第8話 ※これは医療行為です。


「説明を省いてすまなかったな。実を言うとレヴィアのことは入学試験の時から気になっていたんだ」


 白服に与えられた学生寮の一室にある俺の部屋を異性が訪ねていた。

 机と椅子、ベッドと本棚くらいしかない簡素で狭い部屋だったが、女子がいることで一気に華やかさが増している。


「えっ、そうなんですか?」


 男の部屋に呼ばれたことがないのか興味深そうにキョロキョロしていたレヴィアが驚いた顔をした。


「たまたま試験会場をぼんやり見ていたら気になる状態のやつがいたからな」


 嘘だ。

 初めて同年代の子を見て興奮し、その中でもかわいい女子を探し回っていただけだ。

 フェイトに勝った俺を尊敬しているレヴィアには嫌われたくないので黙っておく。


「お前が一族の中で落ちこぼれていたのは魔力が制御出来ないからだな?」


 普段俺が使っているベッドに腰をかけていた彼女がこくり、と頷いた。


「はい。わたしの一族はとても強い魔力を持っていて魔法も優れているんです。だけど、わたしはそれが使えなくて……」


 辛いことを思い出したのか俯くレヴィア。

 膝の上で握られている拳が小刻みに震えているのを見るにこれはかなり重症だな。


「そうか。だが、お前は運がいい」


 彼女の頭に手を置いて俺はニヤリと笑った。


「お前のその悩みを俺が解決してやろう」


「そんなことができるんですか?」


「俺ならば造作もないことだ」


 顔を上げ、縋り付くように見つめてくる彼女に俺は説明をした。

 俺の持つ魔眼には相手を魅了する能力と共にもう一つある力があるのだ。

 それは目視した対象のエネルギーの流れを見極めるというものだ。

 魔族であれば魔力を、人間であれば闘気を。

 他にも応用が効く便利な目だが、こんな真似が出来るのは淫魔族でも俺くらいのものだ。


「この魔眼によればお前の体にはいくつかの魔力詰まりが発生している。これが正常な魔力の流れを阻害して制御を困難にしているのだ」


「そんなものがわたしの体に……」


「親は治してくれなかったのか?」


「はい。わたしには一切お金を使うつもりはないと言われたので」


 そんな親がいるのか。

 故郷の両親を思い出しながら彼女の頭を優しく撫でる。


「この魔力の詰まりを取り除くためにお前を部屋に連れ込んだ」


「そうなんですね」


「あぁ。これから行う処置は直に素肌に触れる必要があってな、だから脱いでくれないか?」


「わかりました。それでわたしが魔法を使えるようになるなら」


「任せろ。俺は淫魔族で一番のマッサージ師だ」


 自信を持ってそう言うとレヴィアは決心したようで白い制服に手をかけて脱ぎ始めた。


「……あの、アスモデウスさん」


「なんだ?」


「そんなに見られると恥ずかしいです……」


「いや無理だ。医療処置のために必要な行為だからな」


 これは本当だ。

 俺がマッサージをする以上は必ず結果を出さなくては魔王の名が廃る。

 そのために生脱衣シーンを目に焼き付けなければ気分が乗らない。


「んっ」


 レヴィアは顔を赤くしながらボタンをひとつひとつ丁寧に外していく。

 衣擦れる音がし、シャツの下にある清楚な白い下着が目に映った。


「あの、下着は……」


「全部脱いでくれというのが本音だが、付けたままでも処置は可能だ。そのままでいい」


 耳まで赤くして少し泣きそうになっているので交渉に応じておく。

 俺は彼女の力になりたいのであって、辱めたいわけではないからな。そこは重要だ。


「脱ぎました。恥ずかしいです……」


 スカートと白のニーハイまで脱ぎ、下着だけを身につけた状態になったのでベッドにうつ伏せで寝転んでもらう。

 正直なところ下着にニーハイの組み合わせは唆られていたので脱ぐ時に止めるかどうか悩んだが……諦めよう。

 俺は彼女の背中に跨って透明な雪のように白くなめらかな肌をじっと観察する。


「魔力詰まりが出来てからかなり時間が経っているから丁寧に取り除いていく。少し痛みを伴う可能性もあるが安心しろ」


「痛いんですか?」


「いいや。痛みすら忘れる快楽で溺れさせてやる」


 おふざけはここまでだ。

 ここからは本気で色欲の魔王としての力を使わせてもらうとしよう。

 まずは魔眼で魔力の不調箇所を発見し、ピンポイントで指を押し当てる。


「あっ、そこ……」


「リンパ線だ。魔力の流れは血の流れに似ているからここがよく効く」


 強過ぎず、けれど弱過ぎないように調節をしながら的確にツボを押す。

 イメージとしては川をせき止めている岩を破壊して正常な流れに戻していくようなものだ。

 だが、この一箇所だけではまだ足りない。


「次は全身をくまなく揉みほぐすぞ」


「なんだか気持ちよくなってきました」


 まぁ、処置という名のマッサージだから当然だな。

 医療技術や回復魔法が今ほど普及していなかった頃は薬草と針や灸でどうにかしていた時代もあった。

 俺も最初は自分や仲間の命を救うためと思って技術を学んだのだが……。


「すごい……体が羽みたいに……」


「レヴィア。顔が溶けてるぞ」


 脱力してスライムのような液体になりかけるレヴィアの軽く尻を叩いて正気に戻す。

 もちもちとした弾力があっていつまでも触れていたいと思わせる。

 本当に淫魔族ではないんだよな?


