第6話 ルッツリンド、覇道の修復工事中!! ~帰ってくれないかな、あの娘~

 オペペペラの居住区は広い。

 住んでいるのはミリア一家と奴隷たちだけなので、9割の部屋が空室。


「どのお部屋にしよっかなー!! あっ! ミリアちゃんの隣とかステキ!!」

「ぜひぜひ! お向かいにベッタルさんが住んでいるだけなので! お越しください!!」


「待った! ……ベッタルさんってどんな人?」

「いい人です! 働き者の奴隷さんで、ナメクジ型の獣人族です! 興奮すると体からベタベタした溶解液を出して、何故か服だけ溶かす効果がありますよ!!」


「ルッツくん! わたし、新参者だから!! どっか、離れた場所のお部屋を手配してくれるかな!?」

「フハハハハハ! ついに正体を現しおったな、紗希!! 人種差別をキメてくるとは!!」


「む。失礼だなぁ。わたしが差別してるのは今のところ、君だけだからね? じゃあ一応聞くけど。ミリアちゃん? ベッタルさんは初対面の女子と会ったら、興奮して溶解液まき散らしたりしないかな?」

「ほわわわわわ! すごいです、紗希様!! まさか、預言者様!?」



「んーん。あのね。女子高生。制服。溶解液出す人外キャラ。これはもうね、8割くらいの高確率でわたしが服溶かされるんだよ。理屈じゃないの。そういうものなの」


 理屈じゃないのである。



 1度は攻勢に出るが、芳しくなければすぐに守勢に回る。

 ルワイフルの覇者の名前は伊達じゃない。

 「フハハハハハ! じゃあ、左側の角部屋でいいですか?」とほぼ満点の対応を取った。


 ルワイフルは真昼間だが、紗希がこっちに転移して来たのは日本の時刻で午後8時前。

 そこそこの時間が過ぎており、いくら憧れの異世界にやって来て興奮状態でもやっぱり体は睡眠を求める。


 「じゃ、わたしお風呂入ってしばらく寝るねー」と言って、紗希は自分の部屋を決めたのちさっさと中に入って行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 残されたルッツリンド。

 紗希がいなくなったため、番付が横綱に戻る。


「ふむ。あの来海紗希と言う娘、どう思う。ミリアよ」

「えとえと、いい人です!!」


「お前、今まで誰かに嫌悪感を抱いた事があったか?」

「あのあの、すっぱいものは苦手です!!」


「フハハハハハ!! 全然参考にならぬ!! 何というか、成り行きでオペペペラへの乗船を許可してしまったが、これは私にとってマイナス要素が大きいのではなかろうか」

「むむむむ。でもでも、ルッツリンド様! 紗希様の言う事を聞かないと、下手したら死んでたとあたしは思うのですが!!」


「それは確かにその通り。柔道とか言ったか。あれは多分、紗希の世界の暗殺者が使う一子相伝の秘奥義に違いない。まだ背中が痛いからな。もう一度投げられていたら、恐らく背骨がバラバラになっていただろう……!!」

「あたしはここまでの紗希様について、ミリアメモに纏めています!!」


 ルッツリンドの忠実なる部下、ミリアがドヤ顔で可愛らしいメモ帳を取り出した。

 心がほっこりする元ルワイフルの覇者。



「えとえと、紗希様は異世界、とにかくご自分の住んでおられた世界ではない場所に大変興味をお持ちで、その好奇心の邪魔をするとルッツリンド様が投げられます! それから、クルミ……あたしがおっぱいのお話をしてもルッツリンド様が投げられます!! ミリアシミュレーションによると、ご機嫌が悪い時も多分ルッツリンド様は投げられます!!」

「フハハハハハ!! もうどうしようもないではないか!! それ、オペペペラから追い出そうとしたらどこまでも追いかけてきて、私が投げられる事になるヤツだろう!!」


 ルッツリンドはルワイフルに転移して来て3年になるが、初めての絶望と対面を果たしていた。



 だが、どんな時でも建設的な思考を捨ててはならない。

 後ろを見ても絶望がフレンドリーにスキップして駆け寄って来るだけである。

 ならば、前を向かなければ。


 後ろ見ても怖いだけで、特に得るものはない。


「よし! 紗希を元の世界に帰そう!!」

「ええー。せっかく仲良しになれたのにですか!?」


「ミリア。お前、これまでに仲良しになれなかったヤツはいたか? 嫌がらせして来た同業者の奴隷商人たちですら、ヤンチャな人たちですね!! 困ります!! もー!! とか言って笑顔だったろう」

