第124話自爆

「自爆するつもりか!?」


『ふふ、神の力の一部を使っている私のすべての魔力を解き放てば、ここにいる両軍のすべては吹き飛ぶわ。そうすれば、ここに最精鋭部隊を集結させていて、余力がないあなたたちの負けよ。こちらには、まだ精強な本国軍と言う予備戦力がある』


「やめろ、そんなことをすれば、新しい悲劇が生まれるぞ」


 集結している魔力の総量を考えれば、アリーナの言っていることは正しい。おそらく、アリーナの魔力総量が同時に爆発すれば、少なく見積もっても戦術核兵器クラスの破壊力を持っているはずだ。数万人から数十万人をすべて吹き飛ばし、この高原は荒野に帰する。


 さらに、こういう攻撃方法があると認知されてしまえば、悪用されかねない。悲劇は連鎖をはじめることだってあり得る。


 ここは絶対に止めないといけない。


『すべての悲劇は、お前たちのせいだ。神のみことのりに反したお前らには、神の雷がもたらされるんだ』


 だめだ、説得は意味がない。俺は攻撃を重ねる。


『無駄よ、その程度では、意味がないっ!!』

 すべてが弾かれてしまい、打つ手がなくなっていく。すでに、消耗していた俺には限界に近い。


「魔力を空中に集中!! クニカズを援護しろ」


「今からの時間は、歴史の行く末を分かつ数分間になります。ここが歴史の転換点。皆の者、クニカズに続きなさい」


 アルフレッドとウイリーの声が聞こえた。

 地上からの対空砲火が、アリーナに向かう。数の力で、アリーナが作り出した防御壁を徐々に崩していく。


『このうじ虫どもが!!』

 怒りによって冷静な判断力を失ったアリーナが地上へ攻撃を仕掛けた。巨大な爆発が地上で発生したが、地上の味方はひるまない。


 無理に攻撃を仕掛けたことで、完全に防御力を失ったアリーナに対して、俺は追撃する。


『あっ……』

 そして、自分のミスに気付いたようだが、もう遅い。


 俺の魔剣は、アリーナを確実にとらえている。もう逃げることはできない。


『この悪魔たちめっ……』

 アリーナは爆炎に包まれて、ゆっくりと地上に落下していく。


 ロダン高原の決戦は、こうして終わりを告げる。大陸戦争は最終局面に入った。


 ※


「ネール閣下、こちらの航空魔導士隊が壊滅です。クニカズが上に来ています」


「そうか……」

 すでに前線は崩されている。宰相の切り札であるアリーナも敗北し、制空権は喪失。一方的に敵航空部隊の攻撃にさらされているうえに、すでに前線は疲弊と補給の制限で崩壊寸前。


 ここまでだな。あとはどれだけの兵力を後方まで下げることができるかどうか。つまり、良い負け方をするという方針に変わってしまっている。


 これが最後の戦いになるという覚悟は決めていた。クニカズ・アルフレッドという若き天才と戦い、彼らの新戦術を打ち破る作戦を示せたことで、武門の意地は貫けたかの……


 撤退戦は難しい。ここが最後の花道。


「若い兵を優先的に撤退させる。旧・ザルツ公国領内まで一気に退いてしまって構わない。ベテランや老兵は、わしに続け。ひよっこたちに、最後の雄姿を見せようではないか」

 すでに、主力部隊は壊滅した。これで戦争の趨勢は決したと言える。あとは、宰相が外交の場でうまくやってくれるだろう。西部戦線の兵力はまだ健在だ。疲弊したヴォルフスブルクでは、本国までの侵攻は不可能なはず。ここが潮時。


『マッシリア王国軍グランツ大将、討死』

 もう時間がない。少しでも味方を逃がすために、前に進む。


 ※


 高原に残ったグレア帝国軍の包囲は完成した。半数以上の兵力は逃げられたが、敵の本隊を含む多くの兵力はこれで無力化される。


「クニカズ、傷ついているあなたに本来、頼むべきではありませんが、降伏勧告の使者になってくれませんか。もはや、これ以上の抵抗は無意味。ネール将軍なら良識ある判断をしてくれるはずです」


「わかりました」


 ウイリーからそう頼まれた俺は、白旗を掲げて敵の本陣まで移動した。

 そして、そのままネール将軍の元へと案内される。敵も俺がここに来る意味を聞かなくてもわかっていた。


『ヴォルフスブルク帝国クニカズ総監が、お越しになりました』


「ああ、ありがとう。久しぶりですな、クニカズ将軍」


 俺の目の前では負傷し、肩で息をする老将軍が笑って待っていた。


 ※


「ネール将軍、お久しぶりです」


「まさか、本当に戦場で相まみえることになるとは思わなかったぞ。運命とはわからぬものだ」


「将軍、私が言いたいことはお分かりですね?」


「もちろんだ。無駄な抵抗はやめて、降伏しろと言うのだろう」


「はい、すでに戦況は明らかです。これ以上の犠牲は無用でしょう。すでに、こちらが包囲を完了しています。母国から遠く離れたここでは、あなた方を助けに来てくれる存在はおそらくない。頼みの航空戦力もほぼ壊滅したのでしょう?」


「うむ」


「我々、ヴォルフスブルク兵はあなたがた勇士たちに礼節をもって接します。ですから、これ以上の抵抗は……」


「わしは、軍人として最期にキミとアルフレッド君のような若き才能と戦えて光栄だった」


「閣下が残した対塹壕戦術は、後世に受け継がれると確信しております」


「希代の名将からそのような言葉をいただけただけでも、未練などなくなるものだ」


「将軍っ!!」

 俺は必死に翻意を促す。


「勘違いするな、クニカズ君。すでに、兵には武装解除を命じている。老いぼれの旅に、皆を付き合わせるわけにはいかない」


「ならば、将軍も」


「それはできない。それが若者を死に追いやった老人の責任の取り方だ。さあ、飲もう。持ってきてくれているのだろう? 別れの杯だ」

 その様子からすでに、遅毒性の薬を飲んでいることを察した。俺は持参したグレア産のウィスキーをスキットルから取り出して注ぐ。


「故郷の酒か。嬉しいな」


「本来ならば、お互いの健闘を称えるために持参したのです」


「名将と飲む酒はうまい。できることなら、味方にいて欲しかったよ。だが、良い人生だった。武門に生きて、武門に死ぬ。クニカズ君。無理はするなよ。こちらにはまだ宰相がいる。下手な戦力では奴に無効化される」


「国土の奪還が落としどころだと思います。それ以上は、こちらも望みません」


「うむ。それがいいな。祖国に乾杯」

 最後にもう一度、酒を飲んで、老将軍は眠るように息を引き取った。

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