第106話ブルースト強襲

『海軍戦略史』より引用。


 グレア帝国とヴォルフスブルク帝国との激突は、「大陸戦争」と呼ばれている。

 この戦争は、ヴォルフスブルク帝国の血の建国記念日事件を発端として、旧・ザルツ公国領保護を名目に、グレアがヴォルフスブルクに侵攻することで開戦した。


 初戦におけるグレア帝国の空陸両用作戦は完璧だった。旧・ザルツ公国領を電撃的に制圧し、帝都ベール目前までヴォルフスブルクは追い詰められていた。女王派と前宰相派の内部対立もあって、当時ヴォルフスブルクの主導権を握っていたポール将軍は、有効策を見つけることができずに敗戦を重ねる。グレア首脳部はそのチャンスを活かし、海軍の北洋艦隊を動かし海上封鎖することで勝利を決定づけようとした。


 南方と西方から侵攻したグレア帝国軍は、南方では優位に戦局を進めていたが、西方では苦戦していた。ヴォルフスブルク西方は組織的な守備が功を奏して、戦況の硬直化に成功したのだ。そこでグレア帝国首脳部は、北洋艦隊を動かすことで海上封鎖し、補給路の一部を遮断。あわよくば、グレア帝国北部に上陸し善戦している西方方面軍を包囲してしまうことを目的に行われた北洋艦隊出撃命令は、最悪の結果をもたらした。


 権力闘争の末に北方管区に左遷されていたグレア帝国の英雄・クニカズ中将は自分の持つ権限を活用し、史上初めての奇襲作戦を成功させてしまったのだ。


 巡洋艦を改造し、それを航空魔導士のサポートに特化し母艦として運用する。現在では当たり前の考え方になったが、それはクニカズ将軍の発明である。


 海軍による航空魔導士を使ったアウトレンジ攻撃。鉄の塊である戦艦が1人の魔導士個人に敗れるわけがない。その神話が崩壊したのが、ブルースト軍港強襲作戦だ。


 航空巡洋艦によるサポート能力で魔力を温存することが可能となったことで、戦艦不敗神話は崩壊した。ブルースト軍港に集結していた北洋艦隊主力の戦艦8隻は、5隻が撃沈され、3隻が大破した。さらに、同時に港湾施設が徹底的に破壊されたことで、生き残った艦艇の修理すら難しくなり、ここにおいて、世界最強の艦隊の一つだったグレア帝国の北洋艦隊は壊滅したとされる。


 わずか1隻の航空巡洋艦と48人の航空魔導士が海軍の常識を覆してしまったのだ。


 北洋艦隊司令官のブランソン大将は、ただぼう然と陸上から自分の艦隊が燃えていくのを見ていることしかできなかった。ブランソン大将は強襲作戦が終わろうとしていたところでやっと旗艦・デュプールに乗り込んだが、運悪く直撃弾をくらったことで乗艦は轟沈し戦死した。


 この作戦の結果を聞いたグレア帝国皇帝は、持っていたペンを落として数分間絶句していたとされる。そして、やっと口を開き「本日が建国以来、最悪の1日だ」と述べたとされる。

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