[承]アルベルト。

 彼女は誰にでも優しくて、そして高潔で。

 私に声をかけてくれたのだって回復魔法をかけてくれたのだって、そんなものそれがたとえ誰だってそうしただろうし自分が特別だなんて烏滸がましくって思ってもいないけれど。

 まあ、いうなれば、例えば雨に濡れてうずくまっている野良猫がいたら、彼女はその猫を助けようとチカラを尽くすだろう。

 そういうことだと。


 恋に落ちるのにはほかに理由なんかは要らなかったけれど、その恋は決して成就することのないものだとそう理解ができるくらいには、まだ理性が残っていた。




 学年が進むにつれ、流石に子供のいじめのような暴力は無くなった。

 奴らにも貴族としての自覚が出てきたということなのだろうか?

 相変わらず威張ってはいたし多分まだ裏では誰かを犠牲にしているのかも知れなかったけれど、少なくともこの貴族院で問題行動をおこすのは不味いと、そう理解する分別はついたということだろう。

 上級貴族になればなるほど配偶者にはより魔力特性値の高い者を望む。

 この貴族院で学ぶ間に少しでもそんな伴侶となる者を探し出さなければいけない。

 家同士の格の問題もあり自由恋愛が認められることは少なかったけれど、それでも嫌われている相手では婚姻の申し出も断られるのがオチだ。

 流石に家の力で無理やり嫌がる相手と婚姻を結ぶことができるほど時代錯誤でもない。

 そういう意味でもなるべく好感度はあげておくべきだろうという分別くらい、貴族ならみな持っている物だから。




 やつらに絡まれる事がなくなり平穏な学生生活を送る事ができるようになってからは、私はひたすら勉学に励んでいた。

 騎士団に入れと言われているもののどうにもやはり性に合わない。

 圧倒的に、私には騎士に必要な闘争心や身体能力の高さが足りていなかった。

 どれだけ肉体をいじめ鍛えようと、そうしようとは思わないうちにキュアが肉体を回復してしまう。きっと無意識のうちに心の底で頼ってしまうのだろう。

 それ自体は悪い事では無いのだろうけど、筋肉痛のひとつもおこさないこの体はどうにもなかなか逞しくはならなくて。


 それならばと。

 これもけっして得意なわけではなかったし成績だってぱっとはしなかったのだけれどそれでも、努力することは可能だと。

 父の斡旋も期待できなかったけれど、独力で王宮の官僚登用試験を受けようと。

 狭き門なのは重々承知の上で、挑戦だけでもしてみようとそう考えていた。



 そのためにもと毎日授業が終わると図書館に篭り、数刻勉強をしてから帰る。

 元々本を読むことは苦手では無かった。それが成績には生かされなかったけれど。

 まあ悪あがきみたいなものだ。そう思いながらも毎日こうして机に向かって。


「やぁ。グラームス。今日も勉強かい? 精が出るね」


「アルベルト、さん、どうしてここに?」


「はは。僕は野暮用さ。ほら、そこの隅で本を読んでるフローラ嬢に用があってね」


 侯爵家の嫡男、アルベルト・バルバロス。 

 高位の貴族の癖に妙にフレンドリーに絡んでくる。

 成績優秀、質実剛健、絵に描いたようなヒーローを地でいく彼は、「この貴族院の中では親の爵位なんか関係ない。みな平等が原則だろう?」と言って憚らない。

「まぁ、卒業してしまえばそうも言っていられないだろうけれどね」と舌を出す。

 父親の侯爵はかなりお堅い人物らしい。

 その反動かこうして学生の間はこんなふうに自由に過ごしたいのさと、そう漏らしていたこともある。


「フローラ嬢に用事、ですか?」


 私はそう言って、ちらっと彼女の方を盗み見る。


 そうだ。あの場所は彼女の特等席で。

 いつもそこで物憂げに本を読んで過ごしているそんな姿を見ていたくってこうしてここで勉強しているのだ。

 この恋が叶わないまでも、せめて近くに居たい。

 そんな気持ちで。


「おや、気になるかい? はは。心配しなくてもいいよ。僕は嫡男だからね。彼女に言い寄るわけにもいかないさ」


 そう言って悪戯っぽくこちらを覗き見るアルベルト。


「気に、なんて……。私はそんな」


「ふふ。まあいいさ。用事っていうのはただの教授のお使いだからね。気にしなくても大丈夫だよ」


 そう笑みを浮かべて彼女の方に歩いていくアルベルト。

 声をかける彼に気がつき優しく微笑む彼女を見て、私の心はチクリと痛んだ。

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