第62話
ザルツ公国代表は退場した。完全に予想通りの展開だ。むしろ、ここで残留されて帝国へ合流された方がまずかった。だからこそ、この退場劇は会議参加国に共通の敵を演出できる。最高のパフォーマンスになる。ザルツ公国代表は俺たちの予想とは、反対に作用すると思ったが……
そもそも、他の参加国がヴォルフスブルク側に立ったのもはっきりとした理由がある。
ローザンブルクという大国に対して、1カ国だけで打ち破ったヴォルフスブルク王国軍の精強さが小国にとっては英雄に見えただろう。ローザンブルクのような大陸最強の陸軍国家に打ち勝った実績は、ヴォルフスブルク王国のブランド価値を一気に高めた。
このまま小国は、グレア帝国に飲み込まれて隷属させられるなら、ヴォルフスブルク側に立って一定の影響力を保てるようになったほうがいい。君主の座を失っても、将来の超大国における大貴族の地位は確保できるからな。
今の常に滅亡の危機に瀕している状況と比べたら、天と地だろう。
「それでは議事を続けたいと思います。具体的な国家の方針や、皆様方の身分については配布した資料をお読みください。そちらが、我らが考えている大ヴォルフスブルク憲章の概要です」
「ヴォルフスブルク女王陛下にお聞きしたい」
老紳士が立ち上がった。
「どうぞ、プロイセウム公王陛下」
「国家統合後は我らが保有する軍隊と官僚機構はどうなるのですか」
「基本的にはヴォルフスブルク側に吸収される形となります」
「それはもちろんだが……部下たちの身分保障はどうなる」
「そちらは基本的に現状を維持したいと思います」
「わかりました。それなら安心ですな」
「では、わたくしからもひとつ」
今度は女性が立ち上がった。あの女の人はポール公国の摂政だったか。
「どうぞ」
「まず、我々周辺領邦の間にも経済格差はあります。また、飢饉が発生している国も……幸運なことに我が国はそのような状況にはなっていませんが、合併すれば我らが主君もそのような国の問題解決のために費用を捻出しなくてはいけなくなるのではありませんか」
「そちらについては、ご安心ください。ヴォルフスブルク王国の国庫から拠出します。幸いなことに、ローザンブルクから獲得した賠償金がありますので、そちらを使えば可能だと我々の財務省は算出済みです」
こんな感じでウイリーは反論しながら、現状の問題解決を目指していった。
「それでは、皆様にお聞きします。大ヴォルフスブルク憲章署名に賛成の方はご起立ください」
すべての問題に一定の解決法を示した後、決議に入った。会場の代表が次々と立ち上がっていく。
「ありがとうございます。大ヴォルフスブルク憲章は全会一致で成立しました。よって、ただいまをもって、大ヴォルフスブルク帝国は誕生しました」
新国家は産声をあげた。
※
―グレア帝国―
宰相は執務室でウィスキーを飲みながら報告を待っていた。グラスの中の丸い氷がからりと音を立てている。この時点で、どのような報告が来るかはわかっていた。だから、この待ち時間は答え合わせのようなものだ。
「宰相閣下。さきほど、大ヴォルフスブルク会議が終わったようです」
女スパイはどこからともなく現れる。
「ご苦労。情報源はザルツ公国かい?」
「ご戯れを……すでにわかっているのでしょう?」
「もちろん。キミが直接見てきてくれたのだろう。結果はどうだった?」
「閣下の予想通りでした。大ヴォルフスブルク憲章は圧倒的な多数で可決されて、すぐに発行されました。署名を拒否したのはザルツ公国だけです。これで事実上の大ヴォルフスブルクが200年ぶりに復活しました」
やはりそうなったか。宰相は、つまらなそうにロックグラスを傾けた。ザルツ公国が合流を拒否したが、近い将来軍事的に併合されることは目に見えている。あの公国は、我々から見ても愚の骨頂だ。せいぜい、こちらの軍備が整うまでの時間稼ぎになってもらおう。
そして、こちらはザルツ公国の防波堤が機能している間に、航空魔導士を鍛え上げる。どうせ、フルスペックの技術開示はおこなわれないだろう。隠そうと思えばいくらでも隠せる。
向こうが質を武器にするならこちらは数で勝負しかない。人海戦術。人の命を数字としてだけ考える冷酷な作戦しかとり得ない状況を考えると気が重くなる。しかし、グレア帝国の守護者としてはやらねばなるまい。
「これで国力だけならグレア帝国と並ぶ超大国が誕生か。止められない歴史の流れとはいえ、大変なことになった」
とはいっても、我が陣営はグレア帝国とマッシリア王国、そして、ザルツ公国が陣営に参加している。いくらヴォルフスブルクでもこの3カ国を同時に相手できるとは思えない。ローザンブルクはあくまで中立不可侵条約を締結しているだけなのだからな。
後方の安全を確保しただけで圧倒的な有利に立っているとは言えない。さらに、海軍力にも明確な差がある。どう考えても優位性はこちらに軍配が上がる。
「さあ、ヴォルフスブルクの救国の英雄はどう動いてくるのかな。とても楽しみだ」
今まで自分と同じ水準まで届く者はいないと考えていた天才は不敵に笑う。おそらく、どんなに力強くもて遊んでも壊れることはないおもちゃを見つけた気分だ。この世界に自分に届きうる才能を持った英雄がいる。それにワクワクするのはいけないことだろうか。
冷戦は、はじまったばかりだ。
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