第92話鎮圧

 俺はあえて、枝を踏んで物音を立てた。

 見張りの2人組がその音に気付いて、こちらに近づいてきた。俺は少しでも敵の目を欺こうと、フードを被って顔がよく見えないようにしている。さらに、日が沈んだ状態ならよほど近くにいかなければ、顔なんて見えるわけがない。


「おい、誰だ。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ?」

 剣を手に持ちながら、ひとりの男がこちらに向かってくる。もう一人は念のため倉庫の入口で待っているようだ。


 二人同時に無力化する必要があるな。


「すいません。道に迷ってしまって……申し訳ないんですが、道を教えてくださいませんか?」

 俺は顔がよく見えないのは利用して偽装する。ほんの少しだけ見張りの気持ちが緩んだのがわかる。チャンスだ。


 高速魔力が入口前の男を襲う。まさか、自分が先に攻撃されるとは思っていなかった男は何もできずに攻撃をくらい崩れ落ちた。


「おい、お前何をした!!」

 近づいてきた男が慌てて、俺を取り押さえようと向かってきたが同じように攻撃して叩き伏せた。

 最初に中に知らせないように離れた敵を狙った。ピンポイント攻撃で無力化して、近づいてきた男は一撃で倒せば、騒がれるリスクが下がる。


「はぁはぁ、お前はいったい……」


「悪いな、道に迷ったのは嘘だ。これでも関係者でな」

 俺はフードを取ると、相手は絶句する。


「おまえは、クニカズ将軍……ヴォルフスブルクの悪魔、か」


「おいおい、悪魔とはひどいな。でも、関係者なら立ち入りを許してくれるんだろう? ありがたく突入させてもらうよ」


 なんとか立ち上がって大声を出そうとしている男に、俺は追い打ちをかけて攻撃する。腹に直撃した俺の攻撃は、短い悲鳴と共に男を無力化した。


「しかし、一撃で倒すつもりだったのに、耐えるとはな」

 やはり、こちらが戦闘要員だったんだろう。入口付近の男は一撃で倒れて意識を失っている。ちなみに、ふたりともまだ知らない情報を持っている可能性がある有力な容疑者だ。だから、殺さないように手加減している。


 倉庫の中に魔力を流し込んで、中にいる敵の数を確認した。5人か。思った以上に少ないが、どんな手練れがいるかわからないからな。


 昔、ドキュメンタリー映画で見た特殊部隊のように、俺は感覚を研ぎ澄ませた。いくつか用意した魔道具で使えそうなものを袋から取り出して手に持った。


 まずは、犯人の視界を妨害するのが突入時のお約束だ。そして、できる限り速やかに無力化する。


 俺は倉庫のドアの前に座り、気を落ち着かせるために一息ついた。


「突入だ」


 ※


 俺は倉庫の前で突入の準備をする。中の敵には気づかれている様子はない。

 よし。すでに外の見張りは制圧している。


 こういう場合は、ドアを蹴破るのが定跡だ。

 いきなり大きな音を立てれば、敵は混乱して足を止める。そこを無慈悲に制圧すればいい。


 俺は魔力を足に込めて、ドアを強打する。鉄の扉は、大きな音をたてて崩壊する。


「な、なんだ!」

 中の男たちは、何が起きたかわからずに驚きながらすっとぼけた声をあげた。俺は即座に、煙幕玉を男たちの近くの床まで投げる。ただの煙幕だが、敵からすれば怪しいガスだ。


「逃げろ、何かの攻撃だ」

「ひぃ」


 煙幕がばらまかれたことで、倉庫の中は大混乱に陥っている。この倉庫には北と南、2つの出口がある。俺は北側の出口から入ってきた。だから、大混乱に陥っている敵は南の出口に殺到するはずだ。魔力の流れを読みながら、南の出口から逃げようとする敵を丁寧に魔力で狙撃していく。


