第4話 色欲の魔王、お受験なさる
父さんと母さんに別れを告げてからの俺の行動は早かった。
まずは近くの村に来る顔馴染みの商人に無賃ではあるが護衛として雇ってもらい町まで連れて行ってくれるよう頼んだ。
「あれが伝説の大魔王のが作ったとされる〈千年城壁〉か……」
その道中で天高く連なる漆黒の壁を見た。
勇者と人間によって劣勢になった魔族のために大魔王が魔法によって生み出した破壊不可能な不滅の境界線。
あの壁を越えるのは魔族の掟で禁止されており、そもそも突破が出来ない。
どれだけ高く飛ぼうと、低く穴を掘っても無限に続く壁がある。それが〈千年城壁〉だ。
「あれだけの規模と大きさの魔法を行使する大魔王。いったい何者なんだ……」
かつての俺を越える魔族に期待をしながら俺は町へと向かった。
町に着いてからは中央へ行く相乗り馬車を探した。
村とは違う人の多さに酔ってしまいそうになり、一国の王だったのに随分と田舎暮らしに慣れたものだと自嘲した。
「おい、アンタ人間のハーフか?」
「そうだが、それがどうかしたのか」
「ハーフは乗車賃の倍、いや三倍払いな!」
馬車を運行する業者に俺は値段をふっかけられた。
人間や淫魔族、カースト低級の魔族に対する差別はここまで酷いものなのか。
故郷近くの村では父さんが長年猟師として活躍し、母さんの絵本のウケが良かったのでまだマシな方だったが少し人が多い場所に出ればこの仕打ちか。
エリートの通う中央ではもっと酷い扱いなのかもしれないと考えると笑いが込み上げてくる。
「いいだろう。三倍だな」
「けっ。ハーフのくせに金持ってるならもっとぼったくれば良かったぜ」
他にも並んでいる客がいてそれを待たせないためか業者は悪態を吐きながらも料金を受け取った。
残念ながら俺は母さんの手伝いをしてそこそこの小金持ちなんだよ。
魔王として経験したことをエッチな本にして親に内緒でこっそり流通させたら意外と金になったのだ。
取引先の出版社からはもっと作品を要求されたが、あくまでお遊びで描いた落書きなので本格的な商売にするつもりはない。
俺のお眼鏡に叶う最高のエロ絵師にでも会えれば考えてやってもいいかもしれんがな。
「中央行きの馬車、発車しまーす」
馬車での旅は決して快適では無かったが、新鮮な気持ちで千年後の世界を見ることが出来た。
やはり時が経ったことで魔族の生活にも大きな変化があるようだ。
常に魔王達が縄張り争いをしていた戦国時代とは違って統一により穏やかな日々が続いたことで生活レベルが発展している。
馬車も昔は目的地に着く前に襲撃を受けて荷や客を失っていたというのに、今は大体目的地に着く。
「ひぃ! クレイジーボアの群れだ!!」
「一匹ならともかく群れはやべー!」
……まぁ、現代でも例外はあるようだ。
「おい! 護衛の連中は何してんだ!」
「真っ先に逃げたんだとよ!」
馬車の中と外でパニックになる人々。
気になって顔を出して見れば、確かに大量の土煙と共にこちらへ突っ込んでくるモンスターの群れだ。
体内に魔力を持ちながら知性を持たない奴らはモンスターと呼ばれ、人々の暮らしを脅かす害獣だ。
クレイジーボアは角の生えた凶暴なイノシシで通常なら家族単位の群れしか作らないが春先になると多くの群れが合流して大移動をすると父さんから聞いた覚えがある。
「ちくしょう。報酬金をケチったのが間違いだったのかよ」
「人からぼったくった上にそんなことまでしていたのかお前は」
御者をやっていた運行業者の男に俺は呆れた。
男は荷台から顔を出していた俺を見ると忌々しそうに呟く。
「けっ。ハーフのガキに何が分かるんだ。どうせオレらはこのままクレイジーボアの餌だ」
「助けてやると言ったらどうする?」
「やれるもんならやってみろ! そしたらタダ乗りさせてやるよ!」
ヤケクソになって叫ぶ男。
俺はニヤリと笑ってクレイジーボアの群れに立ち向かう。
