[転]エンゲージ。
♢ ♢ ♢
フローラが婚約を申し込まれたとそう噂で聞いたのは、貴族院卒業を前にした秋のことだった。
相手はフレンダーク侯爵家のリークフリードだという。
それを聞いた時、私の心は凍りついた。
いや、そういう事が起こりうる、フローラが誰かと婚約すると、そんな事はとっくに覚悟をしていた筈だった。でも。
リークフリード。
やつだけは、ダメだ。
やつだけは、絶対にダメだ。フローラが不幸になるのが目に見えている。
やつが私に絡んでいた三人組のうちの一人だったから、っていう理由だけじゃない。
やつが裏でどれだけの女性を泣かせているか。
まだ入学したばかりの子供のやんちゃな時の話じゃない。
今現在進行形でやつに泣かされたという女性がいるのだ。
幼子の魂百歳までという諺があるが、子供の頃の気質はそう簡単に変わらないということなのだろうか。
確かに魂に宿った魔力特性値は五歳の子供の頃より変わる事が無いと言われている。
十歳の時に既に培われていたやつの気性がそう簡単に変わることは無かったと、そういう事だ。
私には幼馴染に騎士爵の娘マリアンという子がいた。
父親はうちの実家の男爵家に昔から仕えているブロン・ハーネストという騎士だ。
子供の頃から私たち兄弟と一緒に育った彼女は、男ばかりの私たち兄弟の妹みたいな存在だった。
今は街の菓子店で働いている彼女。その同僚のカレンという女性がやつの毒牙にかかったのだと、マリアンから相談を受けていた。
残りの二人と共に、貴族であることを鼻にかけ街で散々悪さをしているとも。
貴族とは本来国を護り民を護りこの世界の秩序を護るべき存在。
この貴族院を卒業する時に誓うのだ。
貴族たるもの、その能力を持って持たざるものに施し護るべし。
と。
それがこの国の貴族の矜持。
卒業の折。
一人一人王の前でその矜持を誓い受け取る貴族章。
個々の魔力紋に合わせてその者の能力を表す紋章が刻まれることとなるその貴族章こそがこの国の貴族の証。
火水風土の属性に光と闇、そういった属性がその紋章に刻まれる。それはそれぞれの
神の加護をより高めその権能を発揮するために。
私はそんな貴族の矜持を踏み躙るやつの行いが許せなかった。
だいたい、侯爵家とはいえ四男であるやつが爵位を継げるわけもなく、だからこそ目をつけたのがフローラだということは目に見えている。
そんな爵位目当てなリークフリードが相手では、フローラが幸せになれるわけがないじゃないか。
散々悩んだ挙句、私はリークフリードらの悪行をアルベルトに相談する事にした。
いくらやつらの事が許せなくても、なんの力もない私ではどうしようもない。
黒を黒だと訴えても、それはこの貴族院の外の出来事。
貴族社会の力の差は如何ともし難かった。
しかし彼なら。
彼の父バルバロス侯爵はこの国の武を束ねる騎士団長を兼任する。
いわば王の片腕として正義を執行する、そんな象徴的存在だ。
だから、彼なら。
きっと。
私から相談を受けたアルベルトの行動は早かった。
「あれらには僕もちょっと思うところがあってね」
と、そう快く引き受けてくれた彼。
バルバロス侯爵家の力を存分に使い証拠を集め、彼らを断罪したのだった。
♢
「ありがとうございますグラームスさま。アルベルト様からお伺いしました。貴方がお力を貸してくださったのでしょう?」
卒業記念のパーティーの会場でそうフローラに話しかけられた私は真っ赤になって。
ああアルベルトのやつ余計な事を、と、心の中で悪態をつき。
「私は何も……。君が不幸になるのは看過できなかった。それだけさ」
とそう。それだけをなんとか口にして。
輝くような亜麻色の艶やかな髪は、ふんわりと広がって。
磁器のような滑らかな肌、頬だけがうっすらとピンクに染まっていた。
口籠る私を覗き込むようにして見るその金の瞳が、とても可愛らしく見え。
我慢が、できなくなった。
「ねえ。私じゃ、ダメかな。うちは裕福じゃないから君の家に何も贈ることはできないけれど、私だったら絶対に君を不幸にしないと誓う」
顔をあげ、彼女の瞳を見つめて。
「結婚してください。フローラ」
と、そう声を絞り出し。
「ええ、喜んで」
彼女ははにかみながら、そう答えてくれた。
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