第4話 もう一人の

早朝のブランパーダ家の屋敷やしき


今日は学院は休みである。


いよいよ明日は、ナルグーシスへ出発する日だ。


『火の賢者けんじゃ、ミリア・マロジョテスが

ナルグーシスまでクーデターの鎮圧ちんあつに向かう。』


その情報は、すでにラズリー国王から各国へ報告が送られたらしく、

ソリアード国の公報にも見出し付きでっていた。


セレスはというと、屋敷やしきの庭で、

父がやとった剣術指南役けんじゅつしなんやくのアイザック・バルデラスとけんの練習にはげんでいた。




模擬戦もぎせんでようやくセレスがアイザックから一本を取ると、


「いい仕上がりだ。まだまだ免許皆伝めんきょかいでんには、ほど遠いが。」


とアイザックがニヤリと笑い、最後の練習が終わった。




「こちらの都合で急にクビにする形になって申し訳ありません。

 はなれの部屋はもうしばらく使っていただいて構いませんから…。」


あせきながらセレスが言うと、


「なあに。元々、拾ってもらった身だからな。

 元通りにもどるだけさ。」


とアイザックが答え、


「本当は付いて行ってやりたいが…、この国が暮らしやすくてな。

 無事に帰ってこいよ。」


とセレスのかたきしめた。




アイザックが剣術指南役けんじゅつしなんやくになった経緯けいいはこうだ。




あるあらしの日、


屋敷やしきの庭に不審者ふしんしゃがいる!」


とヴェイカ―がけんを片手に立ち向かったところ、

その不審者ふしんしゃ、食べられる野草を探していたアイザックが、

いていたサンダルで返り討ちにしてしまったのだ。


それを見ていた父が、


「不在がちな自分に代わって、ぜひとも息子のけんの指導をしてくれ!」


とアイザックに金を積んでたのみ、

屋敷やしきはなれに半ば無理矢理住まわせたのだった。


どこかの国の軍にでも所属していたのか、


「自分より弱いやつにアゴで使われるのがえられなくてね…。

 何もかも放り出してげてきたんだ…。」


と最初はしずみがちだったアイザックも、父と母の人柄ひとがらのおかげか、

次第に表情豊かになっていったのが、子供心に印象に残っている。


もしかしたら、その国が東のほうにあるのかもしれない。


アイザックは、人体の筋肉や骨の構造に精通していて、

かなり理論的にけんり方やねらうべき相手の部位などを教えてくれ、

セレスの剣術けんじゅつ腕前うでまえは目に見えて向上した。


フランの『チュ~』攻撃こうげきを上手に受け流せるようになったのもそのころだ。


また、息子のためとやとったものの、

父自身も練習台としてたびたびアイザックとけんを交えており、

二人は良い友人でもあった。




「働き口のアテがなければヴェイカ―をたよってください。」


とセレスが言うと、アイザックは首を横にり、


「実はイルシダのほうで剣術道場けんじゅつどうじょうを開こうかと思っているんだ。

 金は余ってるしな。

 お前みたいな優秀ゆうしゅうな弟子ばかりではないだろうが、

 そういうやつの根性をたたき直すのも悪くないと思ってね。」


と語り、


「お前が勇者として名を残す時が来たら、

 『親子二代の勇者に認められた剣術道場けんじゅつどうじょう

 とでも看板に書くことにするよ。

 ハッハッハッ…。」


と笑った。







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昼食を食べ終わったころ、セレスとフランてに荷物が届いた。


