第14話 こんなところに日本人!! ~2代目最長老ノリーオ・バターケ~

 最長老はガチギレだった。

 ミリアがプルプルと震えて紗希の太ももにしがみつく。


 その姿は大変可愛らしく、紗希の心をほっこりさせた。


「ええと。改めまして、こんにちはー。はじめまして。わたし、オペペペラの艦長になっちゃいました。来海紗希と申します。この度は突然の訪問だけでも失礼なのに、大事な木の枝を折ってしまい、すみませんでした!!」


 最敬礼で謝罪する紗希。

 短くしたスカートが危うい姿勢だが、マントのおかげでセクシー対策も完璧。


「す、すす、すみません!! あたしのミスです!! すみません!!」

「すまなかった! 精霊として私も非礼を詫びさせてもらいたい!」


 ミリアとラミーも紗希に続いて頭を下げる。


「フハハハハハ!! 久しいな! 最長老!! このリリンソン皇国が第一皇子! ルッツリンド・リリンソンに免じて許してやってくれ!!」

「誰だ! お前は!! みんなが謝ったらとりあえず合わせんか!! このタコ!!」



「え。あ。すみませんでした。この通りです。ごめんなさい」


 ルッツリンド・リリンソン。

 最長老に忘れられた上に紗希を含む全員からジト目で見られて危機を察するも、時すでに遅し。



「まあ、構わんよ。最長老の樹はそのうち自然に修復されるから。あんたらの謝罪も心がこもってたしな。入れ。もてなそう。服がキラキラしてるアホは来るな!!」

「わー! ありがとうございます!! おじゃまします! さ、みんな! お言葉に甘えよう!!」


 コツコツ株を上げて、1度の失態で大暴落させる男。

 ルッツリンドくん17歳。初めての出禁を喰らう。


 「フハハハハハ」という切ない笑い声がしばらく響いていたが、そのうち聞こえなくなった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おおー!! 中がすごい!! 樹の中なのにそもそも木造じゃない!! メカメカしてる!!」

「ルワイフルは科学も魔導も発展してる世界だからな。ところであんた。クルミと言ったか? そりゃ、おっぱい的なあれか? おっぱい育たないからって名前におっぱい付けてる痛い子か?」



「ミリアちゃん? 最長老さんを投げたらダメかな?」

「ほわわわわわ!! ダメです! 紗希様!! お心を鎮めてください! あたしを好きにしていいので!!」


 紗希は「え!? ほんと!?」とミリアを膝に乗せて抱きしめた。



 満たされた表情の紗希が何も言わなくなったので、ラミーが代わりに抗議する。


「いかに最長老とは言え、無礼が過ぎるぞ!! 紗希は転移者だ!! 来海というのは苗字とか言うものらしい!!」


 最長老が手に持っていたマグカップを床に落とした。

 バリンと言う音は、彼の心の弾けた合図でもあったらしい。


 彼は興奮気味に紗希へと駆け寄った。


「日本の方ですか!? いや、もしかしたらと思ったんですよ!! 制服だし!! 完全にアジア人っぽい顔ですし!! マジか! ついに出会えた!!」

「下がれ、紗希! こいつ様子がおかしいぞ!! そもそも、最長老はこんなキャラじゃない!! 貴様! 誰だ!!」


 最長老らしき男は両手を広げて、力いっぱい声を張った。


「僕は畑中はたなか紀夫のりお!! あなたと同じく、日本からここに来た者ですよ!! さっきまでのはキャラ作ってただけです!!」


 最長老改め、畑中は涙を流しながら自分の真名を告げた。

 実に20年ぶりの事だったらしい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「そうなんですかぁ!? わー! すごい!! いやー。転移者とか固有名詞で認識されてるから、きっとルッツくん以外にも転移して来た人いるんだろうなーとは思ってたんです! でも、日本人に会えるとは思いませんでしたー!!」

