第6話 おはようハニー


 新しい刺激に満ちた入学初日を乗り越え、二日目の朝を迎えた。

 今日も天気が良く俺の気持ちも晴れ晴れとしていた。


「おい、あいつ……」


「女の子を観衆の前で辱めたって……」


「目が合ったら犯されるわよ」


 教室に入っても昨日のように俺に絡んでくる連中はおらず、のびのびと授業に集中できる。


「アンタの神経どんだけ太いのよ」


「おはようフェイト。いや、ハニーと呼ぶべきか?」


「だ・れ・が・ハニーだゴラァああ!!」


 ボッ! 

 フェイトから漏れ出す魔力が火柱へと変化して天井の一部が焦げる。


「魔力の制御が甘いな」


「この湧き上がる激情を堪えられるほど私は辛抱強くないのよ!!」


 漏れ出す魔力によって教室の温度が上昇していく。

 俺の近くだけ真夏のような暑さだ。

 魔力を空にしたのにたった一日でここまで元気になっているのは若さゆえの回復力かそれとも大魔王の血統によるものなのか。

 どちらにせよこのままだと授業の邪魔になるな。


「そうか。なら被害が広まる前に俺の魔法で魔力を吸収するしかないか」


「…………ちっ」


 少し間があって炎が鎮火する。

 魔力の暴走こそ止まったが、フェイトはまだ俺を見ていた。


「熱意のある目だ」


「殺意の間違いよ」


 今にも襲いかかってきそうなフェイトだったが、そうはならない。


「実技の授業でなら相手をしてやるから大人しくしていろ。これは俺の女への命令だ」


「くっ……契約魔法が……」


 強く命令口調で言ってやっとフェイトが落ち着いて席に座った。

 まぁ、強制的に落ち着かざるをえないのだが。


「契約魔法の拘束力は凄いな。お前クラスの魔族でも抵抗出来ないのか」


「元は大魔王様が争いを止めさせるために普及させたものよ。当然でしょ」


 また大魔王か。

 さぞかし魔法に長けた人物だったのだろう。

 いつか俺の色欲魔法にもアドバイスを貰いたいものだな。

 そうすれば更に高みへと昇り桃源郷をこの手で作り出すことも可能やもしれん。


「それで、なんでアンタが私の隣の席なのよ」


「お願いしたら変わってくれたのだが?」


 俺は心優しく席を交換してくれた赤服の女生徒に手を振る。


「ひぃ!」


 彼女は俺の眩しい笑顔に耐えきれなかったのか思いっきり顔を逸らした。


「アンタそれ……まぁ、いいや」


 ははは。恥ずかしがり屋さんめ。

 自分で言うのもなんだが俺は母さん譲りの美形であり、元は淫魔族の魔王だからな。話しかけるだけで女が集まって来たものだ。


「ねぇ、アンタって本当に淫魔族なの?」


 教科書を机の上に置き、授業の準備しながらフェイトが質問してきた。


「あぁ。ただし父さんが人間だからハーフになるがな」


「信じられないわ。そんな奴に私が苦戦するなんて」


 決して負けたと言わない辺り、相当な負けず嫌いだなこの女。

 俺は唇を尖らせながら不機嫌そうにする彼女に真実を教えることにした。


「仕方ないだろう。何故なら俺はかつて魔族を支配していた存在、〈色欲の魔王〉アスモデウスの転生した姿なのだから」


「へー、凄いわねー」


 反応は棒読みだった。


「信じていないのか?」


「転生なんて信じるわけ無いでしょ。そんなもの空想や妄想上の話よ」


「魔法を使えば可能かもしれんぞ?」


「だったらそいつは大魔王より上ね。教科書によれば輪廻転生や不老不死は大魔王ですら成し得ない神の所業よ」


 そう言い切られてしまうと困る。

 俺自身も転生したのは奇跡だったのだ。

 辛うじて魂が破壊されていなかったのと同姓同名の名前を子孫がつけたことくらいしか条件が判明していない。


「だが、俺は転生した魔王だ」


「あらそう。嘘つくならもっとマシな魔王を名乗るのね。色欲なんて魔王の中で一番格下じゃない」


 何だと?

 俺はフェイトの話に耳を傾ける。


「人間が魔族を襲った時に真っ先に死んだのよ? 他の魔王は勇者を何度も退けたり、人間の英雄と相討ちになってるのに色欲の魔王だけ初手で完全敗北したんだから」


「それはだな……」


 勇者は俺を一番警戒していると言っていた。

 確かに不夜の国は魔王の本拠地で最も小さかったため狙いやすかったかもしれないが、それは確実に守り切れる範囲にするための作戦だった。

 おまけに初めて勇者と戦ったので事前の情報が皆無だったのだ。

 他の魔王が勇者を退けたのは俺が死んで警戒し、情報を集めたからだろう。


「悪いこと言わないから名乗らない方がいいわよ。笑われるだけだわ」


 おのれ。

 人が死んでいたからと好き勝手に評価をつけられるとは。


「断る。色欲の魔王の強さは俺が大魔王になって絶対に証明してやるからな」


「はぁ? アンタ大魔王になるつもりなの?」


「そうだ」


「本物のバカね。大魔王っていうのはあらゆる魔族の中で最も強くて偉大な存在なの。アンタみたいなのがなれるわけないでしょ」


 厳しい口調でフェイトが言う。

 棘のある言い聞かせるような話し方だった。

 しかし、俺は鼻で笑う。


「そんなもの誰が決めた。俺は俺のやりたいように生きる。大魔王ですら俺にとっては通過点でしかないんだ」


「アンタいったい何するつもりなわけ?」


「女を迎えに行く。俺の初恋の女だ」


「最っ底ねアンタ」


 俺の夢を聞いてドン引きするフェイト。

 自分でも一人の女に固執するのは異常なことだと思うが諦めきれない。


「例え死んでいても必ず迎えに行く。何千年経ってもそれだけは譲れん」


「……あっ、そ」


 自信満々に宣言したのだが呆れたのかフェイトはそっぽを向いた。

 俺が死んでから千年の月日が流れ、常人ならとっくに死んでいる。いくら勇者とはいえ老いは避けられない。

 だが、それでもあの女に会いたい。そしてもっと触れ合いたいと思えるのだ。


「んんん? そこまで好きな相手がいるなら私いらなくない?」


「何を言う。妻なんていくらでもいていいに決まっているだろ」


 男たるものハーレムを作るのは夢だ。

 それに囲う女の数がステータスの淫魔族で魔王だったんだぞ。当然だろう。


「やっぱり燃やす。女の敵は焼き尽くして灰にしてやる!!」


「はははは。色欲魔法〈触手腕テンタクルアーム乱れ咲き〉」


「「先生早く来て!!」」


 聞き耳を立てていた近くの席の生徒が教師を呼び出すまでフェイトの怒りは収まらなかった。

 なお、この後に俺の色欲魔法で魔力を抜かれたフェイトは魔力切れで授業に参加できなくなってしまい後日補習を受ける羽目になった。


「なんで私がこんな目に遭うのよ!」


「自業自得だろう。いいから服を着替えてくるんだな。……ってお前待て、そのぬるぬるした手で俺の制服を触るんじゃない」


「あははは。アンタも道連れよ!」


「アスモデウス・ラストくん。授業の邪魔するなら君も補習ね」


 解せん。なぜ何も悪いことをしていないのに俺まで巻き込まれてしまうのだ。

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