[愛情]心溶かして。

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 天使がきてくれたのか?

 その時はそう思った。


 わたくしの目の前には一面の白い鳥の羽根。

 空に舞う、真っ白な翼。


 もしかしたらもうわたくしは死んでしまったのだろうか?

 身体が浮いているようなこの感覚は、死後の世界だからだろうか?


 そういえば。

 結局いっぱい学んだ魔法を使う機会はなかったな。

 そんな事をふと思い出す。

 これでも貴族院では学科も実技も学年首席だったのに。

 活かす機会に恵まれなかった事を、少しだけ残念に思って。


 もし生まれ変わることができたのなら。


 うん。


 いっぱい冒険したい。

 知らない世界をいっぱい見て回りたい。

 わたくしがエルザ・ローエングリンなどという名前でなくて、ごくごくふつうの女の子として生まれていたら。

 ちゃんと普通に恋をして。

 愛される事ができたのだろうか?


 誰かに必要とされる人間に、なれたのだろうか……。



 真っ白な翼に包まれ、ふんわりと持ち上げられた感じがして。

 そしてそれはいつしか、誰かにぎゅっと抱きしめられた、そんな感覚に変わっていた。


 目を開けてよく見ると、そこには真っ白な翼を生やした少年。

 空中でわたくしを抱き上げているフリード様?


「よかった。エルザ。間に合った」


 泣きそうな顔でわたくしの目を覗き込む、フリード様のお顔があった。


「これは、夢でしょうか? それとももう天国に着いたのかしら?」


 白鳥の羽のような翼を大きく広げて、空に浮かぶフリードさまだなんて。

 わたくしの妄想が見せる夢以外にありえるわけはないですし。


「これはアウラの翼、魔法だよエルザ。君はまだちゃんと生きているから」


 え、ええ? ええええ???


 どういう事ですか!!?


 これが現実なのですって?


 だったらどうして。


「だったらどうしてフリード様がここにいらっしゃるのです? ありえないです! わたくし、嫌われているのに……」


「嫌ってなんかいない! 俺は君を愛してる!!」


「ああ、ああ。ではなぜ、何故婚約を破棄などとおっしゃったのですか……」


「それは……、俺の方こそ嫌われていると思っていたからだ。無理強いをするのはもう限界なのだと思った。君を解放してあげなければと、そう思ったんだ」


「そんな、ひどい。ひどい、フリード様。わたくしにはフリードさましかいなかった、のに」


 ぼろぼろ、ぼろぼろと涙が溢れて止まらなくなった。


 抱き上げられている身体をよじり、力なく彼の胸を叩く。


 悲しくて悲しくて、もう生きているのもつらくって、綺麗さっぱり消えてしまおうとそうまで思ったのに。


「ごめん、エルザ」


 フリード様は、それ以上言い訳することなくただごめんとだけ言った。

 わたくしが泣き止むまで、ただただ黙って胸を貸してくれたのだった。







 全てが誤解だとわかっても、わたくしはもう家には帰りたくなかった。

 あの、わたくしの居場所などどこにもないあんな冷たい空間に、一刻でもいたくはなかった。


「結婚しよう、エルザ」


「え? フリード様?」


「貴族院を卒業すればもう成人だと見做される。俺はもう、君をあんな場所に返したくない」


 ああ。


「フリードさま……」


「父は説得する。ああ、反対なんかさせやしない。ねえエルザ、一緒に暮らそう」


 その言葉はとても甘露で。


 わたくしの心の底の凝り固まった部分を溶かしてくれた。


「わたくし、家族が欲しいんです」


「ああ。俺が君の家族になるよ。それに」


 フリード様は、いつのまにかひとすじほろりと落ちたわたくしの涙を右手でさっと拭って。


「絶対にエルザを幸せにするから」


 そう、微笑んだ。





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