王宮で最高級品を用意してくれるという申し出を丁重にお断りし、

イルシダにあるブランパーダ家御用達ごようたしの店で、父と母の旅装束に似せて、

セレスとフランの旅装束を急ぎオーダーメイドしたのだ。




「どうかご無事で。」


届いた荷物には、店主の直筆であろう短い手紙がえられていた。




店へと出かけ、身体のサイズを測ってもらっているとき、

セレスとフランが何も言っていないのに、

両親と馴染なじみのサナムス店長がなみだぐんでいたことをセレスは思い出していた。


何かを察してくれたのだろう。




「お父上様に瓜二うりふたつでございます。」


よろいかぶとを着込み、父のけん

『デュレオム』

を背負ったセレスに、

ヴェイカ―がなつかかしむような目で言った。


「そうだ。ヴェイカ―。

 ちょっと大変だと思うけど、これを今日中に届けられるかい?」


セレスはヴェイカ―に三通の手紙を差し出した。


「…これは?」


ヴェイカ―がたずねる。


「こっちの分厚い一通は、イルシダの町長、トマス家へてた手紙だ。

 ヴェイカ―と協力して領主代行を務めてもらう件は、

 直接あちらの屋敷やしきで協議させてもらったが、

 改めてそのお願いと、

 領地運営に関する各種書類の原本や写しを同封どうふうしてある。」


セレスが言い、続けて


「そして、こっちの二通は、ティナとレイの、

 ブランパーダ家の領地と隣接りんせつする

 ジューヴェルデ家とゴルディネロ家へてた手紙。

 もし、僕とフランが帰らなかったときは、

 国王やトマス家を交えて、領主不在になったこの領地について

 どうするのか協議するようにお願いしておこうと思ってね。」


と言うと、


「それは…。」


ヴェイカ―がうめき、


「セレスティアーノ様…。ご立派になられて…。」


なみだ声で言った。


「だが、安心してくれ。

 フランやミリア、他の仲間もいるんだ。

 無事に帰ってくるつもりさ。」


ヴェイカ―のかたたたきながら、セレスは努めて明るく言った。







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「そろそろのはずなんだが。」


ゴーン…、ゴーン…。


と教会のほうからかねの音が聞こえてくると、ミリアが言った。


季節は初夏に差しかかろうというところであるが、

朝日ものぼっていないこの時間帯は、まだまだはだ寒い。


「この場所、この時間帯に、

 旅のための大型ワゴンタイプの鳥車を持ってきてもらう手はずなんだがね。」


ミリアが、鳥舎がある王宮の西側を見つめながら言う。


ソリアード国の王宮正門にほど近い鳥車止めには、五人の男女が立っていた。


一人はセレス、一人はフラン、一人はミリア。


そして、近衛兵のステファン・サバスエロ。


身長はセレスよりやや低いが、肩幅かたはばは広い。


黒いはだに短くり上げた黒いかみ荒々あらあらしい見た目で、

身長と同じくらいのけんを持ち、

重そうなよろいとフルフェイス型のかぶと着込きこみ、

(今はかぶとの顔部分は開いているが、)

