第7話 座学の時間

プリシオンへ向けて出発した鳥車は、

最初のほうこそ左右に曲がったり、

急にスピードを出したり、

止まったりとしていたが、

やがて安定して走りだした。


なかなかのスピードが出ている。




「さっそくなんだが、座学の時間だ。」


鳥車に乗って一息ついたセレスとフランに、ミリアが言った。


「お前達はエステバン高等学院で特異技能者ギフテッド生徒として学籍がくせきを移しはしたが、

 十日間程度しか勉強できていないからな。」




エステバン高等学院のカリキュラムでは、一年の内、

春から夏を前期、

秋から冬を後期、

と二つに分けており、

その前期と後期それぞれに、

講義や実習が行われる期間と、

単位認定のための試験が行われる期間が存在する。


そして、全ての生徒が受講可能な基礎きそ分野の講義や実習と、

特異技能者ギフテッド生徒だけが受講可能な特異技能ギフトの講義や実習に分かれているのだ。


具体的には、

基礎きそは語学、数学、物理学、化学、歴史学、地理学、経済学、政治学、宗教学、天文学、体術実習、剣術けんじゅつ実習、

などであり、

特異技能ギフトは、特異技能ギフト基礎きそ学、特異技能ギフト応用学、特異技能ギフト歴史学、特異技能ギフト実習、

などである。


一般的いっぱんてきに、特異技能者ギフテッドとして覚醒かくせいするのは十五さいから二十さいとされていて、

個人差がある。


各国には、その時期に合わせたカリキュラムを組んだ高等学院と、

それより下の年齢ねんれいを受け持つ初等学院、および中等学院がある。


高等学院では、中途半端ちゅうとはんぱな時期に特異技能者ギフテッドとして覚醒かくせいしても、

前期または後期が始まる時に特異技能者ギフテッド生徒として学籍がくせきを移すものなのだが、

セレスとフランは特例として、

前期の途中とちゅう特異技能者ギフテッド生徒として学籍がくせきを移しており、

前期前半の数回分の講義や実習については、欠席したあつかいになっていたのだ。


つまり、

全部で十時間やる授業の内、

前半の五時間に参加できていないうえに、

後半の最初の一、二時間しか参加しなかったような状態である。




「ああ。セレスは、領主の仕事もやってた割に、

 かなり教科書や専門書を読みんだり、

 教師じんに質問しに行ったりしていたようだから、

 メインはフランに向けてだ。

 セレスは、分からない話題だったら聞いててくれ。」


とミリアが付け加える。


「(よく見ている…!)」


セレスはおどろいた。




セレスはこの十日の間、

領主としての仕事、

旅の準備、

アイザック先生とのけんの練習、

学院生の本分である勉強、

ミリアの補習、

自主的な特異技能ギフトの勉強や練習、

というハードなスケジュールをる間もしんでこなしていたのだ。


ヴェイカ―が仕事や旅の準備を手伝ってくれていなかったらたおれている。


フランも微力びりょくながら手伝ってくれてはいたが…。




「はい!ミリア先生、よろしくお願いします!」


とフランは乗り気だ。


ミリアもうなずく。




「では、最初の質問だ。

 魔力マナとは、なんだ?」


ミリアがたずねる。


フランは、


「えーと…、空気の中の魔素まそを生き物が取りむと、

 代わりに出来るエネルギーみたいなもの?」


と答えた。


するとミリアは、


「ん。大体合ってるな。

 例えるなら、食べ物を食べると生きるためのエネルギーに変わるようなものだ。」


とうなずき、


