第88話賢者の石

「クニカズ君? キミは賢者の石を知っているかい?」


「賢者の石。たしか、錬金術における卑金属を貴金属に変えることができる伝説のアイテム」


「そう、正解。他にも人間を不老不死にできたりいろんなことができるんだよ。まぁ、でもキミたちの世界ではあくまで伝説だったけどね。でも、僕は科学文明に絶望していたんだよ。科学が極まれば極まるほど人間は絶滅の危機に瀕することになる。僕から見れば、そんな不合理なことはないだろう。科学ではなく、魔力が発達した世界になれば、結論は変わるかもしれない。だからこそ、本物の賢者の石を人間に与えることにした。キミがもといた世界では、プロメテウスの火を与えたことになっているはずだけど、こちらの世界では賢者の石を与えてあげたんだ」


「そして、科学文明ではなく、魔力が発達した世界ができたんだな」


「うん、正解。でもね、僕は基本的にはあまり介入をしない主義なんだ。だから、魔力を発達させた歴史をあとは眺めるだけのつもりだった」


「……」


「だけど、魔力文明は科学文明と同じ結論に達してしまったんだよ。魔力は、ほとんど科学と同じものになってしまったんだ。魔力世界は発展すると、巨大な魔力炉を作り出して無限のエネルギーを作り出した。科学とは違って環境すら破壊しない完璧なものが誕生したと思ったよ。でも、そこまでだった。技術の発展が限界に達すると、彼らは傲慢化して魔力炉を悪用していった。神の摂理すらゆがめた冒涜によって自分たちから滅亡への道を駆け抜けていったよ。つまり、このままでは同じ結論に達する。科学も魔力もただ、滅ぶために強くなっているだけなんだよ。それが人間という種の限界なのかもしれない」


 その発言を聞いて少しだけ不信感を持つ。


「そう、イライラしないでくれ。失言だったとは認めるよ。僕はキミにお願いがあるんだ」


「願い?」


「ああ、キミの知性や優しさを見込んだからこそ、ターニャという賢者の石を授けた。キミは史上二人目の賢者の石の保有者なんだよ」


「ターニャが賢者の石?」


「そうさ。そうでなければ、キミの莫大な魔力を維持できないだろう。それに彼女にとっても君にとっても、再会は喜ばしいことだろうしね。いや、まだ意味は分からなくていいんだ」


「俺は何をすればいい?」


「この世界を宿命から救って欲しい。破滅へと向かう運命からどうにかしてね。キミは僕と唯一価値観を共有できる人間なんだ。科学も魔力も知っているのだから」


 そう言って神は光に包まれていった。


 ※


「おはようございます、センパイ!!」

 目が覚めたら、俺はいつもの異世界に戻っていた。よかった、あのまま日本に戻されていたらどうしようかと思った。


「ああ、おはよう」

 隣ではいつものように彼女が寝ていた。ダンボールの妖精・ターニャが……


 彼女の小柄な体が俺に密着していた。冷静に朝を迎えてしまうと、少しだけ目のやり場に困ってしまう。


「どうしたんですか、センパイ? ずいぶんと初心うぶな反応ですね。昨日の夜のことを思い出しちゃいましたか? かわいいなぁ?」


 目を少しでもそらしたら、肌色な彼女ばかり見えてしまう。


「ばーか。服くらいちゃんと着ておけよ」


「えー、いいじゃないですか。センパイのことを少しでも長く感じていたいんですよ。後輩のワガママ少しくらい聞いてくださいよ」


 そう言って、彼女は頭を俺の左腕に沈めていく。

 柔らかい肌の感覚が、俺を緊張させた。


「ねっ? お願い、せめてもう少しだけ……」

 彼女はいつも以上に俺に甘えていた。俺はその様子を見ながら、ここに戻ってきた安心感を堪能した。


 ※


 そして、俺たちは朝の準備をする。

 夢の話をどこまですればいいのか、俺は悩んでいた。


 そもそも、あれは夢なのか、現実なのかよくわからない。ただし、ターニャから聞いていた世界の説明を俺が脳内補完しただけなのかもしれない。


 朝食のパンとウインナーを食べながら俺は確認する。


「なぁ、ターニャ。この世界に賢者の石ってものはあるのか?」


 賢者の石という言葉に彼女はピクリと反応した。だが、俺には悟られないようにすぐに表情を戻した。


「賢者の石?」


 彼女には、俺の考えていることが伝わるはずだ。だが、さっきからアカシックレコードの言っていた内容をどんなに考えても、彼女に伝わっているような印象はない。つまり、あの夢はアカシックレコードが完全なプロテクトをかけているということか。


「ああ、だってこの世界は錬金術から科学じゃなくて魔力が進化した世界なんだろう? そうなら賢者の石とかを見つけて、本当の意味で魔力が発展したのかなって思ったんだけど?」


 怪しまれないように俺は少しずつ情報を聞き出そうとした。


「そうですね。たしかに、この世界は錬金術師が、賢者の石を手に入れたことから分岐しました。賢者の石……卑金属を金に変えることができたり、不老不死の薬を作り出せる魔法石ですね。それを手に入れた錬金術師ジャービルは、魔力の才能があったことから偶然、水銀から賢者の石の制作に成功したんです。そして、彼はその一生をかけて魔力の体系化に成功して、ジャービル文章という魔力研究書を多数執筆します。これによって、世界に魔力は広まったんです」


「じゃあ、その賢者の石保有者はどうなったんだよ? 普通なら真っ先に不老不死になったんだろう? まだ、どこかで生きているのか?」


「亡くなりましたよ。500年生きて、世界に絶望して……」


「えっ!?」


「彼は、不老不死になって身近な人たちが次々と死んでいくのを見送って心を病んでしまったのです。200年も生きれば、大魔導士は孤独になり迫害されるようになります。彼は死に場所を求めてさまよい、そして、自分を殺す方法を見つけたのです」


「どうやったんだ?」


「賢者の石を破壊してしまったんですよ。そうすれば、自分の命も終わるんですよ。それがかつての世界最高の魔導士の最期です。だから、もう賢者の石は存在しません」


「そうか」

 俺たちはそう言って会話を終わらせた。


 ここで一つだけ疑問がある。第二の賢者の石の保有者である俺は、不老不死なのかどうかだ。

 だが、彼女にそれを聞くこともできなかった。


 彼女が苦しそうに会話をしていたからだ。


 妖精は何かを隠している。

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