「あー、この気持ちよさをずっと感じていたいです」


「残念ながらここからスパートをかけるのでそうはいかんぞ」


「スパートですか?」


 ここで色欲魔法〈触手腕テンタクルアーム〉を使い腕を変化させる。


「ひっ、アスモデウスさん。背中に何かひんやりしたものが……」


「滑りをよくするための粘液だ。保湿性と保温性があるから直にポカポカするぞ」


 彼女がうつ伏せでこちら側が見えないのをいいことに俺は魔法を発動する。

 フェイトに使ったものとはまた別の触手なので魔力を吸う力はなく、人体に無害なぬるぬるした液体を分泌するだけだ。


「あっ、あぁん♡」


「壁は薄いらしいからな。声は我慢しておけよ」


「〜〜〜っ!!!!」


 ♦︎




「よし。これで終わりだな」


 一時間くらい経ったところで俺はベッドから立ち上がった。

 魔法を解除し、腕を元に戻しておく。

 触手は便利だが酷使すると筋肉痛になるから長時間の使用は気をつけないといけない。

 本来は関節のある二本の腕を軟体生物に近い状態に変化して自在に動かすのだから仕方ない。

 このくらいならば全然問題はないが、まだまだ全盛期には遠いから無茶はしないようにしなければな。


「起き上がれるか?」


「む、むりです〜……」


 息が荒いままベッドに横たわっているレヴィア。

 風邪をひかないように早く服を着てもらいたいがそれどころではないらしい。

 マッサージの途中でいやらしい声を出しながら何度か気絶しかけたのもあり俺より体力を消耗したようだ。

 粘液、もといローションを塗ったから風邪をひく可能性は低いか。


「まだ体が熱いです」


「魔力が正常に流れ出したからだな。ついでに血流もよくなって新陳代謝が良くなっているぞ」


 他にむくみや冷え症の改善、美肌効果まである。

 そういえばその説明をしたら母さんによくマッサージをせがまれるようになったなぁ。

 父さんには一回本気でしてあげたが、次からは肩たたきだけでいいと告げられた。

 成人したおっさんが美少年に揉みほぐされて悶絶する絵面が不味いらしい。


「それから魔法を使うのは数日控えておけ」


「えっ! どうしてですか?」


「これまで使えていなかった魔力が流れ始めたばかりだ。魔力が流れる回路に急に負担をかけると再発する可能性がある」


「そんな……」


「落ち込むな。数日経って体の火照りが治れば使い始めていいぞ」


 とりあえずこのままの状態で誰かに見られでもしたら騒がしくなるので俺は自分のシャツをレヴィアに覆い被せた。


「また再発しても俺が解決してやる」


「ありがとうございます。アスモデウスさん」


 もぞもぞと起き上がり、白いシャツを肩に羽織った姿でレヴィアは嬉しそうに笑った。

 どこかスッキリとした彼女の顔を見て俺は自然と口角が上がった。

 かわいい女の子は笑顔が一番だ。

 例えそれがすぐに曇るとしても。


「さて、問題はここからどうするかだな」


「え?」


「まさか下着と白シャツ状態で部屋に戻るわけにもいかないだろう」


「自分の服を着ま……あっ」


「その場合は制服が粘液で汚れてしまうがそれでもいいか?」


「…………」


「俺の服を貸してやるからこっそり自分の部屋に戻るんだな」


「ありがとうございます! 本当に迷惑をかけてごめんさない!!」


「ははは。そう謝る必要はないぞ。俺がマッサージを始めたんだからな」


「服はきちんと洗濯して返しますから!」


「いや、洗濯はこちらでするから絶対にそのまま返してくれ」


 頭をぺこぺこと下げながら申し訳なさそうにするレヴィアに俺は念を押して言った。

 絶対に洗濯やクリーニングをするんじゃないぞ。絶対にだからな!


「それじゃあ、また明日教室で」


「おう。また明日」


 ぶかぶかな俺の私服を着たレヴィアを見送った。

 体格の違う服を着ている女の子というのも大変に趣きがあるものだ。

 そしてなにより、また明日と言い合える者ができたのは大きな収穫だったな。

 レヴィア・スノウフェアリーという少女は俺にとって学園で初めてできたクラスメイトとの約束だった。


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