第43話ホームレス、旅行する

『女王陛下だ! 陛下がいらっしゃったぞ!』

 海の街、デルンバーグ。ここはヴォルフスブルク最大の港湾を有する港町だ。

 この時代は陸路で大量の物資を輸送するのも限界があるので、港湾は特に重要な拠点でもある。

 軍艦や砲台は設置されていて、防備を固める要塞でもあるからな。


「もうすぐですよ、クニカズ! あれがデルンバーグです。きれいな街でしょ? 王族専用の別荘もあるから、今日はみんなでそこに泊まりましょう。夜は新鮮なシーフード料理でいいかしら?」


 すごく魅力的な話だ。仕事で来ているとはいえ、やっぱり旅先でのご飯は心が躍るよな。


「はい、とても楽しみです」


「よかったわ。だから、できるだけしっかり仕事をしてね!」


 頑張ってレポートをまとめないとな。仕事をやらなくちゃいけないのは気が重いが、念願の異世界旅行だ。少しくらい楽しんでも罰は当たらないはず。


「クニカズ。私は知事と打ち合わせをした後に、各地に視察に行かなくてはいけません。あなたたちは、港の現地調査に行ってきて。夕方に別荘で合流ね?」


「わかりました、女王陛下!」


「よろしい。では、よろしく頼むわ」


 女王陛下の歓迎式典に参加して俺たちは別れる。

 まずは、港湾施設見学だ。


 ※


「クニカズ中佐、お待ちしておりました。私が、デルンバーグ沿岸要塞司令のクールベ少将です!」

 柔らかい感じの軍人が俺を出迎えてくれる。


『おい、あれが女王陛下の懐刀か?』

『ああ、ニコライ=ローザンブルクを討ち取った怪物だぞ』

『現在、世界最強の魔術師か……』

『戦略級魔術師……』

『ああ、俺は応援でハ―ブルク要塞に行っていたんだが、あの人はあんなに柔らかい顔をしているのに、数百年ぶりに戦略級魔術師同士の決闘に勝利した怪物だぞ』


 なんか、偶像崇拝されている気分だな。


「クニカズ中佐。あなたをお出迎えできて光栄です。この度は、査察ということでお手柔らかにお願いします」


 ん、査察?


『もしかしたら、司令はクビかもな』

『ああ、あんな大物が直々に査察に来ているんだ。きっと何か不備があったんだろうさ』


 なんか勘違いされているよな、これ。


「いや、少将……俺たちは本当に見学で……あっ、そうだ、クリスタ。お土産の酒を閣下にお出ししてくれ!」


「ハイ室長!」

 親友は苦笑いしながら、俺が選んだウィスキーを将軍に渡した。

 この前、ターニャと飲んで美味しかったグレア帝国産ウィスキーだ。

 12年物だから高級品だし、美味しいからいいかなって?


「グレア産、ウィスキーでありますかぁ……」

「お嫌いでしたか?」

「いえ、ウィスキーは大好物であります」


 閣下はなぜか青ざめていた。


『おい、見たか。グレア産のウィスキーだぞ……』

『それも12年物だ』

『きっと中佐はこう言っているんだ。世界最強の海軍大国であるグレア帝国が攻撃してきても、12年以上持ちこたえることができるのか? その覚悟はあるのかって……』

『ひぃ、無茶苦茶だ……』

『やばいぞ、やっぱり天才は恐ろしい』


 ※



 そんなこんなで、俺の視察は続いている。

 今回は、港湾施設がどれくらいの数の船を作ることができるのかやドックでどれだけの修理ができるのか、建造できる最大の船の大きさなどを確認する作業だ。


 これでこちらの海軍力をどれくらい増強できるかがわかる。

 世界最強の海軍国家であるグレア帝国とある程度、戦えるくらいには海軍力は増強しなくてはいけないからな。


 戦争にならないのが一番だが、向こうの国には怪物がいるからな。

 ルパート=オーラリア辺境伯。

 グレア帝国宰相にして、戦略級魔術師。


 前線指揮はあまり得意ではないが、サポートに回れば自軍を最高に強化する。

 さらに、寿命が異常に長いことでも有名だった。

 ゲーム世界ではシナリオ1からシナリオ5まで生きている。


 ゲーム設定では討死しなければ、110歳まで生きる妖怪みたいな武将だ。

 どこの黒衣の宰相だよ。

 やってること、天海と変わらないからな!


 有能な長生きとか敵にしたら恐ろしすぎる人材だよな。

 徳川家康が天下統一をはたしたのも、戦国時代では長寿で健康だったのも大きいと言われているし。


「どうしたましたか、クニカズ中佐……難しいことを考えていらっしゃるのですか?」

 俺が考え事をしていたら、皆が凍りついていた。


『やばいぞ、絶対に何かを考えていた』

『きっと将軍の更迭だ』


「いや、グレア帝国についての戦略を考えていただけですよ」

 俺は場を落ち着かせるために正直に答えた。


『そっちか』

『やはり、彼はローザンブルクだけじゃなくて、グレアも打ち破るつもりだ』

『どれだけ深い戦略を考えているんだ』

『当たり前だろ。俺たちには考えもつかないくらい深い思考を張り巡らせているに決まっている』


「そうですか、ではこちらへ。造船所を見学してください!」


「あっ、その前に少しトイレに行ってきてもいいですか?」


「ああ、はい。どうぞ!」


 そう言って俺は隊列を離れる。

 ひとつの仮説を実証するために。


「おい、いつまであとをつけているんだ? バレバレだぞ?」

 



――――

用語解説


天海


徳川家康の側近として知られており、江戸幕府黎明期に大きな役割を果たした。

足利将軍家の血筋や明智光秀本人という俗説もあるが証拠はない。

江戸の設計にかかわったとされるが、そちらもはっきりとしない。かなり謎の多い人物。

金地院崇伝ともに「黒衣の宰相」と呼ばれる。

生年月日がはっきりしないため、実年齢は不明だが、少なくとも江戸時代に100歳以上だったと考えられている。

フィクションではよく明智光秀説が使われるが、おそらく別人だと考えられている。

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