「えとえと、辛いものも苦手です!!」


「フハハハハハ!! 私の仲間がもういない気がする!! よし! 紗希を元の世界に帰そう!! 紗希を元の世界に帰すのだ!! しょっぱいクルミと共にな!! フハハハハハ!!」


 大事なことなので繰り返しております。


「ほわわわわわ! ルッツリンド様はご自分のリリンソン皇国への帰り方を御存じなのですか!?」

「フハハハハハ!! ここが居心地良すぎて、帰ろうと思ったこととすらないわ!! そんなもん知らん!!」


「……あのあの」

「何も言うな。私とて、これ以上の議論は哀しみを生むだけだと悟っている」


「モコン界の最長老様にご相談されますか?」

「それだ!! よし! 我がオペペペラは、これより来海紗希を強制送還させる任に就く! ルワイフルに来て間違いなく1番の大事業計画だ!! ミリア、ついて来い!!」



「あのあの、あたしは仲良しの方に秘密とか作れません!! もうなんだか罪悪感がクルミにあるので、紗希様を次にお見掛けしたら全部白状しようと思います!!」

「そうか。……うん。では、今までの話は全部嘘だ!!」



「そうだったのですか!! 嘘を教えては大変でした! 危ないところです!!」

「フハハハハハ!!」


 ルッツリンドは高笑いしながら、もう一度確信する。

 「ああ。私、異世界で独りぼっちだ。こんなに心細いものなのか、異世界」と、3年かけてようやく異世界転移の精神的洗礼を浴びている自分をしっかりと客観視できたという。


「ま、まあ! 紗希は17歳! あの年ごろの娘は、すぐにホームシックになるだろう! 起きてきたら、ふぇぇぇ! おうちに帰りたいよぉ! とか申すのではないか!! フハハハハハ、フハハハハハ!!」

「あのあの、ルッツリンド様も17歳では!?」


「フハハハハハ! ……ミリア。もうヤメて。お前の指摘は全部、私のハートにぶっ刺さる。これ以上やられると、なんかストレスで具合悪くなりそう」


 ルッツリンドはオペペペラの艦橋へ向かい、司令官席に座ると緑の多い大地を眺めた。

 少しだけ心が落ち着いたとのこと。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 6時間ほどして、紗希があくびをしながら艦橋へやって来た。

 目には涙が浮かんでおり、ルッツリンドは思った。


 やったか。


 ホームシック、始まったか。


「いやー!! ベッドがフカフカ!! わたしの家ってベッドないからさー! いつもかたーいお布団で寝てたの! もぉー! 一生住めちゃうね、オペペペラ!!」

「あ、はい。大変結構ですね……」


 人が夢を見るから儚いという、結構使い古された言葉遊びがルッツリンドのハートに去来した。


 だが、覇者は諦めない。

 覇道は前にしか伸びていないのだ。


「紗希よ。ルワイフルには多くの珍しい場所がある! 見てみたくはないか!」

「おおー! ルッツくん、どうした!? 急に話せるようになったじゃんかー!! 見たい見たい!!」


 かかった。


 だが、急いで竿を起こせば水の泡。

 竿は折れないし、紗希は喰いついたまま離れないので、ルッツリンドが水底に引きずり込まれて水の泡である。


 彼は慎重に言葉を選ぶ。


「せ、精霊とか……。結構いるが……」

「マジ!? 絶対会いたいヤツじゃんか! よし、じゃあ観光だ!! 異世界ライフの開幕だー!!」


 精霊はルワイフルの各地に住んでおり、ルッツリンドが会いたくて会いたくて震える最長老がいるモコン界にも当然いる。


 オペペペラの進路をモコン界へ設定し、ルッツリンドの孤独な戦いの幕も上がるのであった。



~~~~~~~~~

 明日からは1日1話! 毎日更新!!

 お時間は18時!! またのお越しをお待ちしています!!

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