第10話 色欲の魔王、お買い物をする
「僕と決闘しろ!」
「受けてやるぜ」
ヤーヤーと喧騒が響く。
大魔王学園に入学して半月も経つと新入生達がそこかしこで決闘をしている姿が見受けられるようになる。
立ち合い人を受け持つ教師が忙しそうに走り回っているのをご苦労様なことだと眺めながら校門をくぐる。
春は決闘のシーズンで、夏頃になると強者と弱者の差がハッキリして自然と落ち着くらしい。
この学園ならではの風物詩のような騒がしさを楽しみたい気持ちもあるが、今日は用事があって観戦できない。
「本屋は確かこっちか」
レヴィアから貰った案内図を片手に制服姿で中央都市の街中を歩く。
地元とは違い高い建物や馬車が通る専用の広い道まで整備してあるこの街を歩くのは未だにワクワクする。
遥か昔、まだ転生する前の時代には無かった発展した都市には多くの魔族が住んでおり、大魔王軍の中枢的な建物もある。
生憎とそこへ入れるのは正規の軍人か軍への内定が決まった学生だけなので俺は行けない。
無理矢理に侵入するのは可能だが、捕まって退学処分にでもなると両親を悲しませてしまうからな。
てくてく歩くこと三十分くらいで目的の大きな本屋に辿り着いた。
「サイン本をお買い求めの方はこちらの列へお並びください」
立派な店構えの本屋の前には行列ができていた。
店先のポスターを見ると有名な作家がサイン会をしているようだ。
流石は都会。こんな風に作家とファンとが交流できる場所があるなんて……。
生憎と俺が読みたいジャンルの本では無かったので行列をスルーし、店内に入る。
棚に本がぎっちりと並べられている姿は壮観で千年前は高価な品だった本を一市民が買える時代になった喜びを噛み締めながら紳士コーナーに立ち寄り、エロ本とエロ本とエロ本を手に取る。
「未来最高だな」
素晴らしい品々を抱き締めたところで俺はこの店にやって来た目的を思い出した。
紳士コーナーから一番離れた場所にある児童向けのコーナーに足を運び、ひっそりと棚に並べられた絵本に手を伸ばす。
「『ぼく君、学校へいく』か」
優しいタッチで描かれた黒髪の少年が表紙の本。
これは母さんの書いた新作だ。
昨日、入学してすぐに出した手紙の返事が届いて母さんの新しい物語が発売されることを知った。
母さんが絵本作家なのは知っていたが、こうして実際に店先に並んでいるのは感慨深く誇らしい気持ちになる。
この本の主人公であるぼく君は田舎で両親と暮らす少年だが、そのモデルは俺で両親も一緒に出てくる。
名前や種族のことは誤魔化してあるが、本の内容は身に覚えのあるものばかりだ。
「母さんが早く手紙を欲しいと言っていたのは続編のネタ集めかな?」
俺に抱きつきながら締め切りに追われ泣いていた母さんを思い出して懐かしさが込み上げる。
故郷が恋しくなるなんて俺も随分と甘くなったものだと自嘲していると横から母さんの本に伸びる手が現れた。
「うげっ」
「よう。こんな場所で会うとは奇遇だな」
苦々しく顔を歪めながら距離を取ろうとするフェイトに俺は軽く手を挙げて挨拶する。
「なんでアンタがこんなところにいるのよ。普段は寮で鍛練してるって言ってたわよね」
「今日は欲しい本があってな」
「……サイテー」
ゴミを見るような目だった。
俺は母さんの絵本を……間違えてエロ本の表紙をフェイトに見せつけてしまったようだ。
「違う。こっちだ」
今度はしっかり確認して母さんの本を見せる。
「アンタ、絵本なんて読むの?」
「失敬な。俺はこう見えて読書家だ」
「どう見ても歩く変態でしょ。どうせエロ本ばっかり読んでるくせに」
俺の言ったことをまるで信じる様子がないフェイト。
確かに寮の部屋にもエロ本はあるが、どうしてバレたのだろうか?
