第117話モード:アイギス

―ゴールデンホーク隊長視点―


 どうした。こちらはクニカズを倒したはずだ。だが、クニカズの体は落下しない。彼の体から上がっていたはずの黒煙は徐々に薄くなっていく。あれを耐えることができるはずがない。英雄が持つ強力な魔力障壁は制圧したはず。あのガードがなければ、最高の魔導士でも無事でいられるはずがない。


「そういうことかよ、ターニャ……」

 今度はクニカズ本人の声が聞こえた。黒煙は晴れる。


『白髪っ!?」

 先ほどまでは美しい黒髪だったクニカズの髪は、真っ白に変わっていた。周囲には体から放出された魔力のオーラがまとわれている。さらに、さきほど打ち破ったはずの防御壁は復活し、銀色に染まっていた。


 それはまるで……

 神話世界で語り継がれている女神の持つ聖なる楯のように美しく輝いている。

 あらゆる邪悪な存在を打ち払う神の楯。主神ゼウスが愛娘のアテネに与えた最強の楯を模した銀色の魔道具がクニカズの周辺を高速で飛び交っている。まるで神を守る楯のように。


「うろたえるな。攻略法は同じだ。遠距離攻撃はじめっ!!」


 部下たちは再び攻撃を始める。しかし……


 クニカズは攻撃を確認すると、無詠唱かつ速やかに魔力を解き放ち迎撃する。

 7発の魔力攻撃は、瞬時にクニカズから放たれた攻撃によって相殺された。


「反応が早すぎる!!」


 人間とは思えない処理速度だった。まるで、何も考えていないように、本能的に反撃を開始するような圧倒的な処理速度。


 先ほどまでのクニカズは、まだ理解できる範囲だった。強力な障壁を作ることはできても、情報処理能力は人間の域にとどまっていたはずだ。だが、今のクニカズは……


 思考すら不要なほどの速度で、人知を超えるレベルの魔力制御を可能としている。先ほどの女の声で聞こえた「モード:アイギス」とは一体……


 こちらの近接戦闘担当の3名が連携してクニカズに近づいた。だが、彼らの刃は簡単にかわされる。クニカズは3人の周囲をぐるりと移動した。


「嘘だろ」


「まさか」


「やられたのか?」


 3人はぼう然としながらクニカズに反撃することすらできずに爆散した。あの完璧な布陣が一瞬で崩壊した。指揮官であるはずの自分が一番驚いていた。グレア帝国最強部隊の一つである我々がなすすべもなく蹂躙される。その恐怖は一瞬だった。なぜなら、次の瞬間にはクニカズの攻撃が我々を襲っていたからだ。


「まさ……」


 我々は一瞬にして魔力の光に包まれた。


 ※


―グレア帝国宰相府―


「アリーナ様、いかがいたしましたか?」

 いきなり苦しみだした私に部下たちは駆け寄る。


「大丈夫よ。でも、最悪の事態ね。覚醒したわ、クニカズが……」


 ※


 俺は敵の攻撃に被弾し、意識を失う。もうダメだろう。助かるはずがない。頼みの綱だったシールドも突破された。全身が痛みと熱さに包まれていた。日本では凍えて、こちらでは焼死か。ずいぶんと両極端な死に方だな。


 だけど、あの時とは違う。日本で死にそうになっていた時は、「人生をやりなおしてぇなぁ」と考えていた。仕事を辞めて、いや辞める前から、一番大事なものを失った後から俺は後悔の連続だった。


 自分の無力感に包まれながら、消極的な自殺をしようとしていたんだと今ではわかっている。でも、当時はそれしかわかっていなかった。何も考えることができなかった。


 こっちの世界に来てからは、ずっと俺は必要とされてきた。俺は必要とされた人たちのために頑張ることができた。だから、ここまで来ることができた。


 この世界で作った親友や婚約者のことを俺は否定したくない。一緒に頑張ってくれた妖精のこともだ。だから、俺はここでは人生をやり直したいなんて思わない。


 願うのはひとつだけだ。


 もう少し時間が欲しい。やり直したいなんて思わない。せめて、もっとみんなと話せる時間が欲しかった。皆を守るために、血塗られた両手になった自分が言う資格なんてないのはわかっている。俺が倒してきた兵士たちにだって、家族や友達、恋人はいたはずだ。俺の今は、そんな悲しみの上に立っている。


 この世界で圧倒的な力を獲得した俺は、この悲劇の連鎖をとめなくちゃいけない。そう思ってずっと走ってきた。だが、それによって犠牲になった人間たちから見れば自分勝手な考えだろうな。


「(ごめん、アルフレッド、リーニャ、ウイリー……お前たちとはもう一度酒を飲みたかった)」


 俺は後悔をにじませながらも、幸せな気分で第二の死を迎えようとしていた。


『その願い、私が叶えてあげましょう……』


 死へと向かいつつある俺に妖精はあの時と同じ言葉を発した。

 そして、続ける、とても悲しそうな声で。


世界記憶装置アーカーシャシステム、セーフティ解除……』


 その言葉が発せられた瞬間、俺の意識は別の世界にワープする。


 ※


 次の瞬間、俺は目を開けると女性の部屋にいた。ピンクを基調とした可愛らしい部屋。クマのぬいぐるみや化粧品がある。異世界ではなく、現代日本の部屋だ。


 なんでここにいるんだよ。走馬灯ってやつか……

 ここは思い出したくなかった場所だ。最高の思い出と最悪のトラウマが両立した場所。


「久しぶりだね、センパイ?」

 懐かしい声が俺を呼んだ。

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