かたにはたてと弓まで担いでいる。


ステファンは、狩猟フラシダ特異技能者ギフテッドで、

その能力は怪力かいりき俊敏しゅんびんな動きを発揮できることだ。


王から旅への同行を命じられたステファンも、

近衛兵としての仕事の合間にミリアの補習にたびたび参加しており、

かれ自身の訓練もねて、実戦形式の模擬戦もぎせんをしてくれていた。


アイザック先生のようなフェイント等のテクニックはあまり使わない、

正統派な剣術けんじゅつを使う。


その実力は折り紙付きで、

セレスをふくめた生徒の大半が補習期間中に骨折レベルの大ケガをさせられた。


そのたびにフランがキャーキャー悲鳴を上げてケガを治し、

かれの胸の辺りをポカポカと叩く。


かれはポリポリと頭をかく。


というのが定番になっていた。


「まだまだ魔力マナの持久力に課題がありますし、

 パワーとスピードを同時に上げることはできないんです。」


と本人は言っている。




もう一人は、ジューヴェルデ家の領地で、

トレトス教の司祭を務めているという、アンネ・ナスルーナだ。


白を基調としたトレトス教のマークが付いた法衣とストールを身に着けていて、

後頭部できっちり結んだブロンドヘアの上には、

司祭であることを示す帽子が乗っているのだが、

なぜか目がすっかり隠れてしまうほど前髪が長く、

その表情はほとんど読み取れない。


かみの色と髪型かみがた帽子ぼうしの有無以外は、フランと背格好がそっくりである。


アンネは、希望パトリー特異技能者ギフテッドで、

活性治癒ちゆ解呪かいじゅのエキスパートであると聞いている。


ソリアード国内の治癒ちゆ士や回復士が所属するギルドに、


「ナルグーシスまでの旅へ同行できる適任者を派遣はけんせよ。」


と国王の依頼いらいが出されたところ、


「我々にお任せください。」


とトレトス教の総本部が横槍よこやりを入れてきて、

半ば強引にアンネのことを派遣はけんしてきたらしいのだが、


「どうも。アンネ・ナスルーナと申します。

 『アン』

 と呼ばれるのはきらいなので、

 『アンネ』

 とお呼びください。」


と最初にボソボソと自己紹介しょうかいしたきりである。


あまりしゃべらない人物なのかもしれない。


また、その荷物はどうも、ほとんどがポーションか何かが入ったビンのようだ。


活性治癒ちゆが使えるのにポーションまで持参したのだろうか?


用心深い人物なのかもしれないというのも付け加えておこう。




ちなみに、父であるルザリーノと母であるエストレアもそうだったが、

セレスとフランが正式に勇者と聖女になったあかつきには、

トレトス教の司教の地位に就くことになる。


つまりセレスとフランに対するアンネは、

将来は上司に対する部下の関係になるかもしれないのだ。




「鳥車の担当者が寝坊ねぼうしたのかもしれませんね。」


ステファンの言葉に、業をやしたのか


たたき起こしに行くとするか。」


言いながらミリアが鳥舎のほうへ歩き出そうとした。


と、

正門からガタガタと四頭の駆鳥くちょうに引かれた鳥車が入ってくる。




「こんな早朝に王宮に客人かな?」


ミリアがこう言っているということは、あの鳥車は目的の鳥車ではないのだろう。


「(ん?見覚えのあるあの家紋かもんは…。)」


セレスが目をらしたとき、


バタン!


と鳥車のドアが運転手により開かれ、


「やあやあみなさん、おそろいで。」


と一人の人物が降りたった。


「えっ?」


とアンネを除いた全員が言った。




旅の準備を整えたレイだった。


ステファンほどではないが、金色を基調としたしっかりとしたよろいかぶとを着込んで、

けんたてを持っている。




「レイ、どうして…?」


とセレスが言うと、レイは、


水臭みずくさいじゃないか、あんな手紙を寄越よこすなんて。

 ぼく達、友達だろう?」


とセレスのかたたたいた。




手紙には確かに、父と母が亡くなったことと、

ナルグーシスへ旅に出ることも書いた。


が、そんなつもりではなかった。




「しかし…。」


とセレスが口ごもっていると、ミリアが


「いいじゃないか、足手まといにはならなそうだ。」


と言いながらレイに歩み寄り、

かれの左の胸元をノックするようにコンコンとたたくと、




「命を投げ出す覚悟かくごはあるんだろう?」


と少しドスの効いた声で言った。




「そんな覚悟かくごありませんよ。」


さらりとレイが言う。




「は…?」


ミリアがきょかれたような顔になる。




ぼくにあるのは、

 『フランを全力で守る。』

 という覚悟かくごです。

 そうすればきっと、だれも死なずに済む。」


とレイがミリアにニコニコと笑いかけた。




「…なるほど、ごもっともだ。」


ミリアもうなずいてニコリとする。




「では行くか。

 実は鳥車がおくれていてね。担当者を蹴飛けとばしに行くところなんだ。」


ミリアが言うと、


「お供します。

 さあ、フラン。行こう。」


とレイはセレスのほうにウィンクしつつ、フランをエスコートしだした。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