「その言葉忘れるなよ。──〈魅了の魔眼〉」
前髪をかき上げてクレイジーボア達に視線を合わせる。
淫魔族の身体的特徴である瞳に魔力を帯びさせることで発動する魔法だ。
俺の瞳を見てしまったクレイジーボア達は急に立ち止まると、馬車を避けるように走り去って行った。
「ふぅ。数が多いと疲れてしまうな」
息を吐きながら体の調子を確認する。
大した魔力を消費していないとはいえ、全盛期だった頃に比べたらまだまだの威力だ。
やはり勇者から受けた傷は千と十五年では完治しなかったな。
「な、何者だよテメェ……」
「俺はいずれ大魔王になる男だ。あと、報酬は守ってもらうぞ」
目の前で起きた光景に驚く男の肩を叩いて俺は馬車に乗り込んだ。
馬車は乗客に一人の犠牲を出すこともなく再出発する。
後から中央に着いて聞いた話だが、逃げた護衛の連中はクレイジーボアの群れに追われ、ぼったくりの業者は自ら低賃金で護衛を雇ったことを吹聴して客足が減ったとか。
世の中には運が悪いことや変なことをする連中がいるものなんだな。
「さて、それはそうとして中央に着いたぞ」
〈千年城壁〉によって区切られた魔族が住む領域、魔族領の真ん中にある中央都市。
この都市は魔族の中のエリートが数多く住んでおり、そんな彼らの子供達が通うのが俺の目の前にある巨大な建築物だ。
「中央大魔王学園か。シンプルで覚えやすいな」
中央都市の五分の一を占める巨大な敷地の中には学生が大勢住む町があった。
生徒の大半はここの寮に入り、衣食住を学友達と過ごすそうだ。
俺の時代に学校は無かったから新鮮な気持ちになる。
「はーい、推薦を受けていない一般入学の生徒はこっちに並んでください。あと受験料の用意もお願いします」
学園の門を潜ると職員らしき人物が看板を持って立っていた。
俺が案内に従って進むと長い行列が見えていた。
「絶対に受かる。絶対に受かる。絶対に受かる!」
「チャンスは一回……チャンスは一回……」
「あ、受験票落としちゃったー。……落ちた」
どうやら受験生達の大半がナーバスになっていてお通夜ムードがあちこちから出ている。
俺は学校の受験というのが初めての経験だが、そんなに緊張するものだろうか?
心に余裕を持たねば本来の実力を発揮できずに不甲斐ない結果になるというのが彼らには理解できないのだろう。
「やれやれ。この俺がお前達の緊張を解してやる〈脱力香〉」
入学を目指す同士に俺は気紛れで魔法をかける。
何人かは変化に気づいて周囲を見渡すが、殆どの受験生はリラックスした穏やかな顔で空を見上げた。
「いい天気だ〜」
「お昼したいなぁ」
「受験なんてどうでもよくなってきたかも……」
むっ。ちょっと魔法の効きが良すぎたな。
あまり脱力して試験へのやる気が無くなっても困るので適当な所で魔法を解除する。
気づいたら試験が始まっていて受験生達は混乱をするが、普段通りの実力を発揮出来ている自分に満足して違和感を忘れた。
俺がやったのは個人の能力向上ではなく、あくまで実力を出し切れるようにするだけだからな。
試験には二種類にあり、簡単な学力試験と実技試験に分かれていた。
「ふははは。これは母さんから習った計算式が役に立つな!」
「そこ、私語厳禁です」
「……はい……」
試験官から注意されてしまったが、以降は黙って問題を解いた。
母さんが熱心な教育をしてくれたおかげで俺はこの時代の最低限の知識を身につけることが出来た。
学力試験の目的は学園で座学を習うだけの頭があるかの確認でこちらは合格基準が低いとの情報を仕入れている。
入学試験で最も重要視されるのは実技試験の方だ。
「では、これより実技試験を行う。試験内容は自分の持つ最大威力の魔法や攻撃を的に当てることだ」
なんだか、かなり大雑把で適当な試験内容だな。
まぁ、種族や戦闘スタイルによって大きく違いがあるため均一な試験が難しいというのはあるのだろうがもっと面白いのは無かったのか?