「ただし、魔素まそは空気中以外にも存在するぞ。

 水の中とか土の中とかにもな。」


と付け加えた。




「では、魔力マナ特異技能ギフトが発動する仕組みは?」


続けてミリアがたずねる。


フランは、


「えーと…、特異技能者ギフテッドの人が物体にれたり、

 出力した魔力マナを物体にれさせたりすると、

 その人が思った通りに物体を動かしたり変化させたりする感じ。」


と答えた。


ミリアは、


「そうだな。

 魔力マナにはその魔力マナを作った人の属性が付与ふよされている。

 実は魔力マナそのものは、技能なしの人や動物、植物の中でも作られているんだ。

 その魔力マナに属性というものが無い、言わば無属性な状態というだけで。

 属性のある魔力マナ

 つまり、特異技能者ギフテッド魔力マナれる自身の体そのものや、

 魔力マナを帯びた体や道具でれたもの、

 あるいは手のひらや口から出力した魔力マナれたものが対象になるという点。

 その魔力マナを作った人や動物のイメージによって発動するという点。

 この二つが重要だ。」


身振みぶ手振てぶりを交えながら言い、


「もっとも、操るタイプの特異技能ギフトちがって、

 例えば火の魔力マナなんかは、魔力マナそのものが燃えるイメージだ。

 実際には燃えるものなんか無いのに、火が出るなんて奇妙きみょうなんだがね。

 魔力マナが直接燃えている感じだから、

 出したそばから燃やすようなイメージだと、簡単に自分まで燃えてしまう。

 意外とあつかいが難しいんだ。」


と指先からシュボッと火を出した。


「ん?普通ふつうの動物も特異技能ギフトを使うの?」


と、フランがたずねる。


「おや?フランは知らないのか。

 それなりに知能があると、特異技能者ギフテッドとして生まれる動物はいる。

 そいつがその気になれば、特異技能ギフトが使えるようなんだ。」


とミリアが説明し、


「もっとも、人族や魔族まぞくのように複雑なことはできない。

 せいぜい身体能力が他より高くなる程度さ。

 一方で、人族や魔族まぞく並みの複雑な特異技能ギフトを行使できるかしこい種族は、

 『魔獣まじゅう』と呼んで区別するわけだ。

 自分を燃やさずに火をいたりとか、

 風をやいばのように操って敵を仕留めたりとかね。

 だから、魔獣まじゅうと呼ばれる種族でも、

 個体によって特異技能ギフトちがったり、特異技能ギフトを持たない例だってある。

 特異技能ギフトを持たない魔獣まじゅうの個体が人前に姿を現すことは希なようだがね。」


と補足した。


「それが魔獣まじゅうかあ。魔獣まじゅう特異技能ギフトを使うのは聞いたことある。」


フランがしきりにうなずく。


「では、次の質問だ。

 特異技能者ギフテッドの属性の中でも、

 四大属性と呼ばれているものが何か知っているかい?」


ミリアがたずねると、フランは、


「それは知ってる。

 火でしょ。風でしょ。あとは水と土。

 ミリアさんが火の属性で、ティナさんは風の属性。」


と指を折りながら答えた。


「そうだな。

 自然界における四大要素とされているものが、そのまま四大属性と呼ばれている。

 トレトス教の神で言うと、

 火は情熱アールミラー、風は慈悲デュージア、水はベリツァ、土は開拓エルトエナロ、だな。」


ミリアも指を折り、


「ちなみに、四大属性の特異技能ギフトは、その子孫に遺伝しやすいんだ。」


と補足する。


「はい、先生。

 ミリアさんやティナさんはつえを使ってるじゃない?

