第3話 色欲の魔王、巣立つ


 俺が二度目の生を受けて十五年の月日が流れた。


「父さん、今日は何を教えてくれるんだ?」


「いや、もうアスに教えることなんて無いって。本当だぞ?」


「謙遜なんてしなくていいぞ父さん」


「うーん。我が子ながら向上心が強過ぎる。手加減ってものをだなぁ」


「いくぞ!」


「ちょ、待って!?」


 父さんの悲鳴が森中に木霊する。

 両親のため、一族のために再び栄光を掴み取ろうと決心してから、俺は一から鍛え直すつもりで厳しい修行に励んだ。

 その間に勇者から受けた傷も五割程度まで回復したので魔法の復習も始めた。


「とほほ……父さんじゃもうアスには勝てないな。父親の意地なんてとっくに捨てちまったよ」


「あなたはまだマシよ。私なんて一族に代々伝わる魔法を教えてあげようとしたら一か月でマスターされちゃったのよ……ぐすん」


 がっくり肩を落として項垂れる父さんと母さんに俺は特製の果実ジュースを手渡す。


「父さんも母さんも落ち込まないでくれ。二人はよく頑張ったさ」


「「えっ? そうかな〜えへへ」」


 息子に褒められてデレデレと照れ顔を披露する両親。

 側からみたら変な光景かもしれないが、これが我が家の日常だ。

 ちなみにだが、母さんから教わった淫魔族の魔法の殆どは俺が前世で開発したものだ。

 だから俺としては子孫に魔法が正しく受け継がれているかの確認のようなものだったし、結果として継承によって失われていた魔法を母さんに教えてあげれた。

 これで母さんも父さんが留守の時にもしものことが起きても自分の護身は出来るだろう。


「しっかし、アスがここまでの天才だったとはな」


「父さんの血筋のおかげよ」


「いやいや。母さん譲りの魔族の力だって〜」


 両親がお互いの種族について笑顔で褒め合う。

 かつての自分の生まれを卑下して悲しむ姿ではない、こういう笑い合える光景が見たくて俺は頑張って来たのだ。

 今では二人揃って俺を自慢の息子だと村で吹聴したり絵本に書いたりしている。


「父さんと母さんの子供に生まれて俺は鼻が高いよ」


「「でへへへ〜」」


 親バカかもしれないが転生先がこの二人の所で良かったと心の底から思える。

 いつか俺が再び後宮を作るとしても両親を参考に仲睦まじい家族を増やしたい。

 だから、そのためには巣立ちが必要だ。


「父さん、母さん。俺は学校に通いたい」


「アスくん……」


「母さん。アスも立派に育ったんだからそろそろ親離れの時かもしれん」


 不安そうな顔をする母さんを父さんが抱き止める。


「近くの学校なら会いに行けるさ」


「それなんだが父さん。俺は中央に行こうと思っている」


「「なにっ!?」」


 俺の発言で学校に通うことに肯定的だった父さんも驚いた。

 中央というのは魔族の子供達が通う学校の中でもエリートが通う魔族最高峰の教育機関だからだ。


「お前、中央がどんな場所か知って言ってるのか!」


「下調べはしてある。村に来た商人からこっそり情報を仕入れたんだ」


「いつの間にそんな……」


 俺の強さがある程度のレベルになってからは父さんに同行して買い出しを手伝うようになった。

 母さんの仕事に必要な画材や自給自足出来ない品のために荷物持ちとして参加し、二人の迷惑にならないように淫魔族とのハーフであることを隠しながら訪れた村で俺はこっそり手回しをしてきた。


