第9話 来海紗希、メインビジュアル完成!! ~マントをゲットして、鏡の精霊とはじめまして!!~

 翌朝。

 7時過ぎにミリアは起床し、トテテテと小走りで艦橋にやって来る。


「おはようございます!!」

「おっはよー! ミリアちゃん、朝早いんだねー? 偉い!!」


「えとえと、ルッツリンド様のお召し物の用意と、お食事の支度と、他にも色々なお仕事がありますので!!」

「えー? そんなことしてるの? 自分でやらせなよー。良くないよ、そうやって男の子を甘やかすの!」


「でもでも! あたしは奴隷としてルッツリンド様に買われた身ですので!!」

「いや、ミリアちゃんは奴隷買う側の子じゃん。経営破綻したところをルッツくんに出資してもらった形じゃん? それ、別に奴隷じゃないよ?」


「ほわわわわわ! そうなのですか!?」

「そうそう! うちのお母さんが奴隷タイプだね! 男の人には現金から服、お酒にアクセサリーと何でも貢ぐから!!」


「あわあわ、紗希様は奴隷の御子なのですか!? そうは見えませんけど!」

「娘だけど、小学校卒業してすぐに自分で生活環境整えてたからなぁー。今って色々支援があるんだよ。アパートの家賃だけはお母さん払ってくれてたし。知らない男の人を連れ込んだら、2分説得して巴投げで帰ってもらってたし。いつの間にかお母さんが帰って来なくなってちょっと快適になったし!」



「はわはわ! あたしの知ってる奴隷じゃないです!!」

「ミリアちゃんも、わたしの知ってる奴隷商人じゃないよ?」



 強靭なメンタルを持っている紗希にとって、生きる事は工夫次第でどうにでもなるちょっと難易度の高いシミュレーションゲームみたいなものらしい。

 異世界に突然転移して来て、秒で状況を理解し、2分で受け入れ、5分後にはおにぎり食べてた女子高生は強い。


「あのあの! どうして紗希様は艦長の椅子に座っておられるのですか?」

「それはね! 座り心地が良さそうだったから! あと空いてたし!!」



 おばあさんに化けた狼だってもう少しちゃんとした理由を考えるだろう。

 赤ずきんちゃんもすぐに「こいつババアじゃねぇな」と看破しそうである。



 既にフカフカしている艦長の椅子に座って3時間が経過しており、ルッツリンドの予備のマントを羽織っている紗希。

 制服のブレザーは脱がずに、マントを装備する。

 もう少しスカートを折って丈を整えたら「よし! これは完全に異世界転移した女子高生ものの表紙でイケる!!」と本人で太鼓判を押した異世界仕様の来海紗希が爆誕していた。


 なお、艦橋のドアの影からルッツリンドは様子を見守っており、「あ。私の立場、到着するまで維持できるかな? 無理っぽいな」と少し爽やかな表情をしていた。

 どうやら、悲観に暮れるステージを突破したらしい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 奴隷になった奴隷商人ミリアの所持していた奴隷たちが朝食を運んで来た。

 男女のエルフとネコミミを生やした獣人の少女。

 種族が不明な、アベンジャーズのハルクっぽい大男。


 彼らを見て紗希は「……最高!」と静かに親指を立てた。

 どうやら奴隷チームの種族比率がお気に召したらしい。


 パンとシチューとサラダを食べ終えた紗希は「ちょっとウォーミングアップしてくる!!」と言って、艦橋を飛び出し居住区までの通路でダッシュを開始。

 その様子を見ていたルッツリンドが呟いた。


「紗希は何のために体を仕上げているのだろうか」


 ミリアが無邪気な顔で答える。


「えとえと! 考えられるパターンとしては、紗希様にとって精霊は未知の存在ですから、戦闘になった際の準備が1つだと思います!」

「フハハハハハ! 転移してきて2日目で精霊相手にリアルファイトを想定する女か!! フハハハハハ!! すっごい嫌だ!!」


「もしくは、昨日ルッツリンド様によって紗希様がルワイフルで最強の存在である可能性を説明されたので、それを試す目的かもしれません!!」

「フハハハハハ!! 私が失策を犯していたとはな!! できれば気付きたくなかった!!」


「1番可能性が高いのはですね! ルッツリンド様を適度にボコボコにして、オペペペラの指揮権を完全に奪取するおつもりかもしれません!! マントがお気に召したようですし! ルッツリンド様の抵抗は無意味だとご理解しておられますし! 紗希様はとても頭のいい方ですし! ルッツリンド様を殺さずに屈服させる方法の5つや6つくらいはもうお考えになっているかと思います!!」