 あれには何か意味があるの?」


フランが挙手して質問した。


「いい質問だ。」


ミリアがニコリと微笑ほほえんで、うなずく。


つえというのは、魔力マナを出力する範囲はんいや量を安定させるのに役立つんだ。」


言いながらミリアが右手で自分の杖を持ち上げると、


「さっき説明したように魔力マナは植物の中でも作られている。

 だから木製のつえであれば、魔力マナを簡単に通すことができるんだ。

 そしてつえの中を通すように魔力マナの流れをイメージすると、

 本当につえの中を通ったように魔力マナを出力できる。

 ちょうど、川や水路を通る水のようなイメージだな。

 手のひら全体から出力すると広すぎたり、多すぎたりするし、

 かといって指先から出力するとせますぎたり、少なすぎたりするからな。

 自分がよく使う技にちょうどいい範囲はんいや量で、

 魔力マナが出せるつえがあると便利なんだ。」


つえり回し、最後に左手でつえをなで、


けんやりの先からも魔力マナの出力自体はできるが、

 つえのほうが簡単にコントロールできるぞ。

 そういう意味では、セレスはよく頑張がんばっているよ。」


と続けた。


「へー。そうなんだ。

 私も将来はつえを使ってみようかしら。」


フランがうなずく。


「では、次の質問。

 魔力マナはどこで作られる?」


ミリアがたずねる。


「えーと…、肺?」


とフランが答えると、ミリアがジロリと無言でフランを見つめた。


「うぅ…。分かりません。」


フランが言うと、


「そう。実はよく分かっていないんだ。」


とミリアが言う。


『えぇ…。』


という顔で今度はフランがミリアを見つめるが、ミリアはそれに構わず、


「現在の科学では、魔素まそが生物のどこから取りまれているのかも、

 生物のどこで魔素まそ魔力マナ変換へんかんされているのかも、

 よく分かっていない。

 息を止めていても魔力マナは生成できるから、

 おそらくは肉体全体がその機能を持っているか、

 幽体ゆうたいがその機能を持っているのだろうとされている。」


と言い、


「三百年前の人族と魔族まぞくの大戦では、魔界まかいの一画でこんな行為こういも行われた。

 身体から臓器をそれぞれき取って、

 どの臓器が魔力マナを生成しているか調べる、

 なんて人体実験さ。」


と、両手で胸や腹のあちこちをさわるようなジェスチャーをする。


「ひっ…。」


フランが悲鳴をらして口元をおさえる。


「『どこで魔力マナを生成しているかが分かれば、そこを攻撃こうげきすればいい。』

 と考えたんだろうね。

 だが結局のところ、人族でも魔族まぞくでも、

 どの臓器をき取っても特異技能ギフト試練トライアルが使えたらしい。

 その実験の記録では、

 『魔力マナを生成しているのは脳である。』

 と結論付けていたようだね。

 私は絶対にちがうと思うが。」


ミリアがフゥーと大げさにため息をついてみせる。


「では、幽体ゆうたいとは何だと思う?」


ミリアが続いての質問をすると、フランは、


「えー…?幽霊ゆうれいとかたましいとか…?」


と頭をひねる。


「そうだね。おそらく、その認識で間違まちがっていない。」


とミリアがうなずく。


「だが、考えてみてほしい。

 魔素まそ幽体ゆうたい魔力マナ変換へんかんして、

 魔力マナを出力すると魔力マナ消耗しょうもうされる。

 なら、どうして魔力マナの出力上限なんてものがあるんだ?

