第7話 俺は目を逸らさない


「千一、千二、千三……」


 その日の放課後。

 俺は白服の学生寮裏にある空き地で日課の筋力トレーニングをしていた。

 背中には自分の背丈よりも大きな岩を乗せ、体に負荷をかけながら汗を掻く。


「もっと、もっと強く……」


 自分の体をとことん虐めながら修行に明け暮れる。

 こうしたトレーニングは故郷にいた頃から毎日欠かさずやっていた。

 千年前のあの時、俺は魔法を封じられたせいで勇者に負け、転生してからは魔法すらも弱体化している。

 なのでまずは肉体を転生前に近づけ、さらには勇者を倒した大魔王を越えるまで鍛えなければならない。


「……ところで、そこにいるのは誰だ」


 鍛練に集中していると何者かに監視されていることに気づいた。

 かつて暗殺者に色欲魔殿への侵入を許して以来、気配や魔力を探知することも怠っていない。

 声をかけると寮の建物の影からおそるおそる覗きをしていた人物が姿を現した。


「……ご、ごめんなさい」


 ビクビクと怯えながら謝ってきたのは同じ白服の少女だった。

 銀髪を肩まで伸ばし、白く雪のような肌をした彼女は小柄な体をブルブルと振るわせている。

 長めの前髪に隠れているアイスブルーの瞳は今すぐにでも泣きそうなくらい揺れていた。


「確かお前の名前はレヴィアだったよな」


「は、はい。レヴィア・スノウフェアリーです」


 小動物のような動きをする少女を俺は知っていた。

 俺と同じクラスで数少ない一般入学をした生徒だったからだ。

 まぁ、他にも彼女を覚えていた理由はある。


「アスモデウスさんに名前を覚えてもらえているなんて〜」


 俺が名前を呼んだことを恥ずかしがっているのか体をくねらせるレヴィア。

 彼女が動く度に胸元のたわわな果実が二つポヨンポヨンと揺れる。

 一見、大人しく地味そうに見える女だが、その肉体には男を魅了する色香の塊のような素質があった。

 胸は勿論、安産型の尻は大きく太ももはムッチムチで思わず頬擦りしたくなるほどだった。

 実は淫魔族の者ではないのかと聞きたくなるような罪深さだ。


 並の男なら彼女の体をちらちらと見る意気地なしな見方をするのだろうが、色欲の魔王と呼ばれた俺はそんな真似をしない。

 真の男なら真正面から堂々と見つめるのみ!

 エロを恥じることなど断じて必要ない!!


「あの、そんなに見つめられると困ります……」


 レヴィアは俺からの視線に耐えきれなくなったのか俯いてしまった。

 普段は透明な白い肌が朱に染まっている。


「すまんな。お前のような魅力的な女を見るとつい見惚れてしまった」


「そ、そんなこと言われるの初めてです。照れちゃいますね、へへへ」


 素直な感想を言うと今度は頬に手を当て照れて笑いするレヴィア。

 コロコロと表情を変える姿はうちの母さんに似ていて微笑ましくなり、いつまでも観察していたくはなるが、そろそろ本題に入るか。


「それで、レヴィアは俺に何か用でもあったのか?」


「は、はい。 わたし、アスモデウスさんに聞きたいこどがあるんです」


「何だ?」


「あなたみたいに強くなる方法を教えてください!」


 両手を胸の前で握りしめながらレヴィアが俺に迫ってきた。

 距離が近くなることで甘い匂いが鼻腔を刺激する。


「わたし、どうしても強くなりたくて。アスモデウスさんは白服の一般入学生なのにあのフェイトさんに勝ちました。だからどうやったら強くなれるか教えてくれませんか?」


 瞳を輝かせながら鼻をふんふんと鳴らしている。

 俺の強さの秘密を知りたいというが、どこまで話せばいいか……。


「最初に言っておくが特別なことはしていないぞ」


「どんなことでもいいので教えてください」


「まずは筋トレだな。格闘術や武器を使うのにはまず肉体の強度が必要になるし、鍛えた筋肉を見ることで自分に自信が持てるようになるからだ」


 どれだけ顔が良くても体がそれに見合ったものでないとモテない。

 淫魔族にとってそれは致命的な欠点だ。


「筋トレですね。他には?」


「イメージトレーニングは毎日欠かさないな。どんな相手が現れようと対処できるように日々技のイメージを磨いている。例えば壁に体が半分だけ嵌まってしまったらどうするかとかな」


「そんな特殊な事例も想定しているんですね。だからこそフェイトさんが攻撃パターンを変えた時も即座に対応できたんだ……」


 メモを取り出して俺の言葉を書き出す彼女が素直で怖いな。

 悪い男にコロッと騙されてしまいそうだ。

 わざわざ俺に聞きにくるのは見どころがあるが元魔王の戦い方は参考にしにくいだろう。


「随分と熱心だな」


「えっ、はい、そうですね……」


 長い前髪を触りながら微笑するレヴィア。

 かわいらしい姿だが、俺は何故かその姿が気になった。


「強くなりたいと言っていたが、何か理由があるのか?」


「それは、その……」


 言いづらいことなのか口ごもって視線を宙に泳がせるレヴィア。


「落ち着いて話してくれ」


 彼女の顎を持ち上げて瞳を覗き込む。

魅了の魔眼チャームアイ〉に〈催眠声ヒュプノボイス〉のコンボでレヴィアの深層心理を表面化させる。


「──わたしは一族を見返してやりたいんです」


 催眠状態になり、ハイライトの消えた目でレヴィアはそう呟いた。


「わたしは一族の落ちこぼれです。軟禁状態でこれまでずっと生きてきました。学校にすら通わせてもらえずに貴族に妾として売り飛ばされそうになったところを逃げ出してきました」


 ……重いな。

 なまじ俺が家族愛の溢れる家庭で育ったせいで彼女の境遇が違う世界の出来事のように思える。


「だからわたしはこの学園で強くなって魔王軍に入りたいんです。そして一族を見返してやりたい。復讐してやるんです」


 催眠状態でありながらその言葉には強い芯があった。

 俺は指を鳴らして魔法を解除する。


「……あれ? 今、わたし何か言いました?」


「すまんが魔法を使って理由を聞きださせてもらった。一族への復讐とは立派な願いじゃないか」


「〜っ!!」


 催眠状態中に記憶があやふやだったレヴィアに俺は素直に魔法を使ったことを謝罪した。

 誰にも言ったことが無かったのか彼女は顔を真っ赤にして手で覆った。


「わ、笑わないでくださいね」


「どこに笑う要素がある。不自由への反逆なんてむしろ好物だ。俺だっていずれ大魔王になって淫魔族を復興させるという悲願がある」


「大魔王に……」


「元から目をつけていたが、お前が気に入ったぞレヴィア。俺が直々に鍛えてやろう」


「よ、よろしくお願いします。アスモデウスさん!」


 手を差し出して握手する。

 ここに世界への反旗を翻す同盟が結ばれた。

 彼女は一族へ、俺は社会へ。

 同じ方向を見据える者同士で仲良くしていきたいな。


「ところでレヴィアはなぜ落ちこぼれと呼ばれていたんだ」


 白服を着て学園にいるということは入学試験を突破した証拠だ。


「実はわたし、魔法が上手く使えないんです。魔力の制御が出来ないというか、まともに感じとることさえも……」


「そうか。ならば最初のレッスンから始めよう」


 するりとレヴィアの肩へ手を回し、俺は耳元で囁いた。


「服を脱いでくれないか?」


「はい。…………はい?」


 一度了承し、少し間を置いて彼女は首を傾げるのだった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る