第15話 それをやると取り返しがつきませんけど、やったのですね? ~ノリーオ、ノリでやらかす~

 紗希は畑中に事情を説明した。


 とりあえず異世界を満喫したいのだけども、俺TUEEEをルッツリンド・リリンソンが体感しながら平和を築いているルワイフルの現状は良くないと感じ、もっとハッピーなバイブスの平和体制に移行させたのち、自分はスローライフを始めて執筆活動に精を出しながらのんびり過ごしたいと。


「あのー。来海さん。一応確認させて頂きますね? あなたは不慮の異世界転移に巻き込まれたのに、この状況をより美味しく召し上がりたいという理由で、特に縁もゆかりもないこの世界の環境を良くしたいと。そうおっしゃってます?」

「はい! さすが社会人を経験して転移された畑中さん! 理解力すごい!!」



「ああ。いえ、ちょっと引いてるんですよ? なんで謎の世界に放り出されてたった3日でそういう結論に到達するんですか? いや、僕なんかはもうね、今さら日本に帰っても仕方ないですけど。普通、戻る手段を探しませんか?」

「えー!? そんなそんな! もったいないですって!! やりたいと思ってできる事じゃないですもん!!」


 両者の見解の相違は絶対に埋まらないように感じた、畑中紀夫。38歳。



 畑中は「お話は分かりました」と言って、立ち上がると部屋の奥のドアを開けて通路の突き当りにある部屋をノックした。


「先代! 先代!! お話聞こえてましたよね!? 僕じゃ判断できないので! あと、お昼ご飯ここに置いてありますからね!! 先代の好きなカレーライスですよ!! ……はい、はい! ああ、なるほど! 分かりました! 僕がやっても良いんですか? はい! カレーライス、食べてくださいね!! 半熟卵のせてますから!!」


 モコン界の最長老、ガチの引きこもりになっているご様子。

 畑中が頭をかきながら「お待たせいたしましたー」と戻って来た。


「先代が言うにはですね、そのヘモーニャでしたっけ? 無敵要素は消すことができるんだそうです。そっちのなんか仰々しいメカがあるでしょう? それがオペペペラと連動してるとかいうお話で。しかも上位互換で、こっちから命令の上書きもできるんですって」

「ほへぇー。良く分からないですけど、なんかすごい!!」


「なんで分からないんですか……。来海さん、初日でルワイフルに適応したんでしょう?」

「たははー。わたし、機械は苦手でして。畑中さんはさすがですね! 元IT系ってやっぱりインテリですなぁー!!」


「僕、パソコンをぼったくり価格で売りつけるただのセールスマンですよ。HTMLでホームページ作るくらいが関の山です。ぼったくりの一環でやってたんですよ。会社のホームページ作ります! とか言って。フォントタグいじって文字を大きくするだけでご年配の方には好評なんですよ。こっちなら、今の日本でも食べていけますかねぇ?」



 畑中紀夫。38歳。

 とりあえず現代日本において前職では食べていけない事がほぼ確定する。


 フォント、タグでいじれなくなるらしいですよ。

 あとジオシティーズ、なくなりました。



「協力しますよ。特にやる事もないですし。本当に暇でして。最長老の姿とか知ってる方もいるので、長いこと家開けられませんし。久しぶりに先代以外と長い会話しました。まだ自然に言葉が出てきて感動してます」

「大変なんですねー。あ! オペペペラに乗ります!?」


 ワンピース序盤のルフィくらい見る人全てを勧誘するスタイルの紗希艦長。

 だが、畑中はそれを丁寧に断った。


「先代のお世話がありますから。路頭に迷ってた僕を拾ってくれた恩もありますし。ですけど、同じ日本出身の来海さんにはたまに遊びに来て欲しいなぁ! それが協力する条件ってことでいかがでしょうか?」

「もちろんですよー! 次はお土産持ってきますね!」


 交渉成立。

 だが、このあと畑中さんが大変なミスをしでかす事になろうとは。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 最長老の樹の端末を操作する畑中。