「フハハハハハ!!」


「ルッツリンド様の命の危機はまだないと思います! 今、主様を始末するとオペペペラの運用方法が分からなくなりますから!!」

「フハハハハハ!! よし、ミリアよ!!」


「はい!! なんでしょうか!!」


 元気に笑顔で返事をするロリっ子に対して、ルッツリンドが告げる。



「もう、もうヤメてくれ。お前も相当賢いのは知っている。そんなお前の想定で、1つも私が無事でいられるものがないとか、もう絶望でさっき食べたご飯吐きそう」

「ルッツリンド様! あなた様が覇者を目指し、権力者の方々を屈服させてこられた以上、覇者になられたあなた様は強者の挑戦を受ける義務があると思います!!」


 ルッツリンド様。棚から胃薬を取り出して用法の倍を服用した。



「ふぃー!! 良い感じに体が温まったー!! シャワー浴びてくるねー!! って、どうしたのルッツくん!? 顔色わるっ!! え、なに? 君って胃腸が弱かったりする? 平気? 横になる? 仕方ないから膝枕くらいならするよ? 減るものじゃないし!」


 紗希の優しい気遣いも、今のルッツリンドには「その艦長席をとっとと明け渡せ」としか聞こえない。

 代わりに彼はマントを外した。


 続けて跪き、それを紗希に差し出す。


「あの。私、今日からマント羽織るのヤメますので。よろしければ紗希様がお使いください」

「えっ!? なんで!? いいよ、いらない! ルッツくんのトレードマークじゃん!! あれ? 勝手に羽織ったのバレてた? ごめんってばー!」


「あ、いえ。私はこのラメ加工された服だけで充分ですので。フハハハハハ。良くお似合いですし。それで勘弁してください」

「な、なんだかよく分かんないけど、いいの? だったらお言葉に甘えちゃおうかなー!! ミニスカ女子高生に豪華なマント!! ベタだけど、異世界感あるんだよねー!! えへへへ!」


 紗希が異世界転移ものの主役っぽいビジュアルを正式に獲得した。

 同時に、ルッツリンドは心の平穏を少しだけ得た。


 これが世に言うウィンウィンの取引と言うヤツなのだろう。

 多分違う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 オペペペラのメインモニターに地図が表示され、現在地を示す赤いポイントと、目的地を示す青いポイントが重なる。

 鏡の精霊郷に到着した合図であった。


 同時にゴガンッと大きな音が艦内に響いた。


「うひゃ!? なになに!? 何事!?」

「フハハハハハ! 鏡の精霊ラミーの仕業であろう!!」


「あろう! じゃないよ!! なんでいきなり攻撃されてんのさ!? ルッツくん、精霊たちにも覇者って認められてるんじゃないの!?」

「紗希様! ミリアがお答えします! ルッツリンド様は6割の精霊から認められておられます! 残り3割は中立の立場を維持し、干渉しません!!」


「んーと。あとの1割には?」

「害虫のように嫌われています!!」


 紗希はジト目でルッツリンドを見つめた。

 無言の抗議は時として口汚く罵られるよりもずっと精神的に堪える。


「フハハハハハ! だから私は申したはずだ!! テンションで察して欲しかった!! 乗り気じゃないと!! フハハハハハ!!」


 高笑いに呼応するようにガオンッと先ほどより大きな衝突音が響く。

 紗希が窓からそっと外の様子を伺うと、美人が空を飛びながら鏡を出現させてはそれをオペペペラに向けて力いっぱい投げつけていた。


「お前! このリリンソン野郎!! どの面下げて来やがった!! 出てこい! ぶち殺してやる!!」


 紗希はよりじっとりとした目でルッツリンドを見つめ、今度は短く感想を述べた。


「君。ものっすごく嫌われてるっていうか、恨まれてるじゃん。なにしたの?」

「ふ、フハハハハハ!!」


 笑って誤魔化そうとして、その成功率はいかほどか。

 有識者の回答はないものの、高くはないと言うことくらいはルッツリンドにも分かっていた。

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