[破]エルザ。

「エルザ!!」


 思わずそう叫んでいた。

 あんな顔をさせたかったわけじゃないのに。

 あんな悲しい顔を見たかったわけじゃないのに。


「あらあら、お姉さまったらあんなに走って、またお父様に怒られるわよ」


 振り向くと、エルザの妹が呆れたような表情でそんなセリフを吐き捨てていた。

 俺がエルザに贈ったドレスを嬉々として着てくるなんて、と、最初気がついた時は目を疑い、そして腹を立てたけれど。

 今までもそうだった。

 俺が贈った物は全て他の者にあげてしまったのか、一つとして手にしてくれなかったエルザ。

 今回は、まさかそれを妹にやってしまうだなんて。

 彼女のために、この卒業パーティーのためにと選んだドレス。

 今までのことを考えると、素直に今日この場に着てきてくれるとは思っていなかった。

 それでもまさか、まさか、今日のこの時に彼女の妹がこのドレスを纏って現れるとは思わないじゃないか。


 もう限界だと思った。

 俺のことを好いてもいないのに。

 いや、嫌っているのだろうに。

 家のために犠牲になろうとしているのだったら、俺は。


 頃合い、だろう。

 彼女を解放してやらなければ。

 俺が悪者になればいいのだから。

 もともと俺が望んだ婚約なのだから。

 父を説得することもできなくはない。そう考えて。



 なのに、なんで。

 あんなふうに泣かなければいけないんだ。

 一体、どこで間違えた?


「もう、仕方ないお姉さまね、未来の旦那様を置いて帰ってしまうだなんて。ごめんなさいねフリード様」


「いや、もういいんだ。俺はどうやら嫌われているらしいから」


「あら? そうなのですか?」


 キョトンとした顔でこちらを見るエルザの妹。

 もしかして。


「エルザは家では俺のことをなんて言ってる?」


 家族になら、本当の気持ちを話している可能性だってあるかもしれない。


「うーん、ごめんなさい。おうちではわたくしお姉さまとほとんどお話ししていないから」


 仲がよくないのか?


「お姉さまとはお食事も別ですし。ほら、わたくしとお姉さまはお母様が違うでしょう? だからそこまで親しくはしていないのです」


「それでも、そのドレスはエルザに貰ったのだろう?」


「まさか。もしかしてこのドレス、お姉さま宛に贈られた物だったのですか?? ああ、お母様がわたくし宛の贈り物だと言ってくださったのでてっきりお兄様になられるフリード様が気を遣ってくださったのかと。ごめんなさい」


 素直にそう頭を下げるエルザの妹。


 って、どういうことだ!?


 彼女に悪気があったわけではないのは、その無邪気に下げる頭からもわかってしまう。


 そんな。

 まさか。


「君は父親とは一緒に食事をするのか?」


「ええ、もちろんです。お父様がお家にいらっしゃるときはいつもご一緒に頂いておりますわ。うちの両親は大変仲がいいのです」


 そう、コロコロと笑う彼女。




 ああ。


 全てが俺の勘違い、だった。


 勝手な思い込みで婚約を解消しようなどと、彼女に言ってしまったんだ。




 あの、妹の話からわかることは、エルザが、彼女が、家でひとりぼっちでいる姿。

 俺の贈った物はきっと全てこの妹の母親経由でどこかにやられてしまって、エルザの手には渡っていなかったのではないか?

 そんな疑問も湧き出て。

 いや、きっとそれが正解だ。

 彼女は俺からの贈り物があったことなど何も知りはしない。

 あの、妹がドレスを自慢した時の悲しそうな瞳がその事実を雄弁に物語っていたではないか。


 追いかけなければ。


 取り返しの付かなくなるようなそんな予感が頭をよぎる。



「失礼」


 そう一言彼女の妹に声をかけ、俺はエルザが走り去った方向に向け駆け出した。



 ♢ ♢ ♢


 迎賓館の門番がエルザを目撃していた。

 貴族の子女であれば通常は家の馬車が待機しているはずだから、一人で門を出ていくわけがない。

 だから余計に印象に残っていたらしい。

 行く先も気になってしばらく目で追っていたと言った門番。

 そのおかげで、彼女が駅馬車の停留所に向かったことがわかった。


 大急ぎで停留所まで向かうと、しかしエルザを乗せた馬車はもうすでに出発したところだという。


「あんた、あの嬢ちゃんのいい人かい? なら追いかけてやんな。えらい思い詰めた顔をなさっとったでね。のぞまれない結婚でも強いられたかね? 着の身着のまま逃げ出してもあんなか細い嬢ちゃんじゃ、たどり着いた先でも一人で生きていくのもままならんと思うがね」


 そう話してくれた婆さんに礼に小金を握らせて。


 エルザが乗った馬車は、夜通し走って観光地であるトージンに向かうらしい。

 その間に寄る町など存在しないから、きっとそこまでいくのは間違い無いだろう。


 俺は侯爵家の馬車でその駅馬車を追いかけた。

 なんとしてでも追いつかなければ。必ず。




 

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