 首を傾げながらではあるが、順調に処理が進んでいる様子に見えた。


 だが、ここでラミーが気付く。


「待て。今、あの男は何をしているんだ?」

「ん? なにって何ですか? 畑中さん、協力してくれるって」


「それは私も承知している。だが、協力と言ったものの、具体的に何をするのかについてはまったく話題に出ていなかったぞ? 確認した方がいいんじゃないか?」

「おー。確かに! ラミーさん、頼りになるぅ! やっぱりラミーさんにはそのキャラでいて欲しいなー! で、時々料理上手なギャップ萌え見せて来るの!!」


「そ、そうか!? クッキー以外も私は作れるぞ! というか、カレーライスは紗希の世界の食べ物だったのだな! なるほど、畑中という2代目最長老が20年もここにいたという事は、少しずつ文化の伝来を試みていたのかもしれんな。紗希と違い、故郷に未練があるようだし、ホームシックを紛らわせるために最長老がヤツの郷土料理を広げたのか」

「おおおー!! そーゆうの! ステキ!! ちょっとぶっきらぼうな喋り方なのにインテリお姉さんとか、わたし大好物!! モノクルをクイッてやってください!!」


 ラミーは「はぁはぁ! おうふ、そうか!!」とさらに色々な持論を並べ散らかした。

 結果論になるが、鏡のお姉さんがフリーマーケットみたいに頭から持って来た持論を無造作に広げなければ、やっちまう瞬間に気付けていたかもしれない。


 畑中が戻って来て、コーヒーを啜る。

 ひと仕事終えた男の顔であった。


「終わりましたよ。これで、ルワイフルに干渉していたヘモーニャは完全に除去されました。もう全ての種族が元通りの力を取り戻してます」

「わぁー! ありがとうございま……すぅ……? んん?」


 紗希は違和感を覚える。

 「あれ? それで良いんだっけ?」というレベルなので、放っておけばそのうち忘れて、向こう1ヶ月くらいは平穏なメンタルで過ごせただろう。


 だが、奴隷商人のロリっ子が絶望を丁寧に説明した。

 ロリ巨乳で頭も良いとか、無敵なのはオペペペラではなく多分この子。


「あのあの! ヘモーニャを除去するのは最終段階なのではありませんか? 色んな種族、コミュニティと和平の取り決めとか、条約とかを締結して! 最後にせーので解除するべきなのでは!!」

「あー。うん。わたしもなんとーなく、そんな気がするよー」


「えとえと! ルワイフルは元々、争いの少ない世界です! そこにルッツリンド様がいきなり制約で押さえつける形の平和を作って、どの方面にも何の説明すらしていなかったので! あたしならその縛りがなくなった瞬間、過去1番の勢いで不満が爆発するんじゃないかなって!!」

「んーと。つまり、ヘモーニャがなくなった今が、ルワイフルの歴史の中で最も荒れる要素が揃ったってこと? じゃ、なかったらいいなー!」



「紗希様! さすがです!! 素晴らしい理解力!!」

「うへぇー。ミリアちゃんに褒められて、初めて嬉しくないシチュエーションだぁー」



 「巨乳キャラは恵まれすぎてるから、ちょっとおバカな要素とかでヘイト買いにくくするのが王道だけど、とっても賢いロリ巨乳っているんだね」とは紗希の感想。

 現実逃避が始まっていた。


 それ、さっきこっちで言いました。


 最長老の樹のメインモニターが警告音を鳴らす。

 続けて、ルワイフルの地図に黒いポイントがいくつも出現する。


 黒を凶兆の予報として唾棄するのはいかにも表現の底が浅いように思えるし、黒猫など大変可愛らしく横切られるだけでご褒美なのだが、これだけ材料が揃っていると不吉以外のニュアンスで捉える方が黒に失礼なのかもしれない。


「畑中さーん? その黒いポイントってなんですか?」

「ええと、魔力や重火器、あとは人と人の殴り合いみたいなものにも反応するんですが。端的に申し上げると、争いが起きている地点ですね。だいたい自分で何をしたか理解できました。僕、今日から先代の部屋の隣で引きこもることにするので、後のことをお任せしても良いですか?」


 こののち、畑中紀夫はラミーの出した手鏡の角で「良いわけないだろ!!」と頭を叩かれた。

 各人が犯したやらかしは重なって、平和が乱れ争いも生まれる。


 そういう世界の仕組み的な啓発は、できれば別のところでやって欲しかった。


 ルッツリンド・リリンソンと畑中紀夫。

 外来種の♂がいまのところ、ルワイフルでろくなことをしない。

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