 混乱によって、敵の動きは読みやすく視界を奪われていることもあってなすすべもなくテロリストたちは床に倒れていく。


「逃がすわけがないだろう?」

 ちなみに、もしもの時を考えて南側の出口には部下たちを待たせているんだが……

 その必要もなかったようだな。


 だが、こういう時はひとりだけ凄腕の兵士がいるのがお約束だ。俺の攻撃を冷静にかわして、ひとりの男が俺に突進してくる。


 空中に浮かんだダンボールが迎撃に向かった。しかし、敵は剣を振るい、それを受け止めるとさらにこちらに肉薄する。


 どうやら、相当な手練れらしい。もしかすると、名前がある武将かもな。


 俺はニコライを撃破した魔剣を召喚し、敵の攻撃を受け止めた。

 線が細い青髪の優男が、俺の目の前まで迫っていた。


「その剣、そして、その魔力制御力……クニカズ将軍とお見受けします」


「ああ、そうだ。お前は?」


「名前を名乗るほどの者ではありませんが、いざ尋常に勝負を……」

 相手の背中には空中を飛ぶための魔道具があった。航空魔導士か。おそらく、グレア帝国から派遣された用心棒だろう。それも、エース級だ。


 相手は俺の攻撃をかわすために、魔道具を起動している。

 ならば、こちらも同じ条件で戦わなければならない。


 俺が剣を受け流した後、優男はすごい速度で空に飛翔する。

 俺もそれに続いた……


 ※


 俺たちは、空中での格闘戦に入る。お互いに剣を抜いた。お互いを狙い何度も剣を向け合う。地上での決闘とは違い、空中での剣による戦闘は複雑だ。


 平面ではなく、立体で戦闘が行われることで、剣を避けるための方向は増える。お互いのスピードも地上戦闘よりも格段に速く、加速装置により高まった勢いによって攻撃力は増す。


 ひとつの選択肢のミスが即座に致命傷に繋がる。もしくは、スピードの加減を間違えただけで、一瞬で地上に墜落して命を落とすことになる。


 逆に、スピードが遅すぎると敵の補足されやすくなり、敵の攻撃を避けることができなくなる。

 この駆け引きは独特のバランス感覚を必要として、お互いの航空魔導士としての才能がそのまま勝敗に繋がりやすい。


 そもそも、妖精の加護がある俺と互角に戦える時点で、名も知らない優男に相当な才能があることを意味していた。


「さすがは、世界最強の魔導士ぃ。すさまじい才能だぁ。まさかここまで楽しく戦えるなんて思わなかったぁ」


 優男は顔面を崩して、楽しそうに笑った。その顔はまさに、戦闘マシーンだ。強敵と戦えるだけで人生が満たされるように考えているサイコパスのような顔をしていた。


「楽しいぃ。楽しいぃ。最高のおもちゃが手に入ったよぉ。才能がないやつは、おもちゃにもならないんだよぉ。皆すぐに力尽きて落下するぅ。楽しいぃ。楽しいよぉ。全力を出せるってこんなに楽しいもなんだぁ。知らなかったぜぇ」


 嬉々として剣を振るう相手を見ながら、俺は一種の恐怖すら感じていた。この男は、本当に強い。近距離の格闘戦なら、ニコライ=ローザンブルクを上回るほどの才能を感じられる。


 こんな相手、ゲームには登場しなかったぞ!

 まさか、俺の干渉によって本来、日の目をみることがなかった空中適性ある人間が覚醒したのか。航空魔導士という新しい戦科を作ったことで、ゲームそのものとはまるで違う歴史が生まれたのか……


 そして、その異能は妖精の加護に匹敵するほどの力を持っていることになる。

 

「いいねぇ、いいねぇ。壊れないおもちゃってさいこうだぜぇ!!」

 この優男は魔力を使う気配はない。ならば、格闘戦特化型ということか。


 小回りを重視して、魔力の出力……つまり、速度を犠牲にしてでも、方向転換や旋回に特化して才能を開花させたのか。狭い分野に特化することで、妖精の加護にも匹敵する才能を持った怪物。


 それが目の前にいる優男の正体だろう。厄介な相手を前に、俺は必死に対処法を考え続ける。

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