第111話結婚?

「我々は選ばれた一族なんだ。お前なんかと違ってな。いいか、国と言う者は選ばれた者が治めないといけないんだよ。それはお前でも皇帝でもない。お前たちはただ座っていればよかったんだ。そうすれば、こんなことにはならなかった。お前たちは父上がグレアを倒した後で裁かれる」


 盲目的な親への信頼を見せる中尉に俺は憐れみすら覚えていた。いや、ある意味ではこいつは昔の俺なのかもしれない。親の金に頼ってすべてから逃げていた俺と、生まれた家にすがる中尉が重なる。だが、俺はこいつを超えていかなければいけない。これは、過去への決別だ。


「そうか。だが、お前の父親の判断ミスが将兵数万の犠牲を生んだ。民が自分の家や財産を焼かれた。お前たちの間違った特権主義が国家に大損失を与えたんだ。恥を知れ」


「なっ……」


「そもそも、今回の件は己の出世欲に駆られたお前の父が暴走したことによるものだ。自分の出世欲によって道をたがえたゆがんだエリート意識。それがすべての失敗だ。お前たちは特権意識の重さによって自分から潰れたんだよ。武門の名門のひとつは近々、断絶する」


「うるさい、うるさいっ!! 減らず口を。こうなったらすべて灰にしてやる。そうなれば、この国は終わりだ」


 中尉は魔力を解き放とうとした。だが、それはいくらなんでも遅すぎる。今の会話も挑発しつつ時間を稼ぐためのものだ。すでにターニャが制御してくれている魔力が中尉の後方に回り込んでいた。そちらが、魔力を込められた敵の右手に襲いかかる。


「うわっ」


 勝敗は一瞬だった。魔力は中尉の肩を直撃しため込んでいた自分の魔力と共に暴発。皇帝の部屋を火の海にしようとしていた魔力によって、中尉自ら火だるまになってしまう。


「やめろ、助けろ、誰かっ……」


 こんな状況になってしまえば助かるわけがない。俺は部下に消火を命じて、ウイリーの部屋に突入する。


「ウイリー、無事かっ!!」

 部屋の中にはベッドから窓を見ている女帝と数人の侍女だけがいた。どうやら敵はいないらしい。

 俺の声を聴いて彼女は少しだけビックリしたように笑う。


「来てくれたのですね、クニカズ」


「遅くなりました。皇帝陛下」


「よかった。私が負傷しここに幽閉されているうちに大変なことになってしまいました。あなたが行動を起こさなかったらどうなっていたか。考えるだけでもぞっとします」


「……」


「そして、私はあなたに一つだけ頼みがあります」


「なんですか?」


「クニカズ、私と結婚をしてくださいませんか?」


 ※


 その言葉を聞いた瞬間、世界が硬直した。


「何を言っているんだ?」

 俺は辛うじてその言葉を返すのが精いっぱいだった。


「驚くのは当たり前だと思います。しかし、あなたがやったことはクーデターに間違いない。それも敵軍が首都に迫っている状況で、です。普通に考えれば亡国への道を突き進んでいるでしょう。私が旧宰相派との権力闘争から暗殺未遂が起き幽閉されてしまう。実権を握ったポールは外交の選択を誤り大国との全面戦争に突入した挙句に、首都付近まで敵が迫っている。さらに、そこへ来てのクーデターです。いくらあなたが首謀者でも間違いなく兵は動揺する。さらに、敵軍から見ても軍事力で政権をもぎとったクニカズのような不忠の者を排除するという口実を与えることになる」


「そうですね。いくらウイリーが前に出てきても、傀儡政権のそしりは免れない」


「そうです。だからこそ、物語が必要なのです。皆を納得させるためのストーリーが……私はそれには結婚が必要不可欠だと思います」


「なぜですか!? そんなことをしたら俺は力を背景に無理やりウイリーと結婚した最低の男じゃないか!」


「わかりませんか? 私とあなたはすでに噂になっているのです。王宮でも、あなたは私と面会ができる異例の存在だった。実際、何度も密室で二人きりで会っているじゃないですか。身分差を超えた愛。それはある意味で、人を引き付ける噂になる」


「……っ」


「すでに、あなたがある程度の証拠はつかんでくれているのでしょう? なら簡単に民衆をひきつける噂は作れます。あなたは愛する人を助け、私が愛する国を守るために売国奴を排除した。そういうストーリーは簡単に出来上がります。そして、皆はそれを信じてしまうでしょう」


「ウイリーはそれでいいのか、俺なんかで?」


「私は国家と結婚しました。それが答えです」


「……」

 彼女の答えに俺は思わず圧倒されてしまう。自分の幸せなどよりも、国家の存続と繁栄を優先させる。俺よりも年下のはずだが、その気迫はまるで王者の風格すら感じられる。


「わかった。よろしく頼む」

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