「それより、その本を寄越しなさいよ」
「この本好きなのか?」
「べ、別にそんなわけ……」
これみよがしに本を動かすとフェイトの視線も後を追うように動いた。
相変わらず素直じゃないやつだ。
「あーもう! 私がどんな本を読んでいても私の勝手でしょう!」
更に本をチラつかせるとイライラしながら絵本が好きなのを認めるフェイト。
「ほれ」
流石にこれ以上からかうのはかわいそうだと思い俺は本を譲ってやる。
フェイトは目を輝かせながらそれを受け取り、俺のニヤついた視線に気づいてそっぽを向いた。
「この本はね。中央だと入荷が少なくて中々買えないのよ」
「知っている。小さな出版社だからそもそも数が出回っていないそうだな」
「そうなのよ。おかげで今日は何店舗も回る羽目になったわ」
「いつもそうしているのか?」
「そうよ。かれこれ十年くらい……って何よその顔」
「はははっ。いや、作者冥利に尽きる読者の鏡だと思ってな」
母さんが知ったら大喜びしそうなファンに出会えたな。
評判がいいから続編が作れるわけだが、実際に母さんが知っているのは出版社や家族の反応だけでファンとの交流なんて無かった。
俺も素晴らしい作品だとは感じていたが、こうして外の世界で好きになってくれた者がいると俺も嬉しい。
「いつにもなく気持ち悪いわね」
「素直に受け止めておこう」
「褒めてるわけじゃないわよ!?」
いつまでも絵本コーナーで騒いでいると他の客の迷惑にもなると考え、俺達はその場を離れた。
在庫はこの一冊だけだったらしく、俺はエロ本だけを購入する。
会計を済ませると店の出口でフェイトが立っていて、俺を見つけて近づいてきた。
「本を譲ってくれてありがとうね」
恥ずかしそうにしながらも素直にお礼を言うフェイトはやはりかわいいやつだ。
口にすればまた怒ってしまうので黙っておく。
「気にするな。別の店でも探すさ」
「……私が読み終わったら貸してあげてもいいわよ?」
「いいのか?」
「勿論ただじゃないわよ。読み終わったら私にこの本感想を言うこと。ついでに他のシリーズの話もしなさい」
「わかったわかった」
同じ本が好きな者に中々会えなかったからなのだろう。
少しだけ浮かれがちな彼女にやれやれと苦笑しながら俺は本の貸し借りを約束するのだった。
「お前はこの後はどうするつもりだ?」
「私はもう寮に戻って本を読むつもりだけど……」
「そうか。折角王都に詳しそうなお前がいるなら案内を頼みたかったのだが」
「何が知りたいのよ」
「買い食いできる店だ。田舎だとそういう店が無くてな。一度体験してみたいと思っていた」
「……仕方ないわねぇ」
やれやれといった様子だが俺に付き合ってくれることになったフェイト。
彼女の後ろについて行き、学園近くにある屋台をいくつか食べ歩く。
代金は当然、頼み事をした俺の方だ。こういう場面で女に払わせるのは気がすまないからな。
「このクレープ美味しいわよ!」
屋台の一つで買ったクレープを近くのベンチに並んで座って食べる。
お気に召したのか彼女は目を輝かせていた。
「イチゴか。俺は食べ応えのあるバナナの方がいいな」
「……バナナも美味しそうね」
「ほら、ひと口食え」
欲しがるような目を向けられては敵わない。
小動物のように警戒をしながらフェイトは俺のバナナを口の中に含んだ。
「んっ……おっきい……」
「おい。食べ過ぎだぞ」
「もぐもぐ……。ひと口の大きさは指定されてないわ」
白いクリームを唇にたっぷり付けたフェイトが自慢げに言う。
ペロリと舌でクリームを舐めとり、彼女は再び自分のクレープを食べ始めた。
「今日はいい放課後を過ごせたな」
「急に何よ」
「俺は学園がどういうものかを知らなくてな。色々な情報を集めたらやってみたいことがいくつかできて、その一つが叶った」
「アンタの願いって随分簡単に叶うのね」
「最終的な目的は一族の復興と惚れた女を探すことだが、その前に寄り道くらいしてもいいだろう。フェイトはそういう夢ややりたい事は無いのか?」
何気ない世間話をするつもりで振ったのだが、フェイトは遠い空を見上げて固まってしまった。
「……私は、ママに……」
ポツリと呟くように言葉を漏らした。
その続きを聞きたい気持ちはあったが、瞳が潤んだように見えたので止めた。
なんとなく、触れない方がいい話題だと感じたからだ。
「……特にないわね。まぁ、普通に卒業できればそれでいいわ。私はアンタと違うから平凡な夢なんて持たないの」
「そうか、そうだな」
本当の願いは知れず、一拍間を置いてすぐにいつものフェイトに戻った。
その後はクレープを食べ切り、門限も近いので学園に戻ることになった。
赤服の彼女が暮らす寮と白服の立派は離れているので校門を抜けたらすぐに別れることになる。
「なんだか騒がしいわね」
「そうだな」
日が暮れかけている中、校門を潜ると生徒達が妙に騒がしくなっている姿があった。
俺は近くにいた白服の生徒に声をかける。
「おい、何かあったのか」
「あぁ、実は新入生トップクラスの実力者が決闘をしてるんだ」
なんだ。出かける前に行われていたこの季節の風物詩か。
俺にはあまり関係のないことだったな。
「その決闘相手が白服の女子で、確かスノーフェアリー家の……」
「おい貴様。決闘の場所は何処だ?」
俺は場所を聞き出し、急ぎ足でレヴィアの元へ向かった。
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