第107話衝撃
―グレア帝国宰相府―
「なるほど報告ありがとう」
「それだけですか……」
「いや、驚いているよ。陛下はショックで何もできなくなっているだろう。だからこそ、帝国ナンバー2の僕はしっかりしているように見せなくてはいけないんだ。これが人の上に立つ者の苦しみだね。悪いが対処策を考えたい。人払いを頼む」
「はっ」
そして、僕はアリーナと二人だけになった。とりあえず、空になったグラスにウィスキーを注いだ。一口でストレートウィスキーを飲み干す。
「ずいぶん荒れているわね、宰相閣下?」
「荒れるなと言う方が無理があるだろう。わずか1日で帝国海軍の総戦力の40パーセントを喪失したわけだ。まさか、クニカズがこんな切り札を隠しているとは思わなかった」
「あなたがそこまで裏を突かれるとは? やっぱり、異世界から来た英雄は違うのね?」
「おそらく、対グレアのためにここまで隠していたんだろう。使おうと思えば、もっと早く使えたわけだ。だが、ギリギリまで存在を秘匿していた。あの魔導士たちの母艦も単なる巡洋艦だと見せかけていた。お前がスパイとして潜入してもわからなかったということは、担当者にすら秘匿されていたんだ。徹底的な情報管理。まさか、ここまで考えているとは……」
「ええ、そうね。おそらくこの運用方法を知っていたのは、女王とクニカズ、あとはアルフレッドくらいだったのでしょうね」
「だが、僕たちの有利性は変わらない。クニカズは北方管区の指揮権しかない。だから、今のうちに首都を攻略してしまえばいいのだ。首都には療養中の国家元首がいる。彼女を奪ってしまえばこちらのものだ。いくらクニカズでも指揮権がなければどうすることもできない」
「そうね」
「アリーナ、お前の部隊も前線に投入するぞ。妖精の加護を存分に活用してくれ」
「ベールを陥落させて一気に勝負を決めるつもり?」
「ああ、クニカズやアルフレッドではなくポールが指揮官のうちに、すべてを終わらせる。敵の首都であるベールに対して総攻撃を仕掛ける」
※
俺たちは、目的を達成してすぐに引き返す。対空砲火で撃ち落とされた部下はいなかったようだ。
母艦である巡洋艦・ベールは、帰投のために魔力による通信で現状の位置を教えてくれた。これは傍受されないために、暗号化されている。通信技術の暗号化は重要だ。ミッドウェー海戦で日本が大敗したのも、ロシアのウクライナ侵攻で高級指揮官が続々と戦死しているのは、通信が駄々洩れだったことに由来する。
暗号は定期的に入れ替えして、パターン化しないように厳命してある。仮に母艦が沈めば、俺の部下たちは海上に不時着を余儀なくされる。そうすれば、多くの精鋭を失うことになる。航空戦力は専門職であるため、育成が難しい。精鋭を失えば、その後継者を育成することができずにずるずると敗戦まで突き進むことになりかねない。
全員が無事にベールに帰還した。ベールは最大船速で帰投する。
「皆、作戦ご苦労。祝杯は陸に上がってからだ。とりあえず、仮眠を取ろう」
俺はそう言って、部下たちに休養を命じた。さすがに、長距離の空中移動からの人類史上初めての航空戦力による対艦戦だ。母艦に帰投した後の部下たちの疲労具合は明らかだった。
俺もすぐに個室に帰り、ベッドに潜り眠りについた。
※
「やぁ、久しぶり。すごかったじゃないか。なるほど、空母機動部隊を参考にした航空戦力の海上利用。とても勉強になったよ。情報の秘匿もうまかったね。海軍大国グレア帝国の海上戦力を1日にして40パーセントを喪失させる。なかなか、できることではない。この世界における軍事史の数ページはキミの功績で埋め尽くされるだろう」
アカシックレコードの空間に俺はいた。玉座にはあのうさんくさい40代に見える男が笑っていた。
「そりゃあどうも。まさか、ターニャではなく、あなたが一番に祝福してくれるとは思いませんでしたよ」
「なんだい、嫌味か?」
「俺はあまりあなたを信用していません」
「それは、アリーナの件のせいかな?」
「当たり前でしょ。どうして、それをもっと早く俺たちに伝えなかったんですか? そうすれば、こんな事態はさけることができたはずだ」
「そうだね。ぼくもそうしたかった。でも、それができなかったんだよ。おそらく、彼女の件にはもう一人のアカシックレコードが絡んでいるんだと思う」
「もう一人のアカシックレコードだと!?」
「ああ、そうさ。この世界にはいくつもの枝分かれした世界がある。グレア帝国にはその枝分かれしたもう一つのアカシックレコードが関与していると僕は考えている」
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