ようやく朝日がのぼり始めたのか、自分達の目が慣れてきたのか、

王宮の大きな建物のかげの中に、

木造の大きな建物、

駆鳥くちょう』の鳥舎が見えてきた。


その近くには大小さまざまな鳥車も並んでいる。




駆鳥くちょう家畜化かちくかされた大型の鳥であり、

羽ばたいて跳び上がったりはするものの、空を飛ぶことはできない。


どちらかというとその大きな二本の脚で走るのが得意な鳥である。


一口に駆鳥くちょうといっても、その羽色は様々で

身分の高い人の移動用としてよく見かける白、軍用によく用いられる黒の他、

灰色や茶色のものもいるし、

それらの雑種であるブチやシマ模様の羽色を持つものも多い。


また、食肉用、移動用、あるいはレース用といった品種のちがいもあるのだ。


セレスは、駆鳥くちょうのレースというのをまだ見たことはないが、

円形に近い競鳥場けいちょうじょうと呼ばれるコースを使ったり、

駆鳥くちょう何匹なんびきも乗りいで丸一日かけて国を横断したりするレースが、

国によっては行われている。


そのレースの結果を使ったけも行われていて、

場合によっては巨万きょまんの富を得られる、なんてこともあるらしい。


駆鳥くちょうの品種の違いというのは、簡単に言えば得意分野のちがいだ。


鳥車を引きながらの移動となると、パワーのある移動用の品種に分があるが、

単に速く走ったり、長距離きょりを走るだけなら

身軽なレース用の品種に軍配が上がるといった具合である。


そしてその両方、すなわち、

鳥車を引き、かつ長距離きょりを何日も移動できる駆鳥くちょうの飼育ともなると、

はっきり言って困難を極めるらしい。


西側諸国の流通の中心でもあるソリアード国といえど、

そんな能力を備えているのは、

王宮で専門に管理されている中でも一握ひとにぎりの駆鳥くちょうだけだ。




その駆鳥くちょうの鳥舎のほうが、


「キュー!キュー!…!」


と何だかさわがしい。




たいまつを持った一人の兵士が、あわてふためき、

しきりに周囲を気にしているようだ。




不審ふしんに思ったのか、ミリアが、


「おーい!私だ!ミリア・マロジョテスだ!」


と呼びかける。




と、

その兵士はビクッと体をふるわせて、すかさずこちらにさけんだ。




「お逃げください!魔族まぞくです!」




「なっ!?」


と、

一同が身構えるのと『それ』が姿を現したのは同時だった。


鳥舎のドアの隙間すきまから、青いけむり状の何かがブワッと出てきて、

その兵士にまとわりついた。


「うっ!?うわああああっ!」


兵士がさけぶと、そのけむりは兵士の口元に凝縮ぎょうしゅくされるように集まる。


口から体内へ入っていくのだ。




兵士は喉元のどもとおさえながらうめく。


「ヒッ…。いやだ…死にたくない…。たずげっ…!」


言い終わる前に兵士ののどからするどやいばがドスッ!と出現し、

次の瞬間しゅんかんにはのどから胸までバリバリッ!とけた。




せんいたエールのように、ブシュシュシュ…と血がき出し、

ボトボトボト…としたたり落ちる。




兵士の胸から男の、

盗賊とうぞくのような格好をした魔族まぞくの上半身が、

兵士のあばら骨をメキメキとしのけながら現れた。


右手には大きなダガーを持っている。




偏西風へんせいふうが無けりゃ、もっと早く着いたんだがな…。」


とボヤくように魔族まぞくが口を開いた。




バタン!と兵士が仰向けに倒れると、

魔族まぞくはまるで兵士の胸から生えているような格好になったが、


「そうすりゃ、おじょうちゃん達に見られることもなかった。」


と左ヒジを地面につき、その左手に頭を乗せながら話し続けた。

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