第9話 友達の友達は友達?


「次、レヴィア・スノウフェアリー」


「はい!」


 実技授業を担当する教師に名を呼ばれてレヴィアが前に出る。

 今日の授業内容は魔法による的当てだ。

 入学試験でやったものよりも遥かに遠い位置にある目標に当てなくてはならなく、俺が今使える魔法に的当てに適したものが無かったので素の筋力で投石して当てた。

 今のところ最高評価を与えられたのはフェイトだけだが、彼女の場合は的そのものを消滅させている。


「〈氷柱弾丸アイスバレット〉!!」


 呪文を唱え、腕を突き出すと魔法によってつららが発生し、的を目掛けて放たれる。

 氷の礫はそのまま真っ直ぐに進み、破壊とまではいかなかったが、的には命中した。


「命中確認。合格」


「やった!」


 合格を言い渡され、レヴィアは両手を上にあげてバンザイをして喜ぶ。

 ただし、後が詰まっているので早く次の生徒に代われと注意されて頭を下げる羽目になった。


「あの子、白服のくせに最近目立ってない?」


「模擬戦で戦わされたけどかなり強かったぜ。どうしてあれで白服やってんだか」


 そんな姿を見ていたクラスの連中がレヴィアを話題に喋る。

 俺がマッサージをして以降、絶好調な成績に嫉妬しているようだ。

 あれから数日が経ち、魔力の流れも正常に戻ったレヴィアは白服とは思えない実力を発揮していた。

 元々が魔法が上手く使えない状態で入学出来た素質があるので今の彼女が本来あるべき姿なのだ。


「ニヤニヤして気持ち悪いわよアンタ」


「おや。片付けは済んだのか?」


 レヴィアの姿を観察していると隣にフェイトがやってきた。

 的を消滅させて合格したのだが、ついでにそのまま演習場に大穴を開けたので後の授業のために片付けをさせられていたのだ。


「あんなの楽勝よ。っていうか、合格したのに罰を与えられるなんて信じられない」


「いや、俺から見てもやり過ぎだったぞ」


「アンタが喧嘩売ってきたからでしょ!」


 いつも通り怒りながら火を吹くフェイト。

 失敬な。俺はただ授業を退屈そうに受けていたこいつを楽しませようと賭けを持ちかけただけなのに。

 的に当てられなかった方が昼食を奢るという内容だったが、両者共に成功したので引き分けだ。


「お前に当てられるのか? とか言うから本気出してやったのよ」


「だからって〈超獄炎大火球メガフレイム〉はないだろう」


 獅子は兎を撃つに全力を用うというが、その結果獲物を消し炭にしては食べることもできない。


「あれより弱い魔法だと逆に狙い辛いのよ」


 さらりと意味不明な発言をするフェイト。

 残念ながらこの女は自身の魔力を持て余しているようで実技は基本的に才能をゴリ押ししてくる。

 なんでも大火力の魔法を使えば解決すると考えている脳筋思考だった。


「なによその顔」


「いや、なんでもない」


 残念な子を見る目をしていた俺だが、本音を言ってしまうとまた〈超獄炎大火球メガフレイム〉が飛んでくる可能性があるので大人しく口を閉じるのだった。


 その後、今日の授業も順調に進んで昼休みになったので学食のある食堂へ向かう。

 魔族領の各地から生徒が集まる学園は全体的に規模が大きく、この食堂も生徒全員の食事が可能な広さになっている。


「おばちゃん。学食Aセットを頼む」


「あいよ。アスモデウスちゃんはまだ若いんだからいっぱい食べるんだよ」


 入り口で食券を買って列に並ぶと食堂で働く多腕族のおばちゃんが山盛りのミートソースパスタをくれた。

 どうもこの人は好みの相手にサービス旺盛なようで俺は気に入られている。

 母さんによく似ているおかげで得をしたな。


「いいわよね山盛りもらえて」


「何だ。分けて欲しいのか?」


「アンタからの施しなんて受けないわよ」


 料理を乗せたトレーを持って定位置に座るとフェイトがそんなことを言ってきた。

 俺は昼食の時間をいつも彼女と過ごしている。

 というのも、大魔王の血族として恐れられており、この女の側には誰も座りたがらないので面倒そうな連中に絡まれにくくなるのだ。

 しかし、この日は珍しく近寄ってきた者がいた。


「あの、ここいいですか?」


 向かい合わせて座る俺とフェイト。

 そんな俺の右隣に立ったのは銀髪のボブカットの少女、レヴィアだった。


「構わんぞ。好きにするといい」


「じゃあ、ご一緒させてください」


 彼女は嬉しそうな顔で椅子に座った。

 その姿を見てフェイトが半目で睨みながら俺をフォークで指差す。


「アンタ、その子になんかしたの?」


「何故そう思う」


「アンタみたいなのに近づいて来る女の子なんて何かしでかさないといないでしょ」


 酷い言いようだった。

 だがしかし、事実なので否定はしない。


「それでレヴィアだったわよね。何されたの? 通報するなら手伝うわよ」


「おいコラ。人を犯罪者のように言うな」


