第6話 前途多難

予定よりかなりおくれて、一行はハイルペラ領のバジャルタに到着とうちゃくした。




「さすがに真昼間の人目に付く町中では魔族まぞくおそって来ないと思うが、

 警戒けいかいしておいてくれよ。」


とミリアは言うと、

ステファンを護衛代わりに鳥車を買いに向かった。


セレスは辺りを見回したあと、


「(ようやく落ち着ける…。)」


と、うっ血したような両足の太ももを、ポンポンとこぶしたたいていた。




運転席にレイの使用人と共にステファンが座ってくれたおかげで、

バジャルタまでの鳥車の中には

セレス、フラン、ミリア、ティナ、レイ、アンネの六人で乗ることになった。


本来四人乗りとはいえ、せますぎるというほどではないはずなのだが、

セレスが座ったほうの左右にティナとミリア、

反対側にレイとアンネ、

なぜかセレスのヒザの上にフラン、

という布陣ふじんだったので、セレスは身動きが取れなかったのだ。


鳥車がガタガタとれるたびに、色々なものがポヨポヨと当たるので、

セレスは心を無にしていた。




フランはというと、今はセレスのすぐそばでまだむくれている。


鳥車の中で、


「なんで『アン』って呼ばれるのがきらいなんですか?」


とアンネにいきなり質問して、無視されたからだ。


鳥車の中の雰囲気ふんいきは、それで最悪になった。


ミリアは、


前途多難ぜんとたなんだな…。」


と小声でボソリと言っていた。




「それではレイナルド様、ご無事でありますよう…。」


とレイの使用人がガタガタと鳥車で帰っていくのを見送ると、

レイはセレス達をり返って、


「いやあ、実は大変だったんだ。

 『セレスと一緒いっしょに行く!』

 って家族に言ったらさ、ポールが

 『やった!これでオレが爵位継承しゃくいけいしょう候補だ!』

 ってはしゃぎだしちゃって。

 夜中まで父上がポールを説教しだすし、

 母上は泣きながら、

 『行かないでー!』

 ってぼくの足にしがみつくし…。

 ハハハハ…。」


とお腹をかかえて笑い出した。




ポールというのはレイの弟だ。


セレスも何度か会ったことがあるが、

お世辞にもレイほど出来が良いとは言えない弟で、

なんというか、ずるがしこい感じだったのを覚えている。




「ティナのところは大丈夫だいじょうぶだったかい?」


レイが話をると、ティナは


「『また縁談えんだんを断るための口実か?』

 って最初は父上にも母上にも相手にされなかったんだけど、

 私が本格的に荷物の準備を始めて、本気なんだって分かったら、

 さすがに反対したわよ。

 最後は泣いてたわね。」


と言いながら空のほうを見た。




「でもさあ、私が

 『この人と結婚けっこんしたい。』

 って言っても反対するし、

 『こんな仕事に就きたい。』

 って言っても反対するクセに、

 自分達の要求は通ると思っているんだから、

 やっぱりどこか頭がおかしいんだと思うのよね。

 おきゅうえてやる意味で、ちょうど良かったわ。」


とティナはき捨てるように言い、


「あっ。ミランダは、

 『お姉さまのこと、応援おうえんする。』

 って言ってくれたわよ?

 あのだけよね。家族で私の味方なのは。」


と付け加えた。




セレスが、


「へえ。ティナのお眼鏡に適う男性なんて、この世に存在したのかい?」


と、うっかり口をすべらせて、場が変な空気になる。


「(そういえば、恋愛れんあいの話題は、

  何となくぼく達の中では禁句タブーだったな。)」


とセレスは反省した。




侯爵家こうしゃくけという立場上、自由な恋愛れんあいという概念がいねんは、

おとぎ話や小説の中にある空想のようなものだ。


大恋愛だいれんあいの末に結婚けっこんしたという父と母は、きっと幸せだったのだろう。




ふと気づくと、アンネが何か言いたげにティナのほうを見ている。


「(会話に混ざりたいのかな?)」


と思ってセレスが声をかけようとした、その時だった。




フラフラと男が一人、フランの背後へ回りもうとしているのを、

セレスは視界のはしとらえた。




魔族まぞくだ。




ダダン!




ズザザザザ…!




セレスとレイがフランと魔族まぞくの男の間にすべみ、けんく。


「何者だ!?貴様!?」


セレスがさけぶ。


「ヒィッ…!」


魔族まぞくの男は両手を挙げた。


フランは、びっくりして後ずさる。




「何者だと聞いている!」


セレスが再度さけぶ。




魔族まぞくの男は、


「な、名前はロベルト・アザロフです。

 そこの荷物を運ぶ仕事で…。こ、殺さないで…。」


涙目なみだめになって言った。




セレスとレイがり返ると、後ろの鳥車から木箱をかかえた人族の男性が、

『何ごとだろう?』

おどろいて身を乗り出し、三人の顔を順番に見比べている。




セレスとレイは顔を見合わせて、

フゥー…と深いため息をついた。




「申し訳ない…。悪人かと早とちりを…。」


けんを収め、二人して男性に頭を下げる。




魔族まぞくが人族の町で労働をしている。


そんなことは、大戦から三百年も経った現在では日常のことだ。


ここソリアード国とて、それは例外ではなかった。


セレス達が敏感びんかんになり過ぎているのだ。




「あ…、い、いえいえ。よくあることですから…。

 気にしないでください。身なりの良いお方。」


魔族まぞくの男性は両手をパタパタとり、

鳥車の男性から重そうな木箱を三箱も受け取ると、

フラフラとバジャルタの中心地のほうへ歩いて行った。




無駄むだに注目を集めてしまった。


町の入り口に立っていた兵士までやって来ていたので、

セレス達はバツが悪そうに、そそくさと目立たない場所へと移動した。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







「おーい!探したよ!」


ミリアとステファンがもどってきた。


鳥車の運転手だろうか?