「僕もです! 来海さん!! 来てくれてありがとう!! あああ! 嬉しい!! あの、今って平成何年ですか!?」


 紗希は瞬時に理解した。

 「あ。ルワイフルと地球の時間の流れ、リンクしてる」と。


 異世界の時間の流れを区別して説明すると一晩かかるとは紗希博士の言葉。

 それは困るので簡略化して欲しいと願ったら、3つに分けてくれた。


 時間の流れが遅い。あるいは早いパターン。

 これは現世に戻った際にほとんど時間が進んでいないにも関わらず自分だけがものすごく老けている、逆に凄まじく時間が流れており下手すると人類が滅びていたりする。


 できれば最も歓迎したくない例との事。


 時間の流れが異世界と現世で完全に分割されているパターン。

 現世に戻った際、転移した瞬間からリスタートして、肉体も当時のまま。

 記憶は残る場合と喪失する場合があるものの、日常生活に復帰できる可能性が最も高いラッキーケース。


 最後がルワイフルも該当する、時計の針は止まらず同じリズムで時が刻まれるパターン。

 5年異世界で過ごせば帰還した際には5年後の現世があり、年齢も5年分加算されている。


 天涯孤独な身の上や、ニートや引きこもりなど社会から隔絶されている者は社会復帰が見込めるものの、大多数の普通に生活していた者は「失踪扱い」か悪ければ「葬式が終わって墓が建ってる」事もあり、最悪ではないが良くもない、どっちかというとやっぱり困るヤツである。


 それを踏まえた上で、紗希は事実をありのまま伝える事にした。

 嘘をついても一時的な慰めにしかならないし、何かの弾みで現世に帰還できた時のショックが大きい。


「あの、最長老さん?」

「畑中で結構です! 来海さん!!」


「あ。はい。畑中さん。あの、平成は終わりました」

「え゛っ!?」



 まあ、こうなるのが普通である。



「あの、畑中さんが転移した日時って分かりますか?」

「それが、もう長くこっちにいるので記憶が……。あの、ミュージックステーションでタトゥーが楽屋から出てこなかったヤツ! あれ見たのが転移する1週間前でした!!」


「んんー? ちょっと分かんないですね。わたし、生まれてるかな?」


 生まれてはいない。


 タトゥーと言う名のロシア女子二人組が「気分じゃないんで」と楽屋から出てこないままミュージックステーションの放送が終わり、タモリさんの心にトラウマを植え付ける事件が発生したのは平成15年。


 西暦だと2003年。

 約20年前であり、17歳の紗希はまだ誕生していない。


「ええと、わたしに分かる範囲で畑中さんにも変化が伝わる出来事をいくつか言いますね?」

「は、はい! お願いします!!」


「今は元号が令和になりました」

「なんですか、それ」


「東京でオリンピックがありました」

「長野じゃなくてですか!?」


「消費税が10パーセントになりました」

「えええ!? あっ! じゃあ、景気が良くなったんですね!?」



「……………」

「日本、大丈夫ですか!?」


 それは誰にも分かりません。



「あとはー。笑っていいともが終わったのをわたしより上の世代の人たちはショック受けてて。あ。畑中さん、泣いてる」

「嘘だ……!! いいとも見ながら会社でぼっち飯するのが日課だったのに……!!」


「あ。そだそだ。これ、スマートフォンって言うんですけど。携帯電話です」

「……SFじゃないですか。なんですかこれ」


 畑中はポケットからガラケーを取り出して紗希に見せる。

 「あー!! 見たことあります! わー! すごい! ほんとに二つ折りになってる!!」と逆にテンションを上げられた事で、畑中はより浦島太郎感に苛まれた。


「その、スマホですっけ? スペック教えてもらえます!? 僕、パソコンを高額で売りつけるセールスやってたんで!! まさか、容量1ギガとかあったり……!?」

「ごめんなさい、わたし機械にそんな詳しくなくて。ええと、このスマホのストレージ容量、多分1テラバイトだったようなー?」



「冗談でしょう? 僕が30万で売りつけてたデスクトップパソコン。HDD250ギガでしたよ? なんですかそれ。もしかして自衛隊にガンダム配備されました?」


 これが1番のショックだったらしく、畑中は「もう良いです」と頷いた。



 かなりの衝撃を受けたが、畑中は転移して来て20年のベテラン。

 メンタルもそれなりに強くなっている。


「皆さん、最長老を訪ねて来られたんですよね? 僕が後任というか代行というか、引き継いで業務をさせてもらってます」

「先代さんはどうされたんですか? あ。ご病気とか!?」


「いえ。転移して来た見所のありそうな男に太古の要塞を与えたら、いきなり主砲をぶっ放されたとかで。それ以来、人間不信というか、生きとし生ける者不信になってしまい、今ではずっと部屋に閉じこもってます。それまで僕が引きこもってたんですけど。3年くらい前でしたかね。そこから役割が交代してるんですよ」

「先に言っておきますね。本当にごめんなさい。うちのバカな男子のせいです」


 ルッツリンド・リリンソン。

 ちょっと上がりかけた株は取引中止のレベルに到達しようとしていた。


 本人は外でイモを焼いて食べているので、今のところ幸せそうであった。

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