第93話接近戦特化

 接近戦に特化した航空戦力というのはかなりわかりやすい。敵の遠距離からの攻撃をかいくぐって、射程内に入ってしまえば勝率がグッと上がるからな。


 1960年代。ミサイル万能論というものがあった。空中戦の勝敗はミサイルの性能で決まり、戦闘機同士が従来のように格闘戦で勝敗を決めることはなくなったから、機銃など余計なものは不要だという考え方だ。当時のミサイル技術の発展はすさまじいものがあった。


 さらに、1958年の台湾空軍と中国空軍の戦闘である。第二次台湾海峡危機とも呼ばれるその緊張状態の中で行われた空戦で、対空ミサイルがその性能を発揮した。数に優る中国空軍の戦闘機を、台湾は対空ミサイルを搭載した戦闘機で迎え撃ち大戦果を挙げた。対空ミサイルの命中率は6割で、台湾空軍はキルレシオ11対2という圧倒的な勝利を収めたのだ。


 この戦闘の経験によって、アメリカもミサイル万能論が主流となり従来の有視界戦闘を軽視する論調が強まった。そして、その結果がベトナム戦争における誤算にもつながった。


 ベトナムの熱帯雨林という環境の下では、精密機械は故障しやすく地形によってミサイルの命中精度が極端に低下し、従来通り機銃を持っていたソ連製戦闘機に苦戦を強いられることになった。


 ミサイルを撃ったらすぐに撤収しないと、機銃を備えて格闘戦に優るソ連製戦闘機のえじきになるからだ。ミサイルの命中精度が思った以上に高くなかったことと、懐に入られたら何もできなくなることを恐れてアメリカも従来通り、機銃を装備させる方針転換を迫られた苦い歴史がある。


 同じことがイギリスでもおこなわれた。ミサイルの発展によって、今後は有人航空機の必要性が低下すると判断したイギリス国防省は、ミサイルを優先して航空機の開発にストップをかけてしまった。その結果、業界の停滞を招いてしまったのだ。


 遠距離ですべてを仕留めることができればそれが最高だが、現実ではそうはいかない。優男のように接近戦に特化するのも合理的な戦略だ。


 現在のヴォルフスブルクの空中戦の基本は魔力による遠距離攻撃の後、数を減らした相手に接近戦を仕掛けて数的有利を確保したうえでせん滅する作戦だ。


 だが、目の前の優男のように接近戦特化型の兵士が多くいるのであれば、考え直す必要もある。どこかに隠れていて、俺たちが近づいてきたら上昇し格闘戦を仕掛けてくる奇襲はかなり脅威だ。


「(センパイ、どうしますか? 相手の人、すごく強いですよ?)」


「大丈夫だ。俺に考えがある」


 次の攻撃が勝敗を分ける。


 ※


 俺は、魔力を解き放ち攻撃を迎え撃つ。接近すれば、攻撃が届くまでに時間が無くなり、避けることが難しくなるからだ。相手の攻撃や動きを制限してしまえば、敵の機動力を削ぐことができる。相手は近接戦最強クラスだが、それは小回りが利く魔力使いだからだ。


 その小回りを奪ってしまえば、こちらの土俵で戦える。むしろ、妖精の加護を受けている俺の方が、その制限された環境では有利だ。


「ちぃ」

 相手は小回りを制限されたことで、自分の窮地を自覚したようだ。


 俺は自分の魔力の攻撃の後に続いて、急接近した。魔剣を振るい、避けることができない状況で正面からぶつかり合う。


 優男も魔剣に対応して、剣を振るった。剣のレベルでは隔絶の開きがある。だが、優男は魔剣の猛攻に対処した。


「ちぃ」

 今度は俺が舌打ちをする。攻撃をしのぎきった相手は逆にこちらにカウンターを仕掛けてくる。今度は俺の方が守りに回った。だが、魔力と魔剣によるアドバンテージで俺は優男の攻撃をしのぎきった。


「楽しいぃ。初めてだ。こんなに壊れないおもちゃに出会えたのは……」


「勝負がつかないな、これは……」

 俺は絶望する。だが、魔力キャパシティーの観点から考えれば、持久戦はこちらが有利だ。向こうのほうの魔力の方が先に底をつく。ならば、挑発して持久戦に持ち込むことを考えればいい。


 不意打ちの近距離戦以外なら、接近戦でも互角に戦えるのは今の戦闘でもよくわかった。


「おい、どうした? 優男!! まだ勝負は終わってない。そうだろう?」

 俺はわかりやすく目の前の男を挑発する。

 こうすればすぐに飛びついてくると踏んでいたわけだが……


「ああ、楽しかったぜぇ」


 男は戦意を失ったように笑った。

 こいつどう見ても戦闘狂なのに……


「おいおい、ヴォルフスブルクの英雄様がそんな露骨な挑発しても仕方がないぜ。どう考えてもこのまま戦い続ければこちらが不利だ。魔道具の性能も、おそらく魔力キャパシティーも段違いなんだからな。だが、良いデータが取れたぜ。接近戦なら、世界最強の男とも互角に戦える。それがわかっただけでも、収穫があった」


「だが、距離を取れば、俺の遠距離攻撃で一撃で潰すぞ」


「おいおい、うちの宰相閣下が脱出路を用意しないなんてバカなことはしないだろう? せっかく貴重な戦闘データが手に入ったんだ。ここであんたに追撃されるんじゃ割に合わない」

 そう言って男は懐から転移結晶を取り出す。おいおい、どんだけ資金があるんだよ、グレア帝国は……


「では、また戦場で! 英雄様!」

 優男は笑いながら消えていった。

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