第112話ポール陣営の崩壊&クニカズの私生活について

「くそっ。逃亡兵が止まらない」

 すでに帝都がクーデター軍によって陥落し、クニカズと女帝の婚約が発表されたことによってこちらは政治的な敗北を喫した。


 クニカズ陣営によって賊軍とみなされた我が軍勢は、前面にグレア帝国軍。後方にクーデター軍という最悪の状況に陥っている。こうなってしまえば、兵士たちはこちらに従う必要はないと言って逃亡しクニカズ陣営に合流している。


 さらに、息子のラドクリフは……

 クニカズに敗れて火あぶりにされたようだ。苦しみながら死んだ息子のことを思うと胸が張り裂けそうになる。


 こんな状況だ。誰が裏切り者かもわからない。精神的に限界が近づいている。幕僚たちもお互いをお互いに監視しているような状況だ。


「ポール将軍。ブランソン参謀が怪しい動きを見せています。おそらく、我々を裏切ったクニカズ陣営のスパイかと」


「それは本当か。アリスト少将?」


「はい、間違いありません」


「すぐにブランソンを逮捕しろ。即刻処刑してかまわない」


 ブランソンはその夜に魔力で処刑された。


 ※


 翌日、アリスト少将はまた俺に告げる。


「将軍、大変です。マウリ師団長が怪しい動きをしています。もしかすると軍団ごと寝返りを考えているのかもしれません」


「処刑だ。すぐに殺せ。指揮権は俺が執る」


「かしこまりました」


 どうして、皆、俺を裏切るんだ。


 ※


「ポール将軍、大変です。首都のクニカズ軍が動き始めました。こちらに向かってきます」


「……ああ」


「いかがいたしますか」


「少し黙ってくれ、アリスト少将」


「しかし……」


「そうか、そういうことか。さては、お前も裏切るんだな。クニカズがこちらに来るなんて嘘だろう? そうか、お前がスパイならすべて納得できる。アリスト少将、お前を裏切り者として処刑する」


「何をおっしゃっているんですか?」


「詳細は昨夜、ムーラン将軍から聞いている。お前は私に同僚たちのあらぬ疑いを吹き込み、集団のまとまりを阻害した。死を持って償え」


「お待ちくださいっ」


「ならん。これ以上言い訳を重ねるなら斬るっ」


「ちぃ」


 私が剣を抜くとアリスト少将も抵抗しつばぜり合いとなる。アリスト少将の剣は宙を舞った。


「やはり、お前はスパイか。死を持って償え」


「誰か、ポール閣下が乱心した。助けてくれっ」


「問答無用」


「くそっ!!」


 短刀を取り出して、苦し紛れの抵抗を見せる。


「うおおおおおおお」

 こちらの剣がアリストに届いた。アリストは何度かけいれんし動かなくなった。


「はぁはぁ、スパイめっ」


「閣下、大丈夫ですか?」


「ああ、問題ない」


「しかし……」


「なんだ?」


「短刀が脇腹に……」


 部下にそう指摘されると、俺は左わき腹に痛みと熱を感じた。

 少将の短刀が、私の腹を貫いている。


「こんな死に方、認めない……」

 その言葉をトリガーにして私はゆっくりと意識を失っていった。

 

 ※



『大ヴォルフスブルク帝国史』214巻列伝1「クニカズ・フォン・ヴォルフスブルク」より引用


――――


 ヴォルフスブルクの三英雄のひとりであるクニカズ将軍の私生活には謎が多い。同年代の人間の記述によれば、彼はかなり異性に好かれていたらしい。そもそも、当代最高の魔導士であり、ヴォルフスブルク軍始まって以来の昇格スピード記録を持つ彼のステータスに惹かれる女性は多いはずだ。しかし、彼はそこまで社交界には興味がなく仲間内で酒を飲む方が好きだったらしい。


 それについては、彼の親友だったアルフレッド・クリスタ両将軍が回顧録に記述を残している。

 ここではアルフレッド将軍の手記を引用する。


『クニカズにとっては、職務を終えた後、パーティーなどの華やかな場所に出るよりも、数人の仲間たちと静かにウィスキーを飲むことを好んでいた。おそらく、クニカズを知らない人間は、彼は豪快に強い酒を飲みほしていたと思っているだろうが、実はそうではない。彼は非常に紳士的な酒飲みだ。少量のウィスキーを時間をかけながらゆっくりと飲むことを好む。いつもはどちらかと言えば雄弁な方のクニカズだが、酒を飲むと逆に静かになる。ゆっくりグレア産ウィスキーを寡黙に傾けるクニカズは、もしかするとあの時間に世界の軍事史を変えてしまうアイディアについて考えていたのかもしれない。彼はウィスキーを飲んでいると、まるで創作をしている小説家のような表情になっていた』


 記録に残っている限り、彼が社交パーティーに参加したのは外交上の必要に迫られた場合の時が多かった。ある程度儀礼上のダンスを踊ると、すぐに人々の輪からは外れて大好きなウィスキーを傾けていることの方が多かったと言われている。


 ただし、その行動の真意は、のちの婚約者となる女帝のことを考えての紳士的な対応ではないかと考える学者も多く、実際いくつもの作品に描かれているように素性のよくわからない救国の英雄と、女帝の秘密の恋は二人が出会った当初から始まっていた可能性がある。それを表に出さずに、大事な人を傷つけないためには、彼の静かな楽しみは必要なものだったのかもしれない。


 また、俗説はではあるが、クニカズ陣営の中心人物だったリーニャ将軍も彼に好意を向けていたとする説がある……

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