第8話 ルッツリンドの悲哀とともに、オペペペラは空へ!
現在地はルワイフル大陸のほぼ真ん中。
ツクターン自治領の西にオペペペラは浮かんでいる。
自動航行で目的地まで移動できるのだが、ルッツリンドは敢えて手動で端末を操作し飛行形態へと切り替えた。
紗希は艦橋の窓から外を見て興奮気味にはしゃぐ。
「おおー!! 一気に雲の上まで来ちゃったよ!! さすが無敵要塞を名乗るだけはありますなぁー。うちって貧乏だからさ、飛行機乗った事ないんだよねー。つまり、雲の上の初体験!! 珍しい鳥とかいないかな!?」
「フハハハハハ! ……お喜びくださり、大変結構なことで」
ちょっとずつ切れ者の様子を現してくるルワイフルの元覇者さん。
当然だが、紗希を喜ばせるために上空10000メートルまで上昇したわけではない。
陸路を行けば、ツクターン自治領からモコン界へ入るまでの約5時間で、様々なものが紗希の視界に入るだろう。
この好奇心の塊な女子高生に「目を閉じててね」と言う交渉窓口は存在しない。
後ろから両手で物理的に目を覆って「だーれだ!」とかやったら、艦橋だろうがお構いしなしに投げ飛ばされるだろう。
最悪、なんやかんやでスカイダイビングさせられる可能性すらある。
今はとにかく、紗希の興味を鏡の精霊に向けさせる事こそが肝要。
陸路だと、多様な文化が溢れるツクターン自治領の都市部を通過して、モコン界の自然風景も余すことなくご披露する事になる。
絶対に「あ! ちょっと寄って行こうよ!!」と紗希が言い出すことくらい、ルッツリンドにも予想はできる。
一生懸命あの手この手で説得して、最終的に「君さ、わたしの好きな異世界感を破壊しといて、なんか態度悪いね?」と因縁付けられて投げ飛ばされるだろう。
どのシミュレーションでも投げ飛ばされるが、現状、とにかく最短でモコン界に向かい、来海紗希に日本へお帰り頂く事が至上命題。
出会って1時間ほどで覇者の地位を奪い取られたが、覇権までゲットされると、ルッツリンドは高笑いがうるさい有名人に格が下がり、せっかく調和をもたらしたこの世界のやりたい放題カスタマイズが解除されてしまう。
頑張ってメイキングしたものが崩れ去るのは、誰にとっても悲しいものである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ルッツリンド・リリンソンはやりたい放題が少し目に余るものの、この世界を支配したり、民衆に対して新しい悪玉の王として戴冠を求めている訳ではない。
ただ「俺TUEEE感を味わって、時々可愛い女の子にチヤホヤされて、屈強な戦士たちに尊敬されて、国の重鎮には敬われる」この居心地最高な国を手放したくないだけなのだ。
稚拙で愚かな思考である事は認めよう。
だが、ルッツリンドは老け顔なだけで、17歳の青年。
日本で言えば高校二年生に該当する訳で、その年頃と言えば英語の授業中に「今テロリストに学校占拠されたら、俺はまずこっそりと教室を抜け出して」などと文法覚えるのそっちのけで妄想するのが仕事なお年頃。
スウェーデンの「男子の心」研究の第一人者であるイクツニナッテ・モ・オトコハ・ショウネン博士が発表した最新の論文によると、17歳の実に7割強が「学校がテロリストに占拠」「今、心の中を読まれてる」「あの子、多分俺のこと好きだわ」のいずれかの妄想をしたことがあるとされ、学会に嵐を巻き起こしたという。
つまり、ルッツくんもそんなに悪いヤツではない。
もっと言えば、多感な男子高校生をメインに異世界がやたらと転生や転移をさせるのが良くない。
ニートや引きこもりも多く呼び出されているが、彼らも心は永遠の17歳なのでサンプルに含まれるとは、前述の博士の弁。
質疑応答の1番手が「バカ言ってないで仕事しろ」と心無い野次を飛ばした事で、博士の研究はそれ以降発表される事がなくなり、今ではネトゲしながら昼夜逆転生活を送っているのだとか。
どうして人は優れた研究者の魂を潰してしまうのだろう。
まあ、この話は良いか。
窓に張り付いていた紗希が、黄色い声を上げた。
「うああ!! ちょちょ、ちょっと! ルックくん!! あれ! もしかして、ドラゴン!?」
「そうである! マイヤードラゴンと言う種で、口笛を吹くとダンスをする大人しい生き物だ!!」
「マジか! 意外とファンタジー要素もあるじゃん、ルワイフル!! えー! 科学と幻想が同居してるとか!! こんなの10年じゃ全部の要素経験できないよぉ!」
「えっ!? 10年!? 10年ここに留まるのか!? ……ですか!?」
「そうだよ? ただねー。ここがどっちのパターンかなんだよね。現世に戻ったら時間が全然経ってないヤツだったら最高なんだけどー。現世でも同じ時間が経過してるヤツの場合もあるからさー」
「いや、待て! 紗希、待て!! 待って、お願い!! 貴様が10年もの長期間を生活していた拠点から姿を消せば、大騒ぎになるのではないか!? 良くない! それは良くないぞ!!」
「んー。うちのお母さん、男遊びに夢中でわたしに興味ないからねー。別にいいけど。警察に届けたりはまずないし、学校から連絡が来たら面倒を嫌って退学届出すくらいの知恵は働く人だし。平気じゃない?」
「え、いや、えっ!? でもほらぁ! お友達とか心配するしぃ!!」
「あー。大丈夫! わたしバイトばかりしてたから、友達は結構いたけど、親友! って子はいないし。2週間くらいは心配してくれるかなー? まあ、1か月くらいしたら慣れるよ! 今の子ってそんな感じだし!」
「貴様の故郷がドライ過ぎて、私はなんだか心が痛い」
「あらら、意外と繊細なんだねー。ルッツくんって。今を楽しまなきゃ!!」
そして紗希は逞しすぎる持論でこの話題の幕を引っ張り降ろした。
「10年後でわたし27でしょ? 中卒で職歴も空白できちゃうけど、まあ仕事選ばなければお金稼ぐ方法はあるし。社会復帰もイケるんじゃん? 学歴とかキャリアとか気にしないし、わたし!! 東大出ても異世界には来られないんだよ!? 分かる!? この奇跡!!」
ルッツリンドには意味が分からなかった。
東大が何かも知らないし、紗希の人生観については分からないどころか恐怖すら覚えた。
確実な事は1つだけ。
「迅速にこの子を強制送還しないと、私のカスタマイズしたルワイフルは絶対に奪われる!!」と言う、予感を超えた確信であった。
色々考えすぎた結果、ルッツリンドも睡魔に襲われたため「私も少しばかり仮眠してくる」と自室へ戻って行った。
勤労乙女の紗希は体力自慢であり、睡眠時間は4時間で完全回復可能。
今回は6時間以上寝ているので、24時間は寝ないでも余裕で動ける。
「さてさてー。わたしが独りになったと言うことはー!! どこかに説明書ないかな? オペペペラの!!」
悪そうなヤツが意外と良いところを見せると、すごくいい子に見えた乙女が倫理観をちょっと失くす事で世界は均衡が保たれている。
紗希はしばらく、艦橋のあっちこっちを探索した。
艦橋はいわばルッツリンドの部屋と言い換える事が出来る空間であり、元気タイプの女子高生には「男子の部屋を家探しする」権利が認められている。
女子高生行動学の父と呼ばれるパパ・カツスキー氏の著書にもそう記されているので、間違いない。
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