[父母]ローエングリン。
あいしてる。
いや、そんな言葉じゃたりないくらい、私は彼女のことが好きだった。
高嶺の花。
学生時代の彼女はそう。誰にでも優しく、そして可憐だった。
いわゆる貧乏貴族の子沢山という諺があるように、私には兄弟が多かった。
貧乏男爵家の六男として生まれ、まあ将来家督を継ぐ可能性はまず無いと理解していた私にとって、この貴族院で伴侶を探すだなんて事はまず不可能であると諦めていた。
何代も前の先祖には時の聖女を伴侶に迎えた者もいたことはあったが、そんな昔の血なんて今の時代にはすっかりと薄まって。
魔力的にも平凡、身体能力的にもとくに優れた資質もなく、とりわけ得意な才能もない。
そんな冴えない息子がいくら努力をしたところでよい就職先などないだろうと、父には上の兄が進んだ王宮官僚の職をも斡旋して貰える事もなく、お前は騎士団に入団し食い扶持を稼げと言われる始末。
まあいうなれば国の礎の捨て駒の一つになれと、そういう道しか残されていなかったのだ。
貴族をやめ商人にでもなるのであれば貴族院などに通う必要もなかった。
しかし、爵位が無くとも下級としてでも貴族としての籍を持っていたいと思えば、貴族院を卒業しておく必要があった。
結婚して男爵家から独立する場合、貴族院を卒業した証、『貴族章』が無ければ新しい家を起こすことも出来ない。部屋住みでは結婚はおろか子をなす事も許されない。
かといって平民になるのにも先立つものが無ければ仕事にさえあぶれるだろう。
父はそれでも、なけなしの財産を取り崩しつつ私たち兄弟をみな貴族院に通わせてくれた。
それには本当に感謝してもしきれない。
何よりも。
貴族院に通うことができなければ、彼女を知る機会さえ無かったのだから。
フローラ・ローエングリン伯爵令嬢。
私の愛した天使に。
彼女は慎ましく、そして可憐な物腰で男性からは人気があった。
何より、ローエングリン伯爵家はもうここ何代も女性しか生まれない女系の家で、現当主もそうであるように、次代もフローラと伴侶になるものが伯爵家を継ぐのだと確約されていた。
当然そこには爵位欲しさに名乗りをあげる上級貴族の次男三男が群がることとなる。
伯爵家自体はそこまで裕福な家ではなかったけれど家柄だけは古く、その名と爵位を欲しがる男は履いて捨てるほど居たということだ。
だから当然。
何も差し出すことのできないこの私がいくら彼女に恋焦がれたところで、その隣に立てるわけはなかった。
♢ ♢ ♢
それはいつものように上位貴族の憂さ晴らしの標的になり、叩きのめされ倒れ伏していた裏庭の木陰の脇で。
もともと、腕力には自信がないくせに上位貴族に絡まれている女生徒を庇ったことが原因だった。
嫌がっているじゃありませんか。
なんてカッコをつけ割って入り、その女生徒を逃したところで。
私はその数人の上位貴族に囲まれ袋叩きにあった。
それ以来、どうやら私はそのグループに目をつけられたらしい。
何かあるごとに倒れるまで殴られた。
まあ相手は上位の貴族でこちらから手を出すわけにもいかない。
それを十分に理解しているそいつらにとって、私はそいつらのウサを晴らす道具であったのだろう。
逆らわないことをいいことに、何か気分の悪いことがあるたびに私を裏庭に呼び出しボロボロになるまで殴って解消する。
そんな繰り返しだったのだ。
それも。あからさまに院の教師の目の届くところではそういうことはしない。
そんな姑息な相手ではあったのだけれど。
そうしてその日も裏庭の木陰で倒れ伏し、自分の不甲斐なさに情けなくなりながら。
たいした力はないけれど少しだけ使える回復魔法「キュア」を唱え、ゆっくりと傷が癒えるのを待っていた。
ご先祖様に聖女の血が入っているせいか、実用レベルには程遠いけれどこんなふうに回復魔法だけは使える。
まあそれでもそれは、ほんの少しの傷を治すのさえ結構な時間がかかったりするから、通常であれば普通に市販の回復薬を飲んでおいた方がマシなレベルだったけれど。
こんなふうに立てないほどのダメージも半日も寝転がっていればなんとか起き上がることができたから、だから余計にあいつらの目にとまってしまったんだな。
そんなふうにも感じていた。
サンドバッグのように殴っても壊れない、そんな都合のいい相手。
そうみなされていたんだろう。
「大丈夫、ですか?」
そんな私に声をかけてくれた彼女。
「フローラ、サン?」
「具合、悪いのですか? もしよかったら肩をお貸ししましょうか? 救護室まで歩けますか?」
純粋無垢な瞳をこちらに向け、心配そうにそう声をかけてくれたその天使に。
「ああ、すみません大丈夫です。もう少し横になっていれば治りますから」
そう返事をし、そのまままた俯いた。
「あら。『キュア』の残滓かしら。あなた男性なのにキュアの加護がおありになるの?」
天子、キュア。
世界に満遍なく存在する
私達人間は、その魂に内在するマナを彼らに与えることで
魔力特性値とよばれるそうした魔法との相性の値が高ければ高いほど、
通常そんなキュアの加護を持つ者は聖者と呼ばれ、特に女性のほうがその能力を持つ割合が高かった。
「男だからってキュアが力を貸してくれないわけじゃないですよ。私の力は微々たるものですが」
「そうね。わたくしだってそこまで力は無いですけど、少しくらいなら」
そう言うと。
彼女は私の身体に両手をかざして。
「キュア・ヒール」と、囁いた。
金色の粒子があたりに煌めくように湧き出でて、私の身体に吸い込まれるように入っていく。
それはとても温かく。
優しい香りがした。
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