アミュラスの勇者

第30話 闇のグランゾエル

セレス達は、玉座の間に繋（つな）がる扉（とびら）をバタン！と開いた。

はるか向こうに見える玉座には、

巨大（きょだい）な体つきの魔王（まおう）、グランゾエルがいた。

全身を真っ黒な鎧（よろい）で包み、

右手には黒く大きな剣（けん）を床（ゆか）に突（つ）き刺（さ）すようにして持ち、

左ヒジを玉座のヒジかけに立て、

その左手に頭を預けるような姿勢で座っている。

その目は、ぼんやりとこちらを眺（なが）めているようだった。

ドサドサ…！とセレスの背後で音がした。

セレスが振（ふ）り返ると、

ティナ、フラン、ミリア、アンネ、イガラシが、

床（ゆか）に四つん這（ば）いになっている。

「皆（みんな）！？どうした！？」

セレスが五人のそばにしゃがみ込（こ）む。

「セレス…、あなた…、平気なの…？」

ティナが辛（つら）そうに言う。

「急に…、目の前が真っ暗になって…、

　全身が…、重りでも付けられたみたいに…、重いの…。」

フランが苦しそうに言う。

「おそらく…、これが…、闇（ザナス）の…試練（トライアル）の力…、ということか…。」

ミリアが息も絶え絶えに言う。

「（僕（ぼく）が平気なのは、恐（おそ）らく光の魔力（マナ）の加護…。）」

セレスは自分の体を見つめた。

「（ということは逆に、

　　グランゾエルには、光の魔力（マナ）が効かないのだろう…。）」

セレスは剣（けん）を握（にぎ）る右手と、たいまつを握（にぎ）る左手にギュッ！と力を込（こ）めた。

セレスが立ち上がり、グランゾエルのほうに振（ふ）り返る。

「セレスなら勝てるわ…。」

ティナが言った。

「セレス兄がんばって…。」

フランが言った。

「たいまつの火を絶やすな…。

　いざとなればペンダントを使え…。」

ミリアが言った。

「死んだら逃（に）げるからな…。」

アンネが言った。

「ロベルティナ嬢（じょう）とフランシスカ嬢（じょう）だけは、死んでも守るぞい…。」

イガラシが言った。

セレスが、グランゾエルに一歩踏（ふ）み出した。

「…雷（かみなり）が鳴っていたんだ。」

グランゾエルが座ったまま口を開いた。

セレスは、また一歩踏（ふ）み出した。

「三百年前のあの日は、雷雨（らいう）だった。」

グランゾエルが、言いながら頭を持ち上げ、左手をひらひらさせた。

セレスは、また一歩踏（ふ）み出した。

「今の貴様のように持っていたたいまつを、

　あいつはカーテンに投げつけたよ。」

グランゾエルは、言いながら首を横に振（ふ）った。

セレスは、また一歩踏（ふ）み出した。

「その火と雷（かみなり）のせいで、今の貴様のように、

　私の試練（トライアル）が効かなかった。」

グランゾエルは、再び頭を左手に預ける。

セレスは、また一歩踏（ふ）み出した。

「しかも奴（やつ）は、あろうことか、

　他人にも光（アミュラス）の加護を分け与（あた）えることができたんだ。

　一時的にではあるだろうが…。」

グランゾエルが苦々しげに言った。

セレスは、また一歩踏（ふ）み出した。

「おまけに奇跡（サザーニア）の聖女のほうは、

　私の剣（けん）すら弾（はじ）くほどの強力な防御（ぼうぎょ）の加護を張ることができるときていた。」

グランゾエルは両目をつぶり、フゥー…と大きなため息をつく。

セレスは、また一歩踏（ふ）み出した。

「そうなると、あちらに分がある。」

グランゾエルは、目をつぶったまま頭を持ち上げ、左手をひらひらさせた。

セレスは、また一歩踏（ふ）み出した。

「仕方ないから、奴（やつ）らには負けたふりをしてやったよ。

　未練（オドラネブダ）のお陰（かげ）で、私は寿命（じゅみょう）では死なないのだから…。」

グランゾエルは、頭を持ち上げたまま両目を開けた。

セレスは、また一歩踏（ふ）み出した。

「そして機会を待ち続けた。

　十年…、五十年…、百年…、二百年と…。」

グランゾエルは、ヒジをついたまま左手を開いたり閉じたりする。

セレスは、また一歩踏（ふ）み出した。

「未練（オドラネブダ）に、欲望（エルセルカ）に、ドラゴンに…。

　ようやく最強の手札が揃（そろ）った、絶好の機会だと思っていたんだがな…！」

グランゾエルが、左手の拳（こぶし）でドスン！とヒジかけを叩（たた）くと、

おもむろに立ち上がった。

その巨体（きょたい）は、セレスよりずっと大きい。

セレスは、また一歩踏（ふ）み出した。

「今日は、あいにくの天気に、お越（こ）しいただき、ありがとう…。」

窓の外は、真昼だというのに、深い霧（きり）で真っ暗だ。

グランゾエルが、一歩踏（ふ）み出した。

セレスも、また一歩踏（ふ）み出した。

「三百年ぶりだな…。勇者よ…。」

グランゾエルが剣（けん）を構え、その全身をズシン…！と沈（しず）み込（こ）ませた。

セレスも身構える。

「　死　ね　！　」

ドン！と床を蹴（け）ったグランゾエルの巨体（きょたい）が、

恐（おそ）るべきスピードで突進（とっしん）してきた。

ド　ガ　ン　ッ　！

グランゾエルの黒い剣（けん）が、

セレスの胸を鎧（よろい）ごと刺（さ）し貫（つらぬ）いた。

グランゾエルが剣（けん）をズボッ！と引き抜（ぬ）くと、

バタリ！とセレスの体は力無く倒（たお）れる。

ゴロゴロ…と、セレスが持っていたたいまつが壁（かべ）のほうまで転がり、

カーペットに火を点けた。

セレスの体の下に、血の染みがジワジワと広がって行く。

「…あっけない。」

グランゾエルは言いながら、

倒（たお）れたセレスには目もくれず、

四つん這（ば）いのティナ達のほうへ、一歩踏（ふ）み出した。

「…勇者は死んだぞ。」

グランゾエルはそう言いながら、また一歩踏（ふ）み出した。

セレスの体が金色に輝（かがや）いた。

ザッ。

セレスが立ち上がった。

グランゾエルは、セレスを振（ふ）り返った。

「…何だと？」

グランゾエルが、ダダンッ！とセレスから距離（きょり）を取り、

フランを振（ふ）り返る。

「奇跡（サザーニア）の聖女か…？

　何をした…？」

グランゾエルが呟（つぶや）くように言う。

だが、フランは四つん這（ば）いになったままだ。

グランゾエルが、再びセレスのほうを振（ふ）り返った。

背を向けたままだったセレスも、グランゾエルのほうを振（ふ）り返った。

その左手には、金色の魔石（マナストーン）が握（にぎ）られている。

「…！

　まさか…！？未練（オドラネブダ）の…！？」

グランゾエルは言いながら、その全身をズシン…！と沈（しず）み込（こ）ませる。

ドン！と床を蹴（け）ったグランゾエルの巨体（きょたい）が、

再び恐（おそ）るべきスピードで突進（とっしん）してきた。

ガキィン！

セレスはその突（つ）きを、レイの盾（たて）で受け流した。

セレスの剣（けん）が、目にも止まらぬ速さで振（ふ）られる。

スパッ！

グランゾエルの首が飛んだ。

「…断罪（ジャッジメント）。」

セレスは静かに言った。