 上限というのは文字通りの上限じゃない。

 特異技能ギフトを使うほどに疲労感ひろうかんが出てきたり、

 やり過ぎると意識が遠のいたりする、あの症状しょうじょうだ。」


とミリアが片手で頭をさえてかたむけるような仕草をする。


セレスは、フランが父の蘇生そせいを試みて、気絶した時のことを思い出していた。


「タルに上から注ぐ水より底かられていく水のほうが多かったら、

 いずれ無くなるのは当然だし、

 それで魔力マナが一時的に出なくなるだけというなら、話は簡単だ。

 だが、そうじゃない。

 生命活動には不要な、ただ生きるだけなら必要ないはずの魔力マナだというのに、

 無くなると実際は意識を失ってしまうんだ。

 それをり返して亡くなった例だってある。

 そして、何日も魔力マナを使わなかったとしても、

 出力できる魔力マナの上限は変わらない。

 息をするように生成されているはずの魔力マナなのに、

 グラスに注ぐ水のように、一定量に達するとどこかへこぼれていくんだ。」


とミリアが語気を強め、


「結論を言うと、

 幽体ゆうたい魔力マナの境界というものは、とても曖昧あいまいだということになる。」


めくくってうでを組んだ。


おどろいたな。魔力マナたましいそのものだとおっしゃるんですか?」


セレスが口をはさんだ。


セレスが読んだ本では、


幽体ゆうたい魔素まそ魔力マナ変換へんかんしている。」


という理論しか書いていなかったからだ。


「私の持論だがね。

 魔素まそ幽体ゆうたい魔力マナも、未解明だから、

 だれにも見えないからこそ言える仮定の話でしかない。

 だが、しっくりこないかい?」


ミリアがニコリとする。


「(たしかに。)」


エステバン高等学院でのミリアの補習で、

とにかく長い時間魔力マナを連続で出力し続ける練習をしたり、

反対に瞬間的しゅんかんてきに全力で魔力マナを出力する練習をしたりしたとき、

自分の肉体が自分でなくなるというか、

自分の存在が希薄きはくになるような感覚をたびたび味わった。


あれがたましい消耗しょうもうだったとしたなら、何となく納得がいく。


フランは、うつむいて、


たましいそのものかあ…。」


つぶやきながら自分の胸に手を当てた。




気づくと鳥車の外が薄暗うすぐらくなり、

ザーザー…と音がし始めた。


雨が降り出したらしい。




「話を続けるぞ。

 だが、魔素まそ幽体ゆうたい魔力マナ変換へんかんしているという理論や、

 私の持論では説明がつかないものもあるんだ。

 それが魔石マナストーンだ。」


と、ミリアが座学を再開した。


魔石マナストーンって、技能が無い人でも特異技能ギフトが使えるようになるアレですよね…?」


フランが考えんだかと思うと、


「あっ!そうか!」


さけぶ。


「そうなんだ。」


ミリアが言った。


魔石マナストーンという物は、平たく言えば、

 『められた魔力マナの属性を変換へんかんする機能を持つ物質』

 だ。

 だから、例えば風の魔石マナストーンを使えば、

 火属性の魔力マナを持つ私だって、無属性の魔力マナを持つ一般人いっぱんじんだって、

 風を操れる。」


ミリアが荷物から小さな緑色の風の魔石マナストーンを取り出し、

実際に鳥車の中で、そよそよと風を起こす。


「もっとも、こんな小型の魔石マナストーンじゃ特異技能者ギフテッドほどの威力いりょくは出ない。

 せいぜいこうやってそよ風を起こしたり、火を起こしたりできる程度だな。」


魔石マナストーンをしまうと、


魔石マナストーンは基本的に動物の体内で生成される。

 その動物が持つ魔力マナの属性の影響えいきょうを受けるというわけだね。

 だが、幽体ゆうたい魔力マナは実体が無いのに、

 物質として出来上がるのはおかしいだろう?」


とミリアが言う。


「しかも、動物の体で魔石マナストーンが出来る場所というのは、決まっている。

 肺の中だ。

 つまり、肺の位置で魔力マナが生成されていないとおかしいんだ。」


とミリアが首を横にった。


「このことが、特異技能ギフト魔力マナに関する研究をややこしくさせている。

 幽体ゆうたい派と肉体派に分かれてね。

 幽体ゆうたい派が優勢だが、

 フランがさっき言ったように、

 肺で魔力マナが生成されている可能性も否定できないんだ。」


ミリアが右手と左手を幽体ゆうたい派と肉体派に見立てて交互こうごに上げ下げした。


「はい、先生。

 動物の肺で魔石マナストーンが出来るってことは、人にも魔石マナストーンがあるんですか?」


フランが再び挙手して質問する。


「いい質問だ。」


ミリアは言うと、


「実は人族でも魔族まぞくでも、体内に魔石マナストーンが出来る例はある。

 実際、私の師匠ししょうでもある先代の火の賢者けんじゃは、あるときせきが止まらなくなって、

 『肺の病気にかかった。』

 と治癒ちゆをしたんだが一向に治らず、

 外科手術をしたら小さな石が出てきたんだ。

 火の魔石マナストーンさ。」


なつかかしむような目をする。


「その師匠が言うには、おそらく魔石マナストーンというものは、

 魔力マナを出力するときに出る燃えカスみたいなものなんだそうだ。

 その燃えカスが積もりに積もって魔石マナストーンになるというわけさ。

 人族や魔族まぞくは、知能が高くてイメージが鮮明せんめいだから、

 魔力マナ無駄むだなく消費できて、燃えカスが残りにくい。

 逆に動物は、知能が低いから魔力マナ浪費ろうひしやすくて、燃えカスが残りやすい。

 魔力マナの燃焼効率のちがいと言いえることもできそうだね。」


ミリアが片手の指で、燃えるほのおのような動きをしながら言い、


「それから、生存率のちがいもあると私は考える。

 特異技能ギフトを持つ強い動物は、生き残る可能性が高い。

 でも、特異技能ギフトを持つ強い人は、

 冒険ぼうけんや戦争にその身を投じるんだ。

 その中ではむしろ、生き残る人のほうが希だ。

 だから、長い年月を生きた特異技能者ギフテッドであれば、

 人族や魔族まぞくであっても、肺に魔石マナストーンが出来ていても不思議じゃない。」


と少しさびしげな表情で言った。




おもむろにミリアが荷物から水筒すいとうを取り出した。


一口飲み、ハーッと息をつく。


それから今度は、スーッと深呼吸したかと思うと、

両手を上に軽くびをする。


そして両手を下ろしながら再びハーッと息をき出した。




「…さて、戦争の話題が出たから、人族と魔族まぞくの歴史についても話すとするか。」


ミリアが言ったその時だった。


鳥車の運転席側の窓がガラッ!と開くと、

びしょれのレイが顔をのぞかせて言った。


緊急きんきゅう事態です!」

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