「アスくん。どうして中央なの?」


「それは中央が田舎の学校に比べて出世できるからだよ。確かに強い魔族が通うかもしれないが、それに見合った対価は得られる」


「田舎でも出世はできるぞ!」


「父さん。俺が目指すのはこの魔族領のトップだ」


 俺は天を指差した。

 それが意味することを二人はすぐに理解した。


「「まさか、大魔王様!?」」


 あんぐりと口を開いて目玉が飛び出すくらい驚いた両親。

 二人が驚愕するのもらわかる。


〈大魔王〉。


 俺が知らない魔族の地位で〈七大罪の魔王〉が勇者によって次々に敗北していく中、魔族を救うために戦国時代真っ只中だった魔族を統一し、人間から守った存在。

 そんな実力者がいたと聞いて驚いたが、俺が勝てなかったあの勇者に勝ったというのだから魔族の統一に納得がいく。

 現代に生きる魔族の中で最も強く、そして権力と名声と富があるのが大魔王だ。


「俺は真剣だ。出世して大魔王になった暁には中央に城を建てて父さん達を楽させてやるよ」


「アス……お前って奴は……!!」


「なんて親孝行な子なの。その思いだけで母さん涙が止まらないわ!」


 抱き合ったままワンワン泣き出す両親。

 怒ったり泣いたりで感情豊かな人達だと思う。

 ひとしきり泣いてスッキリした二人は笑顔で俺に向き合った。


「行ってこいアス。お前も男ならでっかい夢を叶えるために挑んでくるんだ!」


「母さんは毎日アスくんの健康をお祈りするからね。辛くなったらいつでも帰って来なさい!」


 全力で俺を応援してくれる両親。

 ふっ、誰かから後押しされるなんて魔王になってから初めてかもしれんな。

 あの頃の俺は王として玉座でふんぞりかえり、一族の繁栄のために自分一人で全てを背追い込んでいた。

 だが、敗北して弱体化した俺を二人は一生懸命に育ててくれた。

 この十五年間を支えて夢を後押ししてくれる姿に感動を覚える。


「なんだアス、泣いてるのか?」


「全然泣かなかったアスくんが泣くなんてどこか具合悪いの?」


「心配ないよ母さん。これは感謝の涙だ」


 俺は二人を両手で抱き寄せた。

 ちょっとお馬鹿だが、感情豊かで大げさな家族が大好きなのだと自覚する。


「必ず二人を楽させてやるよ」


「無理すんなよ息子よ」


「父さんこそ毎日母さんと頑張り過ぎて倒れないようにするんだ。いい年なんだから」


「おまっ、いつから!?」


 俺が耳元で囁くと父さんが顔を真っ赤にして驚く。

 まさか今までバレていないとでも思ったのか?


「アスくん。学校に行ったらお友達や恋人を頑張って作るのよ」


「勿論だ。母さんに三桁の孫を見せてあげるよ」


「……アスくん級の淫魔ならやりかねないわね」


 淫魔族の底なし具合を知っている母さんが神妙な顔で頷く。

 ついでに俺はこっそり母さんにも耳打ちしておいた。


「母さんはあまり体に負担かけないでくれよな。下の子が元気に育つように」


「アスくん!? 気づいてたの?」


「まぁ、そういう力も俺にはあるのさ。仕送りもするし母さんの本の宣伝もするよ」


 俺が家を出れば空いた部屋に新しい家族が増えても問題無いし、その時は遠くないだろう。

 父さんを驚かせたくてまだ秘密にしているが、それは俺が居なくなって寂しくなった頃のサプライズでいいさ。


「じゃあ、早速荷物をまとめて中央に試験を受けにいくよ」


「そっか、学校に通うには試験があるのよね。母さん知らなかったわ……」


「心配ないさ。うちの息子はちょっとやそっとじゃ負けない天才だ」


「父さんの言う通りだよ母さん。だって俺の名前は偉大な〈色欲の魔王〉アスモデウス・ラストなんだからさ」


 母さんが受け継いできた家名はラスト。

 時代が続いていれば母さんは王妃だった。

 父さんには家名が無くて、婿入りした形にはなるが豊かな暮らしは送れた。

 だから俺がこれからそれを成し遂げる。


 勇者よ、少し寄り道をしてからお前を迎えに行くからな。待っていろよ!


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