[急]恋、焦がれ。

 ♢


 初めて彼女に会ったのは、宮殿の大聖堂だった。

 いや、会ったというのはおこがましいか。

 俺は、ただ見ていただけだから。


 その日は貴族に生まれたものがみな通る儀式のようなもの。

 神の加護を測る神参りの日。

 貴族の子女は五歳になる冬に、宮殿に集められ魔力特性値を測定するのだ。

 特性値が高ければ高いほど神の加護を得やすくなる。

 もともとの魔力量に加え、それを扱う上での神の加護。

 その値が高ければ高いほど貴族としては優秀だとされ。

 そして、より優秀な子孫を残すためにも配偶者にはより特性値が高い者が望まれた。

 そしてそれは高位貴族になればなるほど顕著になり、その結果、高位の貴族からは高い魔力を持つものが生まれいずる。というのは半ば常識ともなっていたのだ。


 エルザは、彼女は、伯爵家の血筋とは思えないほどの高い特性値を示し。

 周囲を驚かせたのだった。

 いや、一番驚いていたのは連れてきていた父親ローエングリン伯爵だろう。

 後から聞いて知った話だけれど、彼は男爵家から養子に入った身で、もともとそこまで魔力も高くなかったという。

 エルザを産んでそのままお亡くなりになった母親も、目立った特性値ではなかったと聞いた。

 だからこそのエルザのその高い魔力特性値にはみな驚愕に包まれた。

 正直、同年代で彼女に勝るものはいなかった。

 いや、当時も今も、彼女よりも高い特性値を持つものは未だ現れてはいないのだ。


 かろうじての次点はこの俺。

 国の中枢、騎士を統率する武の家柄であったバルバロス侯爵家の嫡男としてはなんとか面目は保ったものの、それでも彼女の力には到底及ばないこの身が情けなかった。


 儀式の後。


 何が起こったのかもわからず立ち尽くす彼女のその無垢な瞳に。

 俺はきっと恋に落ちた。

 清廉な輝きを放つ彼女のオーラに。

 欲しい、と。

 焦がれた。


 それからだ。

 彼女に求婚できる年齢になるのをただただひたすら待つ日が続く。

 貴族の子女は、貴族院に入る年齢になるまではあまり外部の者と接することはない。


 十歳で貴族院に入学し、十五で卒業するまでに。

 互いに交流を深め配偶者を探すのが慣例となっていたから。


 しかし。


 俺はその入学を待ってはいられなかった。

 きっと彼女に求婚する男は後を絶たない筈。

 どこかの誰かに攫われる前にどうしても彼女を手に入れたくて、父に頼み込み、エルザとの婚約にこぎつけた。

 彼女の意思など確認している余裕は、その時には持っていなかった。


 十歳で再会した時の彼女は大人びて見え、眩しくて。

 正直、そんな彼女の前に出ると俺はまともに話すことさえできなかった。

 自分のことを社交的な性格だとは思っていたわけではなかったけれどそれでも。

 きっと、父の武人の血のせいだろうか。

 寡黙で無骨な父を俺は尊敬しているけれど、そんなところまで似なくてもよかったのに。そう唇を噛み締めた。


 もう少し、ちゃんと分かり合えるように話すべきだった。

 そうだ。

 黙って物を贈るだけではなくて。

 もっとちゃんと彼女と話すべきだった。

 嫌われていると思っていたから怖かったのもあった。

 地位を利用し無理やりに婚約を結ぶなど、きっと彼女には受け入れられなかったのだと、そう卑屈になっていた。


 馬車で追いかけている最中はそんなことが頭の中にぐるぐると舞って、一睡も出来ずにただ時間が過ぎるのを待っていた。

 途中盗賊に遭遇して時間を無駄にしたのも悔やまれる。

 おそらく、金持ちそうな馬車が護衛もつけずに走っている様子を見て襲ってきたのだろう。

 返り討ちにするのは容易かったけれど、そのせいで結局彼女が乗る駅馬車に追いつくことなく夜が明ける。


 トージンの停留所に停まっていた駅馬車の御者を掴まえ話を聞き出すと、彼女は海岸の方角に歩いて行ったとのこと。


 だめだ。

 間に合ってくれ。

 どうして彼女がここを選んだのか。

 彼女がどこに向かっているのかなんて、ここに至って想像ができないわけもない。

 ここ、トージン岬は自殺の名所。

 崖の下の渦潮に巻き込まれた人は生きて戻っては来られないのだと。

 俺でもよく知っているくらい有名なことじゃないか。

 彼女が、エルザが、わざわざ選んでここに来たのがそういう理由じゃないなんて考える方がおかしい。


 走って走って、崖が見えるその場所までやっと辿り着いたその時。





 エルザが、一歩を踏み出した。

 崖の下に向かって。

 もう、そこには足場なんかないと、知らないかのように自然に。


 エルザが崖から落ちたのだ。

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