 フェイトと決闘してから一週間近くになるがこいつは全く俺の女としての自覚がない。

 ずけずけと物を言って、隙さえあれば小馬鹿にしてくる困ったやつだ。

 だが、こういう気安い会話ができる相手は転生してから初めてなので嫌いにはなれないな。


「いえ、ただ全身を撫で回されただけですよ」


「ぶっ!? 予想以上にヤバかった!」


 飲んでいた水が肺に流れたのか胸を苦しそうに抑えるフェイト。

 吹き出して俺の昼飯が台無しにならなくて良かった。


「誤解があるぞレヴィア」


「そうよね。いくらアンタでも……」


「あられもない姿のお前に跨った程度だ」


「ねぇ、それ食事時にしていい話なの!?」


 ガクッと体を傾け、俺とレヴィアを交互に見るフェイト。

 声が大きかったせいか周りの連中も興味深そうにこちらへチラチラ視線を向けて来る。


「勘違いするな。ただの医療行為だ」


「わたしからお願いして悩みごとを解決してもらったんです」


 レヴィアの家庭事情は伏せて、俺は何のためにマッサージをしたのか簡単に説明をした。


「ふーん、そういうわけなのね」


 誤解が解けたら興味を失ったのかデザートのプリンを頬張りだしたフェイト。

 この一週間で気づいたが甘味というか、お菓子が好きなようだな。今度から機嫌を損ねた時用にあめ玉でも持ち歩いていようか。


「アスモデウスさんのおかげでわたしは強くなれたんです」


「それは間違いだ。俺はただ魔力の流れを戻しただけで、たった数日で魔法を物にしたのはレヴィアの努力と才能だ」


 これは俺の予想よりも遥かに早い成長だ。

 今日の課題では魔法をいかに遠くに飛ばしてコントロールするかを見極めさせられたわけだが、クリアするだけの実力をレヴィアは身につけていた。

 もしかすると俺が考えている以上に彼女には素質が眠っているのかもしれない。


「そう言われると照れちゃいますね」


「ここは素直に喜んでおけ。折角のかわいい顔を俯かせるのは勿体ないぞ」


「けっ」


 モジモジと目を伏せるレヴィアを褒めたら正面から悪態が飛んできた。


「嫉妬か?」


「誰がするもんですか。わたしはただこの子がかわいそうだと思っただけよ」


「何故だ」


「アンタが優しいふりをして騙しているだけで本性は女子を辱めるのが好きなエロ男だからよ」


「流石はフェイト。俺のことをよく理解しているな」


「否定しなさいよ!」


 いいや、否定は出来ない。

 俺がレヴィアに協力した理由に下心が全く無いのかと言われたら嘘になる。

 それくらいに彼女は魅力的な容姿をしていた。


「ったく、見た目がかわいいなら誰でも良さそうねアンタって」


 テーブルに肘をつきながらフェイトが言った。

 俺はフェイトの言葉にすぐ反応する。


「そこは否定させて貰おう。俺は女を容姿だけで判断はしない。一番大切なのは心の在り方で、見た目はその次だ」


 半目になった赤い瞳がじーっと俺を見ている。

 仕方ない。疑いを晴らしてやるとしよう。


「いいかよく聞け! 俺は確かにフェイトの容姿が好きだ! その赤い髪と瞳も、健康的な肌にスラリと伸びた生足は素晴らしい! 凹凸もあるボディで胸も垂れずに前を向いている!」


「ちょ、いきなり立ち上がって何言ってんの!?」


 食堂内に宣言するように声を張り上げる俺を必死になって止めようとするが、身長が届かずに口は封じられていない。


「だが、俺がお前を気に入ったのはエロい体だけじゃなく、その傲慢なまでのプライドの高さ、何度酷い目にあっても挑み続ける根性、そしてツンツンしながらも実はレヴィアの身を案じて俺から彼女を遠ざけようとする優しさ、どれをとっても素晴らしいぞ」


「そうね! 言いたいことは分かったからさっさと口を閉じなさい。それからアンタの顔に焼きを入れてやるから表に出ろやゴラァアアアアアッ!!」


 顔を真っ赤にさせながら力づくで無理矢理に俺の手を引くフェイト。

 ははは。そう照れ隠しをしなくてもいい……物理的に火傷しそうなくらい手が熱くなっているからな。


「今日こそはアンタにリベンジしてやるわよ!」


「望むところだ。俺も試したいことがある」




 ♦︎




 結論から言うと、俺はフェイトに勝利した。

 彼女にはレヴィアに使った〈触手腕テンタクルアーム〉の粘液増量版の餌食になってもらった。


「はわわ……あ、あんなにぬるぬるに……ゴクリ」


「っぐ、ぐずっ……次は絶対負けないんだから!!」


「ふははは! 次は服だけを溶かす粘液を試してやろう!!」


 魔力だけではなく体を動かすことすら億劫になる粘液に浸されたフェイトが地面に横たわっている。

 最近の我がクラスの風物詩を見ながら教師が天を仰いでいるが、何か辛いことでもあったのだろうか?


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