二人の人族の男性を連れている。




「四人乗りの鳥車二台と駆鳥くちょう八頭はすぐに買えたんだけど、

 ナルグーシスまで付き合ってくれる運転手がなかなか見つからなくて…。」


とミリアがかたをすくめ、


「仕方ないから、その辺の通行人にかたぱしから声をかけたよ。

 『家族構成は?』

 『年収はいくら?』

 ってね。

 独身で金が無ければ、危険な仕事でも飛びつくだろう?」


自慢じまんげに言う。


「(ゴツいよろいを着た兵士と一緒の紅蓮ぐれん女帝じょていから、

  社交パーティでされるような質問を投げかけられて、

  通行人達はどう思っただろう?)」


セレスは、ハァー…と深いため息をついた。


会話が丸聞こえの二人の臨時運転手も苦笑いしている。


「ハハハハ…。

 賢者けんじゃ様はもう少し、

 ご自分が有名人だというご自覚をお持ちになったほうが良さそうですね。」


とレイが笑いながら言う。




と、

突然とつぜん片方の男性が、


「あっ!」


と声を上げた。




おどろいてかれを見ると、

手のひらを見せるように両手を広げ、

片足を前に出しつつ姿勢を低くする礼のポーズをし、


「ハイルペラきょう御前ごぜんとは知らず、ご無礼を!」


と言う。


となりの男性もおどろいてレイを見やり、あわててそれにならった。




見ると、周りの通行人もそれに気づき、

同じく礼をしたり、


「レイナルド様ー!」


さけんだりしている。




スッとレイが歩みより、二人の肩に手を置いて、


「そんなにかしこまらなくていいよ。

 危険な仕事なのによく引き受けてくれたね。

 喜んで君達に命を預けよう。」


とニコニコしながら声をかけた。




「ああ、なるほど。領主のご子息だものな。

 最初からレイにスカウトをたのめば良かったのか。」


とミリアは、のん気にうなずいている。


「(その場合、女性が先にれたんじゃないだろうか…。)」


とセレスは思った。




とりあえず、どんどん人が集まってくるこの状況じょうきょうはマズいので、

一行はステファンに先導されて、

停めてある鳥車のほうまで足早に向かう。




「(レイ…。

  分かったから…。

  群衆に向かって手をってないで…。

  たのむからもう少し早く歩いてくれ…。)」







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







運転手はそれぞれ、

ホセ・カベーロ

イヴァン・ブストス

と名乗った。




セレス達も自己紹介しょうかいすると、呆然ぼうぜんとしたようになる。


『とんでもないところに就職してしまった。』


と思っているのかもしれない。




ミリアが二人に地図をわたしながら、


「最初は真っ直ぐ東へ向かって、隣国りんこくプリシオンのグラスルド侯爵こうしゃく領を目指す。

 それなりのペースで鳥車を走らせれば、

 日が暮れる前には今居るハイルペラ領と

 グラスルド侯爵こうしゃく領の間にある関所に着くはずだから、

 そこで出入国の手続きをして、

 関所の付近か、その東で宿を探すつもりだ。」


と言う。


「鳥車の運転は二人とも素人だから、

 最初はレイとステファンが教えてやってくれ。

 レイ、運転できたよな?」


とミリアがレイとステファンをり返ると、二人は


「分かりました。」


快諾かいだくした。




レイの担当になったホセは、


「お、おそれ多いですぅ…。」


恐縮きょうしゅくしきりで、


ステファンの担当になったイヴァンは、


「お、お手柔てやわらかにぃ…。」


とオドオドしている。




「…ああそうだ。鳥車の割り当てなんだが。

 ちょっとセレスとフランに話したいことがあるから、

 ティナとアンネはステファンとイヴァンの鳥車に乗ってくれ。

 で、そっちの鳥車が前を走るんだ。」


とミリアが言った。


「(なるほど…。

  きっと魔族まぞくおそわれたときのことを考えて、自分とフランが後ろなんだな。)」


とセレスは感心し、


「(回復役のアンネが前なのは心配だが、

 ミリアとフランはアンネの逆鱗げきりんれてしまっているし…。

 妥当だとうな割り当てだろう。

 アンネがティナに送っていたあの視線は気になるが…。

 特に反対する理由でもないか。)」


と思った。




他の者も特に何も言わなかった。


が、

ティナは、


「はーい…。よろしくねアンネ。」


と、なぜか不機嫌ふきげんそうに言った。




「よろしくお願いします。」


アンネがボソボソと返事をした。


ティナには心を開いているのかもしれない。


なぜだか分からないが。




フランがアンネに何か言いたげだったが、

レイがフランを無言でうながして鳥車にエスコートする。


代わりにセレスはミリアをエスコートした。




「しかし、さっきのように一般人いっぱんじんに注目されるのは、少々困るな。

 一応、任務なんだ。

 このメンバーでは、無理もないのかもしれないが…。

 前途多難ぜんとたなんだな。」


とミリアが今さら言った。

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