「ふぁ〜」
おまけに試験官はあくびまでして暇そうだ。
「なぁ、知ってるか? この学園に通う殆どは推薦組でオレらは金を巻き上げるだけのカモだって」
「それくらい常識だろ。結果に関係なく見た目で落とされるっても聞いたぜ」
近くの受験生からとんでもない話が聞こえた。
なるほど。そう考えれば試験官の態度にも納得がいくが、それでいいのか教育者達。
この受験に人生を賭けている者が大勢いるというのに私腹を肥やすために夢見る子供を利用するとは納得がいかないな。
「次の受験者。さっさと前に出ろ」
他の受験生の魔法を眺め、何人か面白そうなやつがいるなと思いながら時間潰しをしているうちにどうやら俺の番が回って来たようだな。
試験官のハゲた男は鼻くそをほじりながら手に持つ紙に何かを書き込む。
おい、まだ魔法を使っていないのに不合格と書かなかったかこいつ?
「あぁ? 何睨んでんだガキ。不合格にするぞ」
俺と目があった瞬間に露骨に態度が悪くなる試験官。
とてもじゃないがこの場に相応しくないな。
「ふっ、俺の活躍をしっかり見ておけ」
だが、こういう手合いの連中を実力で黙らせるのが男のやり方だと父さんに教わっているからな。
かつて村外れに住んでいた母さんと父さんにちょっかいを出しにくる奴らがいたそうだ。
父さんはそんな連中を森へ誘い込んであの手この手で痛めつけて悪さが出来ないようにしたらしい。
村に買い出しに行くと当時の悪者が父さんにビビって逃げる姿があった。
「いくぞ。──〈普通のキック〉」
俺が試験に選んだのはただの蹴りだった。
どうも俺の使う魔法というのはあまり見栄えがしないものが多く、こういう的を破壊するものには向いていないのだ。
対人戦ならば真価を発揮するのだが、それだとあまり目立たない。
なので今回は派手でインパクトのあるものを選んだ。
「なんだ。ただの──ぶべらっ!?」
俺の攻撃によって的が砕け散って吹き飛んだ破片が試験官を直撃する。
普通のキックとはいえ、元魔王である俺が一から鍛えた肉体によって放たれる渾身の一撃だ。
クレイジーボア程度なら正面から蹴り殺してやれるだけの威力はあるから当然の結果だ。
「きゃっ!」
「あぁっ!? 何もしてないのに的が壊れた!?」
ただし、思ったより威力が高かったようで蹴りの風圧のせいで近くに突風が吹いたり砕けた破片が別の的を破壊し尽くしたりしてしまった。
この的、もっと丈夫な素材で作るべきだろう。
「…………ピクっ、ピクっ」
「やり過ぎたな。反省、反省」
俺を担当していた試験官は当たりどころが悪くて気絶してまった。
結局、試験はやり直しとなり俺は威力を抑えたかかと落としで地面にクレーターを作ることで合格をもぎ取ることに成功したのだった。
♦︎
アスモデウスが合格を勝ち取った頃、学園の校舎から一般入試の会場を覗き見る二つの影があった。
「あら、今年は例年よりも合格者が多いのですわね」
「そうらしいねー。なんでも緊張せずに試験を受けるくらい肝が据わっている子が山のようにいたらしいんだよー」
「うふふふ。でもそれは残念ですわね」
「なんでー?」
「だって、自信を持って学園に入学してもその先には越えられない壁が何重にも立ちはだかっているのですもの」
「そうだねー。でも、見どころがありそうなのも紛れ込んでいるみたいだよー」
「貴方がそう言うのなら期待できそうですわね。おーほっほっほっ」
「さてさて、歴史の偉人と同姓同名なのは何かの偶然なのかねー」
自前の扇子で口元を隠しながら高笑いをする女生徒の隣で、気の抜けた喋りをしていた少年は楽しそうに口角を上げた。
その視線の先にはまだ学園のことを何も知らない古い時代の魔王の姿があった。
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