第105話強襲
―9月18日未明 航空巡洋艦・ベール甲板上―
ついに反攻作戦ののろしがあがった。グレアの大規模地上空爆部隊は、こちらの反撃で大損害を負ったはずだ。
俺は自分の権限でできる限りのことをする。まずは、持ちこたえている西方方面軍の援護だ。グレアは西方方面軍の補給路を断つために海上封鎖に乗り出す腹つもりのはず。向こうに潜伏している情報局員たちからの情報では、北部最大の軍港であるブルーストに北洋艦隊主力が集結していると連絡があった。
これを放置すれば戦線が崩壊する。
だからこそ、切り札を投入する。
世界で初めて航空魔導士を支援するために建造された航空巡洋艦・ベールを戦線に投入する。この軍艦は、前世で言うところの空母的な役割を担うために俺主導で建造した。
ただし、航空魔導士は戦闘機と違ってスペースを多くとるものではない。だから、全通甲板や飛行甲板のようなものは不要だ。ベールも普通の軍艦と同じようなシルエットになっている。これによって敵国のスパイたちの目もごまかすことができた。
誰もこの軍艦が航空魔導士運用に特化したものだとは気づいていない。
だが、強力な魔石を積みこむことで可能となった遠距離魔道通信や最も魔力を使う浮上を補佐するカタパルトを備えている。
帰還時に母艦を見失うのが最も危険だが、魔道通信によってそれを防いでいる。現在の常識では、航空魔導士は戦艦を撃破することはできないと言われている。そう以前までの常識ではそうだった。だが、ゲームの常識は簡単に覆る。
航空機では戦艦を沈めることはできない。第二次世界大戦が起きるまでの軍事の常識はそうだった。だが、タラント空襲でイギリスの航空母艦「イラストリアス」から発艦した航空機がイタリア海軍の戦艦3隻を撃破した。その際に発生した損害は、航空機がわずか2機だったとされている。
そして、日本軍のパールハーバー攻撃・マレー沖海戦で戦艦は時代遅れの兵器に変わっていった。
俺はこちらの世界でその軍事革命を起こそうとしている。
すでに甲板には部下がそろっていた。
「諸君、今日、俺たちは革命を起こす。我々は、これよりグレア帝国北洋艦隊の拠点であるブルーストを強襲し、敵艦隊をせん滅する」
時代は少しずつ動き始めていった。
※
俺が率いる奇襲部隊は、低空からブルースト軍港へと侵入した。レーダーと同じく魔力による索敵も水平線によって、範囲は限定される。だから、低空で飛行することで敵の索敵範囲外から目標に近づくことができた。
こちらの目標は、ブルースト軍港に停泊している北洋艦隊主力だ。作戦はほとんどパールハーバー攻撃を参考にした。航空魔導士の海上運用はあえて今まで秘匿していたのもこの作戦を悟られないためだ。航空魔導士を軍艦にのせて、機動艦隊を編成する。
仮に、この世界に空母打撃軍に類する存在が誕生すればそれだけで軍事バランスが崩壊する。俺は圧倒的な海軍力を保有するグレア帝国に対抗するためにそれを狙っていた。
航空魔導士を軍艦にのせて、できる限り軍港に近づく。そして、航空戦力による奇襲で敵艦隊主力を叩く。航空巡洋艦・ベールの装備のおかげで、魔力は節約できる。そして、軍艦に致命傷を与えることができる攻撃が可能になっている。
母艦であるベールは、俺たちを回収するとき以外は、敵の攻撃範囲外に移動する。そうすることで、本当の意味でのアウトレンジ攻撃が可能になるわけだ。
俺の攻撃が戦艦・べアロンに直撃した。戦艦は積んでいた弾薬を誘爆させて大きな爆発を起こす。黒煙を上げながらゆっくりと海中に沈んでいく。
残った艦が対空砲火をまき散らすが、しょせんはむなしい抵抗だ。高速で動く俺たちをとらえることは難しく、逆にこちらは次々と戦艦に致命傷を与えていく。
「戦艦にあらかたダメージを与えたら、次は造船所や弾薬庫を狙え。そうすれば、艦隊の再編は不可能になる」
軍事的には大きな戦果をもたらしたパールハーバー攻撃にも問題点はあった。
例えば、港湾施設への攻撃を優先しなかったせいで、ドックや燃料保管庫は無傷であり、アメリカの太平洋艦隊の再編を可能にしてしまったことだ。
実際、日本軍の奇襲で大破以上の損害を受けたものの後に修理されて、戦列に復帰した戦艦がいくつもある。それも日本軍の攻撃が港湾施設を狙わなかったことによるものが大きい。パールハーバー攻撃の後に、アメリカ太平洋艦隊を率いたニミッツ提督は「日本軍が港湾施設と燃料を狙っていれば、数カ月はアメリカ軍は何もすることができなかっただろう」と述べている。
俺はそれを知っているからこそ、敵の海軍戦力を回復させないようにするつもりだ。
こちらの容赦のない攻撃が続く。
※
「提督、当方の戦艦8隻すべてに直撃弾が……港の入口も、航行不能になった戦艦が道を塞いでおり何もすることができません」
「航空魔導士大隊に救援を頼めないのかっ!」
「到着まで数十分かかるそうです」
「……我々はそれまで、この惨劇を見ていることしかできないのかっ」
「提督、敵の航空魔導士隊にクニカズ中将の反応が……」
「あの悪魔めっ」
提督は肩の勲章を破り捨てて床に投げつける。軍港は黒煙をあげていた。
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