第108話クーデター

「つまり、お前とは別の存在である神のような存在が、グレア帝国に肩入れしているってことだな。アリーナに妖精の加護を与えたのは、そいつで……お前とそいつは対立しているのか。でも、なぜだ。なぜ、アカシックレコード同士で対立するんだ」


「アカシックレコードとは言わば、集合意識の塊だ。一つに見える存在でも、別々の目的があるんだよ。僕はキミをこの世界に呼び寄せて、この先の未来にある閉塞を打破しようと思っている。僕の目的は、科学文明でも魔力文明でも発生してしまう世界の停滞を抜け出すことにある。それは嘘じゃない」


「俺は科学文明も魔力文明も両方知っている存在だ。つまり、お前と近い目線に立つことができているってことだよな。だが、お前と対立しているアカシックレコードはそうではない。たぶん、立ち位置は魔力文明側だけにあるってことだよな?」


「うん、そうだね。おそらく向こうの考え方は僕と違うよ。向こうはまだ、希望を持っているんだ。この世界にも。僕の考えた案ははっきり言えば劇薬さ。キミというふたつの世界を生きた人間を招き寄せて、強引な変革を迫るやり方だ。もちろん、反発も多いさ」


「向こうの言い分はこういうことだろう? 世界にはまだいくつも選択肢がある。劇薬に頼らずに、対処できる道を探したい」


「そう。実際、キミは航空魔導士と空母の存在を数百年早くこちらの世界に持ち込んでしまった。キミは強引に時計の針を進めてしまったイレギュラーな存在なんだよ。だから、排除されなくてはいけない。キミを排除できるのは、僕と同等の妖精の加護を受けた存在だけだ。そして、彼女は選ばれた。彼女は時計の針を元に戻そうとしているんだ」


「なんだよ、それ……」


「僕にはキミをこちらの世界に引きずり込んだ責任がある。これはゲームじゃない。死んだら終わりだ。キミの意思を尊重するよ。もし、元の世界に戻りたいなら……」


「そんなことじゃない。俺はそんなことを聞きたいんじゃないんだ。もう戦争は始まってしまった。このままなら死んだ者たちは報われない。グレア帝国が目指しているのは、ヴォルフスブルク誕生以前。つまり、この世界における現状維持だよな? 行きつく先はどうなるんだ」


「数百年後に核戦争、もしくはそれに準ずる大規模戦争になりすべてが灰になる。世界は変わらない」


「なら、そんな腐った世界。変えてやるよ」


「ふふ、楽しみにしているよ。でも、そのためにはこの狂った世界でどう生き残るかだね」

 そう言うと、アカシックレコードは少しずつ消えていった。



―ポール将軍視点―


 グレア帝国の進軍は一向に止まらなかった。こちらとの約束を完全に反故にされた。それだけで死んでしまいそうになるほどの不安になる。このまま敗戦すれば、私はザルツ公国領で虐殺を指揮した戦犯として裁かれるかもしれない。あいつらがヤレと言ったからやっただけなんて言い訳は絶対に通用しない。


 このままではまずい。戦線を立て直すために、各地に激を飛ばした。幸運なことに西方戦線はこう着していた。だが、初動で敗戦を重ねた南方戦線は絶望的な状況だ。すでに壊滅状態に陥った師団まである。


 私は天才のはずだ。戦略の権威だったはずだ。なんとかして、この絶望的な状況を打破しなくてはいけない。さもなければ、首都が陥落し西方戦線も崩壊し敗戦が確定する。さらに、敵の北洋艦隊が海上封鎖に動き出すかもしれないという情報が伝わってきている。


