第121話アルフレッドの罠

「アルフレッド将軍……少しずつ塹壕が陥落しています。決戦に出るべきではありませんか?」


「……無欲」

 そうしたい気持ちを抑えながら、必死に我慢する。クニカズの手法を学んだ。ここは、まだ攻めてはいけない。あと少しで、すべてが成就する。


「ですが、クニカズ総監の負傷は、かなり重いと聞いています。このまま粘っても総監が復帰しなければ……」


「参謀長、たしかにクニカズの復帰は、この戦闘には間に合わないだろう」


「ならば……」


「だがな、航空魔導士隊は、クニカズだけではない。彼らは、クニカズによって鍛えられた者たちだ。私は彼らを信用している。彼らには特命を与えて動いてもらっているんだ。もう少しでその結論が出る」


「……そうなのですか!?」


「クニカズはすさまじい個の力を持っていた。だが、個人の限界もよく理解していた。自分が抜けただけで組織が崩壊するような事態だけは避けようとしていた。個々の力では、我々はクニカズには勝てない。だが、団結すればそうではない。クニカズを超える戦果だって必ず獲得できる」


「……」


「参謀長、もう終わりにしよう。クニカズ個人に国家の命運をかけることは……国家は我々一人一人が守らなくてはいけない。クニカズ不在の今、彼への恩をここで返さなくてはいけない。この陣地は死守だ。クニカズが育てた魔導士たちを信用しよう」


「わかりました」


 すでに、砲弾はこちらの本陣に迫っている。だが、ここからは一歩も引くつもりはない。

 

 ※


 そして、その時がやってきた。


「将軍、グレア帝国軍が陣地を放棄していきます。なぜだ、向こうの方が有利に戦況を進めていたはずなのに」


 勝利の女神はこちらに微笑んだ。


 ※


「ネール将軍、こちらが優勢に戦況を進めています。敵の塹壕の3分の1を奪取しています。このままいけば、敵の最終防衛ライン突破も考えられます」


「うむ。アルフレッドと言う将軍は優秀だと聞いていたが、塹壕から決して出てこないな。決戦せずにただ策もなく持久戦か? 期待はずれすぎる」


「しょせんは、若造です。クニカズと言う戦略の柱が崩れたことで、もう何もできなくなったのではないでしょうか」


「そうだといいが……」


 だが、ここで恐るべき報告が入った。

 さきほどまで楽勝モードだった司令部が凍りつく。


「閣下、補給兵団より連絡です。昨夜未明、敵ゲリラの攻撃により、旧ザルツ公国領にあった3つの倉庫が炎上しました。弾薬庫を中心に攻撃されてしまい、しばらくの間、弾薬の供給量が……」


「なんだと!? 弾薬がなければ、塹壕の突破はおろか、維持すら難しいんだぞっ!!」


「やられた……」


「閣下?」


「我々は完全にやられたんだよ、幕僚諸君。今までゲリラが発生していなかった場所にまで、ゲリラが発生した。つまり、やつらは"エアボーン"を成功させたことになる」


「エアボーン?」


「少数の航空魔導士が、空中から敵領内に入り込み、ゲリラになって後方かく乱する作戦だよ。しまった、クニカズは軍事大学時代に、ゲリラ戦と輸送についての権威だったはずだ。あいつらめ、それを準備し、アルフレッドが引き継ぎ実行したのかっ」


 このままでは補給を失い、孤立する。


「撤退する。まだ、弾薬があるうちに、速やかに旧ザルツ領まで下がれ」

 下手に深入りすれば、地獄を見るはずだ。ならば、損切りは早い方がいい。


「閣下大変です!」


「次はどうした!?」


「航空偵察兵より入電。高原東部に、新たな敵影です」


「どこの部隊だ!! 敵の東部方面軍か?」


「いえ、中央軍近衛騎士団です。さらに、敵の中央には、ヴォルフスブルク皇帝の軍旗が翻っております」


「……負傷中の女帝、自ら戦線に出てきたのかっ!?」

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