第87話 神は不敵に笑う
昼食が終わり、俺は情報局に帰った。
すでに、局員たちがまとめてくれていたレポートが机に積みあがっていた。
だが、それよりも重要なことが分かったようだ。
「局長、緊急の問題です。旧・二公国の地域で怪しい動きがあったようです」
ムーナ大佐が俺にレポートを差し出してくれる。
二公国というのは、ボルミア公国とシュバルツ公国のことだ。あの反乱の後、ヴォルフスブルクに併合された領土であるが、やはり強引な併合だったせいで政情不安定だ。
念のため、情報局員がそちらにも派遣されていて、情報を集めている。その諜報員が何かをつかんだようだ。
『下野した両公国の高官が、何度も会合を開いている。彼らは新政権に対して不満を持っており非常に危険な存在でもある。特に、元軍人たちは最近急に羽振りが良くなっており、なにかしらの資金が流れている可能性が高い。もしかすると、反乱分子に対してグレア側が資金援助をしているのかもしれない』
こんな内容だ。
「どうしますか? 内務省と協力して、すぐに元高官グループを摘発しますか?」
「いや、それはリスクが高すぎる。奴らだってバカじゃないんだ。証拠もないのに、地域の有力者を不法逮捕などしてしまえば、それでこそ民意を損ねる。大反乱でも起きてしまえば、それこそグレアにとっては思うつぼだ。内偵を続けてくれ。情報をもっと集めるんだ」
ある程度、泳がせることも重要だ。反乱を企てているグループに所属しているメンバーの情報も集まるはずだ。いくらなんでも、一朝一夕で大規模な反乱なんて起こせない。時間的な余裕はまだあるはずだ。
「わかりました」
「ただし、情報の共有は必要だな。俺のほうから次官と大臣には伝える。女王陛下にもな。大佐、申し訳ないがわかりやすい報告書を作ってくれ。それができ次第、俺と一緒についてきて上に連絡してくれ」
「私がですか!?」
「ああ、こういう情報は担当者が直接伝えた方が、精度が高い情報を上に伝えられるからな。他の地域の調査官も旧・二公国に派遣しサポート体制を作り上げないとな。人員を増やした方が仕事のクオリティは上がる」
こういう場合に備えて、ある程度余裕がある職員数を確保しておいた。正解だったな。
「ここから忙しくなるぞ。皆よろしく頼む」
※
「以上が、旧・二公国の潜在的なリスクです。情報局としては今後とも継続して調査を続けていきたいと思います」
大佐が、女王陛下・軍務大臣・軍務次官にこちらがつかんだ情報を連絡した。
「ありがとう、ふたりとも……その方針で引き続き調査をお願いします」
「わかりました」
女王陛下は少しだけ心配そうに俺たちの方針を承認した。
「しかし、クニカズ。この情報が分かった以上は、来月の帝国建国記念日の祝賀行事は警備を増やした方がいいかもしれないな」
アルフレッドはそう懸念を伝える。
「そうだな。過激派が行事に紛れこむ可能性もある。ここで何か失態があれば、帝国の団結が揺らぐ危険性もある」
そう言いながら、俺の頭にあったのは「サラエボ事件」だ。
オーストリア皇太子夫妻が、セルビアのテロリストによって暗殺されてしまった事件だ。
さらに、その後の外交交渉における致命的な認識のエラーと大国間の複雑に入り組んだ安全保障協定、一時的には存在していたはずのオーストリアに対する同情心の変化などが絡み合って、破滅的な戦争へと突き進んだ。世界全体で3000万人以上の死傷者を出し、さらに戦後処理のまずさから発生した第二次世界大戦で8000万人の犠牲者を出したことを考えると、この事件の歴史的な重みがよくわかる。
第一次世界大戦では当時の世界人口の2パーセント近く、第二次世界大戦では2.5パーセント以上が失われたのだ。
こちらの世界ではそんな破滅は起こしたくなかった。
仮に、グレアが意図していなくても現地の反乱分子が暴走すればどうなるかはよくわかる。
破滅的な戦争を引き起こすトリガーは、大軍である必要はないのだ。1発の銃声と人間の利己的な欲望があれば事足りる。
おそらく、グレアもこちらも大規模な戦争はまだ望んでいない。準備ができていないからだ。
だが、仮に……
ウイリーが暗殺でもされてしまえば、人々の憎しみは戦争へと向かうだろう。
それだけは避けなくてはいけない。この期間は特に監視には注意が必要だ。
「では、情報局は監視を強化します。内務省とも連携を深めたいと思っています」
「ああ、内務省側にはこちらから伝えておく。今度、幹部で会合を開こう」
破滅回避に向けて、俺たちは動き始めた。
※
いつものように仕事を終えて、妖精と食事をとり眠る。情報局に配属されてからは規則正しい生活になっていた。たまに、ウィスキーを飲むくらいだ。
そして、目が覚めた時……
俺は、宿舎とは別の空間にいた……
地面だけがある空間だ。空ではなく宇宙のような闇が周りにはある。そして、床には壊れた時計のようなものが無造作に捨てられていた。無数に。
「どこだ、ここは……」
目が覚めた時、俺はなぜか立っていた。いや、それだけじゃない。服装も寝ていた時のものではない。
日本で暮らしていた時の部屋着だった。
「やぁ、目が覚めたかね、クニカズ君?」
そこには、40代くらいの男が玉座に座って笑っていた。
「あなたは?」
「そうだね。わかりやすく言えば、神様のようなものかな。キミの大好きなターニャの創造主でもある」
うさんくさい男は笑う。
「どうして、今になって姿を現したんだ?」
「キミには期待しているからね。そして、キミは期待以上のことをしてくれた。だからこそ、ここに呼ばせてもらったんだ」
「意味が分からない」
「クニカズ君? 異世界転生をしたキミならわかってくれるだろう? 世界には無数の選択肢がある。キミが朝食に、米を食べた世界。逆に、パンを食べた世界。そのわずかな違いでも世界は少しずつ変化してしまうんだよ。僕は、その無数に変化していく世界の管理人のようなものさ。近代神秘学では、僕のような存在をアカシックレコードというそうだけどね」
妖精からは、それについては聞かされている。そして、マジックオブアイアン5の世界は、俺が今いる世界をモデルにアカシックレコードの影響を受けたゲームクリエイターが作り出したゲームだってな。
「そこまでしっかり理解してくれるなら嬉しいよ」
「心を読んだのか!?」
「どうだろうね。まず、最初にキミたちの世界が生まれたんだ。でもね、キミたちの世界は科学が発達してしまった。残念なことに……そして、科学は神すら殺して暴走を始めた。いくつもの世界線で選択を誤り核戦争をはじめて滅亡したんだよ、勝手にね。冷戦を無傷で生き残れた世界なんて、ほとんどないんだ。キミたちの世界くらいしかね。もちろん、歴史は簡単に変わってしまう。キミたちの世界では、冷戦と言えばアメリカとソ連だったよね。でもね、それがアメリカと日本、アメリカとドイツ、ドイツと日本、インドと中国。いくつも選択肢があったんだよ。歴史好きなキミならおもしろいだろう?」
「ああ、バタフライエフェクトみたいなものだな」
「うん、そうさ。そして、僕は簡単に世界を滅ぼしてしまう科学世界に絶望したんだ。少しでも選択を誤れば、何も残らない世界なんてなにかおかしいとね。そこで、キミが転生した世界を作ったんだよ」
神は不敵に笑い続ける。
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