第120話両軍布陣

 その後は敵の航空部隊に襲われることもなく、こちらもロダン高原に布陣する。敵はエース部隊を失い慌てて再編成していることだろう。さらに、クニカズ負傷の情報もまだ伝わっていないはずだ。そう考えれば、うかつにこちらに航空攻撃をしかけられなくなっているはずだ。下手に部隊を繰り出せば、エース部隊ですら敗れたクニカズに一網打尽される可能性がある。


 この状況でこちらから航空部隊を投入しなければ、お互いに心理戦となり、航空戦を避けることになるだろう。お互いに制空権を獲得できておらず、疑心暗鬼になっているこの状況では、古来から続く地上戦に大きなウェイトが回ってくる。


「こちらから手を出すな。有利な地形を抑えたんだ。守りに徹して、敵に出血を強いる」

 クニカズの元部下たちからの連絡では、グレア帝国軍はかなり無理をしている。

 制圧した場所を守る兵力も必要で、西方戦線は拮抗してこう着している。つまり、余剰戦力はほとんどない。さらに、占領地を経由した補給には多くの苦労があるだろう。ゲリラに襲われる可能性を考慮し、未知の道を進まなくてはいけない。補給が滞れば、全軍が疲弊する。


 ただでさえ、兵士たちは長期戦で消耗している。ここは持久戦を目指した方が、有利。


「アルフレッド将軍、敵軍による魔力攻撃ですっ!!」


「全軍、塹壕ざんごうに退避! 敵の攻撃が限界に来たところで、こちらからも反撃だ」


 クニカズは、このロダン高原が帝都最終防衛ラインと位置付けていた。よって、こちら側の陣地には塹壕が掘られて用意されている。


 クニカズ曰く


「航空魔導士の攻撃がない状況なら、塹壕は簡易で最も優秀な守備方法のひとつだ。敵の砲撃や魔力攻撃では、塹壕を突破することはできなくなる。持久戦を目指す場合は最も有効な手段だ」


 たしかに、塹壕に潜れば、よほど正確な攻撃以外はほとんどダメージがなくなる。

 逆に、塹壕に潜っていない敵軍はいつか疲弊し、攻撃がストップする。そうなれば、こちらの反撃チャンスだ。身を隠すことができない敵は格好の攻撃の的になる。


 ※


 敵の攻撃がこちらの陣地を襲う。だが、クニカズが用意した塹壕に潜ることでほとんど被害は発生しない。敵の物資や体力をただ消耗させるだけだ。


「将軍、敵の攻撃が止みました」


「よし、反撃だ。撃ち方始めっ」


 今度はこちらの反撃だ。敵はこちらと違い塹壕を用意できていない。圧倒的な火力が敵の前線を襲う。


「敵が後退していきます」


「やはり、指揮官はネールか。決断が恐ろしく早い」

 下手な指揮官なら、前線を維持することに固執し、もっと被害がでるだろう。ネールは、最初の一斉砲撃が無意味だったことをすぐに理解し、一度作戦を練り直すつもりか。だが、こちらの塹壕は強固だ。有利はゆるがない。


「追撃はするな。なにかの罠かもしれない。もし敵が二手に分かれたら、こちらは前方の敵を食い破る。案ずるな。各個撃破できる」


 もちろん、ネールならそんな愚策は取らないだろう。どうやって、こちらの強固な塹壕を破るつもりだろうか。力づくで無理やり突破でもしようものなら、幾重にも作られた塹壕の中から弓や魔力、砲弾の雨が降り甚大な被害が生まれる。


 数をできる限り減らし、敵が消耗したら一気に塹壕から出て決着をつける。これがこちらの基本戦術だ。


 ※


「ネール将軍、敵にほとんど被害がありませんっ」


「うむ、こちらの予想以上に強固な防御陣地を敵が持っているようだな。塹壕戦術か。クニカズも恐ろしいが、アルフレッドもまた若き才能だ」


「いかがいたしますか」


「若き2人の天才に老兵が挑むか。神は、わしの人生の終わりに素晴らしい舞台を用意してくれたようだな。よろしい。一度、敵の射程外に後退する。敵は守備陣を維持するために追ってはこない。後退し戦線を立て直し、新しい戦術を試そうじゃないか」


「新戦術?」


「そう、浸透戦術だ!!」


 ※


「アルフレッド将軍、敵がこちらの塹壕に散発的な攻撃を仕掛けてきます。少数の兵力が、分散して塹壕に近づき、反撃されると撤退を繰り返しています」


「なんだと!?」


 何かの陽動か。しかし、策がなければいたずらに兵を消耗するような作戦だ。裏に何かあると考えた方がいいだろう。奇襲攻撃……


 まさか……


「東端の塹壕に連絡しろ」


「ダメです、連絡がありませんっ」


「くそっ、やられたか」


「何が起きたのですか?」


「おそらく、奴らは対塹壕戦術を使ったんだろう」


「対塹壕戦術?」


「ああ、先ほどの集中砲火もその布石だ。敵は奇襲攻撃を使って、こちらの防御が弱い場所を探っていたんだ。守備力が厚い場所を迂回して、薄い場所を攻める。その薄い場所を洗い出したら、少数の精鋭部隊が、支援火力の援護を受けて、防御の薄い場所を攻めて、制圧するんだ。精鋭部隊には少数の魔導士を加えておき、塹壕に接近したところで爆発魔力を使えば……」


「塹壕が制圧可能だと……?」


「現に東側の塹壕の一部が連絡を絶っているなら、その可能性が高い」


「いかがいたしますか……」


「……くっ」

 俺は決断を迫られる。


 ※


「ネール閣下。敵の右翼側の塹壕の制圧を確認。我らの勝利です」


「うむ、だがこれは局地戦にすぎん。制圧した塹壕に兵力を送り込み、こちらの陣地として活用しろ。決して油断するな。取り返されては意味がない」


「はい!」


 我ながら非人道的な作戦だ。やっていることは人命を数字としかみないようなことだ。突撃を命じられた兵はほとんど死を意味する。だが、塹壕を制圧できれば、それを上回る戦術的な意味を作り出せる。彼らの若き英雄の死を無駄にしない。


 アルフレッドは名将と聞いている。航空戦力を使うか、塹壕を捨てて決戦か。どちらかの選択を迫られているだろう。この浸透戦術を使えば、敵が狙う持久戦は難しくなる。


 巣穴からでなくてはいけなくなってきたはずじゃぞ、若造?


 決断を迫り、決戦になれば、勝てる。倍の人生を歩んできた軍人の覚悟を見せてやろう。

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