 海上輸送路が遮断されて、北方にでも上陸されてしまえばいっかんのおわりだ。それを危惧していた私の元に朗報であり凶報でもある情報が伝えられた。


「北方管区クニカズ将軍指揮下の部隊が、グレア帝国軍港ブルーストに対し奇襲を敢行し、戦艦8隻を撃破。敵、北洋艦隊壊滅」


 この報告に中央の幕僚たちは歓喜の声をあげて喜び始めた。先日の北方管区空襲に対する迎撃成功に続く大戦果だった。


「さすがはクニカズ将軍だ」

「やはり、救国の英雄は本物だ」

「世界最強のグレア艦隊の40パーセントを撃破。歴史に残る大戦果だ」


 クニカズに対して反感を持っていたはずの部下たちまで勝利に酔っている。


 これで、西方戦線崩壊の心配は格段に減った。朗報のはずだ。だが、嫉妬の炎はひたすら燃え上り続ける。なんで、あいつなんだ。すべてうまくいくのは全部あいつで……俺じゃなくて……


「近衛師団を動かすぞ。指揮は私が執る」


「はっ!?」


「これ以上、クニカズをのさばらせるわけにはいかない。敵がベールに迫っている以上、決戦を挑むしかない! 本来の救国の英雄が誰であるか、はっきりさせなくてはならぬ」


 結果を出せばすべてがうまくいく。私ははっきりとそう宣言した。


 ※


「クニカズっ!! 中央軍が動き始めた。どうやら、グレア帝国との決戦を挑むつもりだ」

 俺は疲れ果てて寝ていたところを叩き起こされる。クリスタが慌てた声で俺の私室に入ってきた。


「なんだと……制空権を失っているのにもかかわらず、首都付近でこちらから仕掛けるだとっ……自殺行為だ。すぐに軍務省につないでくれ」


「ダメだ。すでに中央軍は出発した後で、連絡がつかない」


「北方管区から援軍すら要求しないとはな……まさか、国家の存亡よりも自分のメンツを優先するなんて……」


「南方管区軍の再編成と精鋭の中央軍で戦う腹つもりのようだな。どうする?」


「ここで動けば、完全に軍律違反か」


 俺とクリスタは目を見合わせて、困惑する。あいつらを助けたとしても、それを口実に粛清される運命にある。だが、見捨てれば国は滅ぶ。最悪の選択肢だ。


「クニカズ……お前の本意ではないのはわかるが、もう一つの選択肢があるぞ」


「もう一つの選択肢?」


「ああ、ポールを排除してしまえばいい。あいつらが首都を留守にしている間に、北方管区が蜂起すれば……簡単にクーデターは成立する。そうすれば、お前を首班とする政権が誕生する。国家の救世主としての名声と今までの実績を考えれば、間違いなく大多数はお前を支持してくれる。ポールの軍からも離反者が出るだろう。迅速に首都を抑えてしまえば、正当性はお前にある」


「だが……」


「ああ、俺の言う正当性とは法律のことじゃない。民意や信頼関係に従うそれだよ」


「そんなことをすれば最悪の前例になるかもしれないだろ」

 実際にそうだ。個人の人気やカリスマ性によって法律の範囲外で政権を獲得した後、うまくいった試しはほとんどない。ヒトラーのカリスマ性によって誕生したナチス政権は最終的にドイツの分裂を生んだ。ナポレオンの破滅だってそうだ。カエサルも最期は凶刃に倒れた。


「ああ、そうだな。だが、ここで戦争に敗北することとどちらが最善かは、火を見るよりも明らかだ。証拠こそないが、ポールはテロの首謀者の一人だぞ。あいつらの方が正当性はない。この帝国を作ったのはお前の構想だろ。なら、やはりお前が責任を取る必要がある。今の一地方軍司令官ではなく、全軍の指導者としてだ。皇帝陛下もアルフレッドも療養中の状態では、責任を取れるのはお前しかいない。もう残された時間は少ないぞ。ポール軍が負ければ、帝国は事実上空中分解する。ヴォルフスブルク全土で最悪の内戦にだってなり兼ねない」


「……」


「頼む、決断をしてくれ、クニカズっ!!」

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