやった。


「舐めんなよ。オレがテメェみたいな白服の決闘に乗ると思ってんのか? そこで倒れてる女は立場をわからせてやるために決闘をしたが、テメェみたいな平民に勝ってオレになんの利益がある」


「互いに賭けるのは女でどうだ? お前が勝てば俺はこのフェイトを差し出す」


「はぁ!?」


 レヴィアの手当をしていたフェイトが俺の発言を聞いて大きな声で驚いた。


「アンタ勝手に何してんのよ!」


「お前は既に俺に負けて俺の物になっている。決闘で賭ける物の対象だ」


「へぇ……大魔王の末裔か。しかもオレ好みのいい顔で泣きそうな女だ」


 鼻の下を伸ばしながらフェイトを視姦するジョバンニ。

 その気持ち悪さを感じたのかフェイトは自身の体を抱き寄せた。


「心配するな。俺は負け戦を好まないタイプだ」


「アンタが私を賭けたせいで困ってるのよ。さっきも言ったけどコイツは口だけの男じゃないわよ」


 確か同学年の中でも最上位の実力者だと言っていたな。

 授業での動きを見ていればレヴィアは同じ白服の中でもズバ抜けている強さがあったが、この男には一太刀も浴びせられずに負けた。


「それがどうしたというのだ。俺はいずれ大魔王になる男だ。こんな長い耳穴が弱点そうな男に負けるわけがないだろう」


「テメェっ!! 淫魔族のくせに生意気なこと言いやがってぶっ殺してやるよ。吠え面かかせてやるからその決闘を受け入れるぜ」


「無様に泣き叫ぶのはお前の方だ」


 こうしてこの俺、アスモデウス・ラストの大魔王学園で二度目となる決闘の相手が決まった。



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