第109話反逆

―ポール将軍視点―


 帝都を出発した我が軍はゆっくりと決戦の地に移動する。

 後方に撤退し再編成をしていた南方方面軍を吸収するためにゆっくり移動する。総兵力はどんどん増えていき6万に膨れ上がる。おそらく、グレア帝国の主力は8万だ。ギリギリ戦える。地の利を生かせば戦えるはずだ。


「将軍、どうか再考慮を。制空権を失っている現状で、敵のテリトリーに侵入するのは危険です。自殺行為です。せめて、ほぼ無傷で強力な空軍力を持つ北方管区に増援要請をしてください」

 参謀のひとりが陣内で大きな声をあげる。


「黙れ。こちらは電撃的に進軍するのだ。向こうは、勝ち戦に気が緩んでいるに決まっている。そこを騎兵中心の部隊で叩く。航空戦力が攻撃に来る前に勝負を決めればいい」


「そんなことはできるわけがありません。そもそも、6万の軍勢では速度が落ちるに決まっています」


「ならば、どうして敵の航空戦力は攻撃してこないのだ? 敵は偵察を怠っているに決まっている」


「おそらく、罠です。王都まで撤退できないようにこちらに深入りさせて叩くつもりなのでしょう。すぐに引き返すべきです。守備用の戦力すら失いかねません。あなたの考えている作戦は、はっきり言えば時代遅れだ。そんなものは航空戦力が生まれる前の過去の産物。いいですか、ポール将軍っ! もうそんな戦場のロマンなんてものは通用しません」


「うるさいっ。誰かこの臆病者をつまみ出せ」


「放せ。やはり、あんたはクニカズ将軍にはるかに劣る。たとえ、どんなにライバル意識を持っていても、あんたの頭じゃあの人の足元にも及ばない。比べることすらもおこがましい。あんたのせいで母国は滅ぶ。無能の将として永遠に歴史に名前を刻め」


「この無礼者がっ、上官になんて口をきくんだ……軍法会議にかけてやる」


 声を荒げると、部下たちは目を伏せていた。誰も私と目を合わせない。くそがっ。


「ポール将軍、大変です。王都から連絡がありました」


「なんだ、どうせ俺に先を越されることを恐れたクニカズが撤兵しろとでも言っているんだろう。読み上げろ。無視してやる」


「よろしいのですか?」


「早くしろっ」


「わかりました。北方管区が武装蜂起し、帝都が陥落しました。クーデターです」


「な、ん、だ、と」


「さらに、ポール将軍。さらに政府は、あなたが持つ権限をすべて停止しました。すぐに撤退し帝都に出頭しろとの命令がっ」


「拒否だ。絶対に出頭などしない。そもそも、何の正当性がある。あのクニカズの命令に」


「それが……」

 伝令から手渡された命令書には続きがあった。それを読み上げると、めまいすら覚えるほどの絶望をおぼえた。震える声で読み上げる。


「クニカズとウィルヘルミナが婚約!?」


 ※


 俺は、クリスタに決断を迫られて目を閉じる。まさか、自分がこんな選択をしなければいけないことになるとは思わなかった。ウイリーやアルフレッドがよき理解者として俺の近くにいてくれたからだ。いや、アルフレッド達だけじゃない。あのテロで亡くなったライツ軍務大臣だってそうだ。


「失礼します」

 リーニャが部屋に入ってきた。クリスタに目配せをしている。もう話が伝わっているということだな。そして、俺の性格を熟知しているふたりなら、クーデターを渋ることも想定済みのはずだ。


 その対策だろう。リーニャの後から、俺の大恩人が後ろからついてきていた。


「久しぶりですね、クニカズ」


「大主教様……」


 この世界で俺を初めて認めてくれて、助けてくれた大主教様が帝都から遠く離れたこの場所に着てくれたのだ。


「時間がありません。単刀直入に話しましょう、クニカズよ。いままで、あなたが我らの祖国に尽くしてくれた献身について深く感謝します。そして、いまあなたが置かれている状況については、臣民として謝罪しなければならないでしょう。我々は、あなたへの感謝を示しているとは言い難い。不義理はこちらにある」


「そんな……大主教様がいらっしゃなければ、俺はどこかで死んでいましたよ」


「本当にお前は、義理堅いな。毎月教会に寄付までしてくれていたんだろう?」

 大主教様はいつもの口調に戻っていた。

 俺が秘密裏に送金していたことをどうやら知っていたようだ。


「気づいていたんですか?」


「ああ。そして、クニカズよ。私からひとつのアドバイスをさせて欲しい。悔いなく生きろ。お前がどんなにこの国に尽くしてくれていたかはみんなが知っている。国は民のためにあるのだ。自分の欲に負けたものが牛耳っているべきではない。人の道に外れた者が誰かよくわかっている。民衆は馬鹿ではない。どちらに正義があるかはよくわかってくれるはずだ」


「……」


「おそらく女王陛下もそれを望んでいる」


 いつもは優しい笑顔の大主教様が、力強く断言したのが印象的だった。


 俺はゆっくりと頷いた。


「クリスタ、リーニャ。お前たちは陸上部隊の指揮を頼む。俺は航空魔導士を率いて先行する」


「それじゃあ……」


「ああ、ヴォルフスブルクを逆賊の手から取り戻す。陛下を奪還し、帝都を解放する」


 俺たちは、挙兵した。

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