第42話ホームレス、酒を飲む

 俺はグレア産ウィスキーのコルクを開ける。

 この時代は瓶なんてものはないから、陶器で栓はコルク。歴史を感じるな。


 向こうではニートだがウィスキーは好きでいつも飲んでいた。

 

 俺の時代は、ブランデッドウィスキーとシングルモルトという2つの種類があった。

 ブランデッドとはそのままの意味で、複数の蒸留所が作ったウィスキーを混ぜ合わせて作るものだ。あと味を整えるためにモルト=大麦のウィスキーと、グレーン=トウモロコシや小麦などウィスキーを混ぜる。この製法なら、味は均一になって安価で美味しいウィスキーを作ることができる。


 だが、このブランデッドウィスキーは19世紀前後に完成された技術で、実はこの世界にはまだない発想だ。


 つまり、俺の目の前にあるのは「シングルモルト」ウィスキー。

 現代なら超高級品だぜ!


 シングルモルトとは簡単に言ってしまえば、一つの蒸留所のみで蒸留した大麦だけのウィスキーのことだ。これは製造も大変だし、一つの蒸留所だけのウィスキーしか使わないから大量生産には向かない。必然的に高級になるってわけだ。


 ウィスキーを寝かせるタルの状態や蒸留所の気候などによって味も違うため、個性が出やすいウィスキーになる。


 その蒸留所で特に美味しいというものが出てくるんだよ。

 飲むのが楽しみすぎる。


「センパイは、ストレートですか!! 相変わらずお酒強いですね。ローザンブルク皇帝とも強いカクテルとウォッカ飲み干してましたし」


「あの後は2日酔いがやばかったけどな」


「私は見て大笑いしていましたけどね」


「おいっ!!」


「あっ、このカクテル甘くて美味しいですね。オレンジジュースみたいでいくらでも飲めちゃう」

 本来ならこんな高級品で作るのには、もったいないんだけど喜んで貰えて嬉しいからツッコむのはやめておこう。まあ、こんなことを考えると伝わっちゃうんだけどな。


 俺はすべてをごまかすために、ストレートウィスキーを口に含む。


「うわ、安物とは全然違うな」


 香りはとても豊かで、強い度数なのにしっかり寝かせているからとげとげしさはほとんどない。むしろ、甘い。香りもフルーツや森林みたいな感じだ。


「やっぱり、12年物は違うでしょ? 仲良くなった酒屋のおじさん一押しの品ですよ!」


「うん! こんなうまいウィスキー初めてのんだよ。高かったんだろ?」


「おじさんが私のかわいさのおかげでおまけしてくれたから、大丈夫ですよ。センパイはヴォルフスブルクを代表とする軍人なんですから、しっかり語れるお酒くらい作っておいてくださいね。そうじゃないと、社交界で笑われちゃいますから!」


 こういう風にこいつはいつも俺のことを考えてくれるな。

 ありがたいというか、感謝しか出てこない。


「センパイはもっと私に甘えるべきです。だって、私たちは共犯者じゃないですか?」

 妖精は優しく笑う。


 ※


「じゃあ、共犯者に乾杯!」

「乾杯!」


 俺たちはグラスをぶつけ合った。


「ところで、センパイ?」

「ん?」


「さっき、心の中で思っていたことは、実際に言ってくれた方が嬉しいですよ?」

「うっ……」


「センパイはごまかしたかったみたいですけどね。私達、心の中でつながっているんで隠しても無駄ですよ」


「恥ずかしいから知らぬふりをしてくれると助かる」


「でもね、センパイ? 心が繋がっているとわかっているからこそ、そんなふうにふいに言われるとどうしようもなく嬉しくなっちゃうのが乙女心なんですよ。隠すこともせずにポロっと気持ちが表に出ちゃう。それは間違いなく本音で、私に向けられた純粋な好意。嬉しくないわけがないじゃないですか」


 俺は、恥ずかしさとウィスキーのアルコールで体温が上がっていくのを感じた。やばい、心が燃えるように熱い。


「そうやって、心がかき乱されているのがわかるのは、嬉しいな。センパイ、実は私に気があるんでしょ?」


「さあな」


「ごまかすところが余計に怪しい。まあ、心をのぞけばわかるんですけどね? でも、実際のあなたの気持ちは、あなたの口から聞きたいから、そこは見ないようにしますよ」


 どんな風な原理になっているんだよ、その能力……


「でもね、センパイ。私が器が大きい女だからって、女王様や貴族の令嬢に甘えられて鼻の下を伸ばしているのはダメですからね。そんなことばかりしていると、私が家出しちゃいますよ?」


「気をつけるよ」


「はい、気をつけてくださいね。旅行だってあるみたいだし?」


「ぐぬ」

 やはりばれていたか。いや、話すつもりだったよ。ただ、タイミングを逃しただけだし。


「大丈夫ですよ。言い訳しなくてもわかってますから!」


「……」

 くそ、完全に尻に敷かれているだろ、これ。


「さてと、せっかくイイ雰囲気になったことだし、既成事実くらい作っちゃいますか? 酒の力でいろいろ超えちゃいましょうよ?」


「なんだよ、それ! さすがにダメだって、近い、近い、近い!!」」

 妖精は笑いながら、俺のくちびるに近づいた。


「センパイ……冗談ですよ?」

 そう言って人差し指で彼女は俺のくちびるを叩いた。


「完全にからかわれた。俺の純情が……」


「何言ってるんですか。30歳のおじさんが?」


「それは言ってはいけないやつだろ」


「じゃあ、ヘタレ野郎の先輩は放っておきますかね。リンゴのコンポート作っておいたんで、持ってきますね」

 そう言って、彼女は少しだけ席を外した。


『(まぁ、ヘタレなのは私もなんだけどね)』

 妖精は小声でそうつぶやいていた。

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